詣でて和々みし
――――もう今更の話ではあるが、VR機器【Arcadia】が形作る仮想世界のゲームシステム群は様々な意味で常軌を逸している。
ゲームで『なんでもできる』というのは謳い文句の常套にして、大体の場合は最終的に「言うほどではなかったな」と落胆に行き着く騙り文句と言えるだろう。
しかし例外はここにあり。あれやこれやと挙げ始めればキリがないが、アルカディアにおいてはゲームをプレイする者にできないことは存在しない。
倫理を逸するものでなければ、或いは『ゲーム』を貶めるものでなければ、この仮想世界はありとあらゆる〝発想〟を許容する。それら二つの制限が鎖に成り得るとはいえ、既存ゲームとは比べ物にならないレベルの馬鹿自由度には違いない。
例えば、広大な世界に転移門という橋を架けることも然り。
それだけで言えば同じことが出来るゲームは数あれど、全てのプレイヤーが利用する設備にプレイヤーが管理者を設け、運営でも開発でもなくプレイヤーがゲームのシステムを掌握することを是とするオンラインゲームはそうないだろう。
現在アルカディアのメインフィールドこと【隔世の神創庭園】に存在する転移門は、初期地点の大鐘楼を中心とした百キロ圏内に限って無数に存在している。
そしてそれらの大部分、というかほぼ全ては一切の制限なしに全プレイヤーへ解放されている……が、実のところ、設定されている『管理者』の一存で今すぐにでも全てが凍結利用不可にできてしまうというトンデモ状態でもある訳だ。
では『管理者』とは誰ぞと言えば、それは勿論アルカディアプレイヤーの代表にしてヒーローにしてアイドルにしてカリスマこと『序列』を冠す者。
大任ではあるが、今もっての序列持ちの在り方を思えば数ある責任の一端に過ぎない。総代として現在はアイリスが【剣ノ女王】の名前を貸している形で、実質的な管理は【総大将】ゴルドウと【侍女】ヘレナが取り仕切っているとのこと。
とにもかくにもそういう訳で、アルカディアにおける最たる長距離移動手段こと転移門は陣営トップこと『序列持ち』の手中にある。勿論、代表は代表として預けられた信を違えず真摯に一般へ寄与する形で管理運営を行っているのだが……。
――――まあ、面倒と責任を背負い込む代わりの特権ってなことで。
東陣営元序列三位ゴルドウ発案の下、極一部の例外……正確な数で言えば十二地点の転移門へ条件付けによる『鍵』を設定し、短時間で順に転移を繰り返すことで紐付けされた場所への道を開くという秘密の細工を施している。
他でもない、閑居する【剣聖】の棲み処を隠すため。
そもそも何故そんなことになったのかといえば……如何にアルカディアン諸氏がモラルの塊とはいえ、人間である以上は理性の制御にも限度があるという話。
剣聖【Ui】が道場の門を開き教えの場を作っていたというのは仮想世界でも有名な話であり、門を閉めた後にも『一言アドバイスをもらうくらい良いのでは』と足を運んでしまうプレイヤーが後を絶たなかったらしい。
正直、責められる話ではないだろう。
一目会いたい、助言を求めたいと思い立った者たちに悪意などなく。また【剣聖】本人も、憧れや敬意を抱いて訪れた者たちを悪しからず思っていた――が、
ただ、どうしようもなく、数が多過ぎたという訳で。
ま、仕方なし。圧倒的知名度の弊害だな。
一つ、二つ、三つ、四つ…………数えて、都合十二回。プレイヤー主街区【セーフエリア】に存在する一つ目から順に転移を繰り返し、行き着く先は竹の林。
流石に今では息をするように辿り着けるようになってしまったが、まだ慣れない初めの頃……『記憶』の才能を自覚せず使いこなさずいた頃は、うっかりトチって一つ目からやり直しってのも何度かやったな。転移酔いで酷い目に遭った。
「――――しっかし、終点が存在しない場所だとは思いませんでしたよっと」
独り言のように呟きつつ、師が旅立って以来の風景を眺め見る。
そよそよと微風に揺れる笹の音。嗚呼、一ヶ月ぽっちでも懐かしきかな励みの居城…………重ねて、まさか此処が丸ごと異界だとは想像だにしなかったが。
極一部の者しか知らぬ、秘し隠された特別の一つ。
カグラさんが世界に四人だの俺含めて五人だのと言っていたが、それはあくまで『確認されているのは』という注釈に則った言葉であったのだろう――……
「……、…………」
………………。
……………………。
…………………………――――さて、そろそろいいっすかね?
「…………あの、初めてのお迎えかと思ったんですが、もしかして俺が勘違いしてるだけで『かくれんぼ』だったりします? 『鬼ごっこ』に続く修行法、的な?」
あくまで独り言のようにであって、さっきのは歴とした語りかけだ。
でもって、竹藪の影でお茶目に息を潜めている誰かさんは、俺が気配に気付いていることに気付いている……というのを俺が気付いていることに気付きながらも、姿を現さないままに楽しげな視線を送ってきていた。
けれど、直接的に投げ掛けられた問いまでを無視できる御方ではなく。
「――――ふふ……驚かせてみたかったのですが、残念です」
落ち葉を踏む小さな足音が鳴り、夜闇に浮かぶは灰の色。
すんなりと観念して歩み出た姿は、相も変らぬ小ぢんまり――――しかしながら、一度こうして視界に映せば静謐かつ圧倒的な存在感を滲ませる御仁。
「驚きはしましたけども。そういう感じの茶目っ気も修得なされたのかと」
「あら。こういった感じであれば、何度も見せている気がしますが……」
「うーん……若干、二割増しくらいで、子供っぽさが感じられたような?」
「それは……そう、ですね。今回の長旅では少々やんちゃをしてきましたので、今の私は似合わない童心を患っているのやもしれません」
「似合わなくはないです。いえ、似合わなくはないです」
「……どうして二度も連ねて強調したのか、どういった意味で私に『童心』が似合わなくないのか、理由をお聞きしてよろしいですか? もしや身ちょ――」
「無敵の大人っぽさと無邪気な子供っぽさが絶妙に無理も違和感もなく完璧に同居するギャップ萌えの化身こそ、俺の敬愛するお師匠様なので。はい」
「物凄く早口でしたね……?」
と、そこで謎に素直に感心したようなお声を零してしまうのが、それまた俺の敬愛するお師匠様である――――ってなところで。
「おかえりなさい。長旅お疲れ様でした、ういさん」
「はい。ただいま帰りました、ハル君」
見慣れた道着とは異なる旅装に身を包んだ少女のような女性は、灰色の髪を揺らし、灰色の瞳を細めて優しげに微笑む。
然して俺は、彼女が無事に帰って来たら絶対に訊ねようと用意していた問いを、
「ところで我が師よ、どうやって帰って来たんです?」
「…………アーちゃんから、なにか良からぬことを聞きましたね?」
あふれる親愛をもって、躊躇わずに投げ掛けた。
簡単さ、絶対に勝てなさそうな化物を見つけて全力で挑めばいい。
それはそれとして約百話ぶりのお師匠様ってマジ?




