宴の傍ら
仮想世界アルカディアで流れている時間は、現実比1.5倍の長さ。
自然と宴やら打ち上げやらといったイベントごとに当てられる時間もガッツリ尺を確保されることが多いが……これもまた現実に比してバラエティに富んだ非日常ゆえか、体感ではどれもこれも基本的にあっという間だ。
あの後は徹底した後輩ムーブも功を奏したのかリッキー氏ともそれなりに打ち解け、トニック氏との〝腐れ縁〟にまつわるエピソードを拝聴したり。
恥死状態のリンネを連れて戻ってきたマルⅡ氏共々、来襲したトラ吉に首根っこを掴まれ『星屑獣レース』なる催しに強制参加させられたり。
火を見るより明らかなサファイア独走ぶっちぎりというワンマンショーを披露した結果、強引に参加させられた挙句に出禁を食らうなど散々な扱いをされたり。
次いでアカペラ熱唱カラオケ大会なんかの至極まともなモノを始め、果てはイスティア主催【人力ストラックアウト:俺はボール、お前は的】とかいう頭のおかしな大会などなど、俺は様々な催しを当然の如く半強制たらい回しにされ――――
「おつかれ」
「『おつかれ』じゃねえ。最初から最後まで安全圏から涼しい顔で観賞しやがって、いいご身分だなブロンド侍この野郎……」
今や鍛え上げた仮想体及びメンタルは早々疲労を感じたりはしないが、人付き合いとかいう人類共通の最高難度エンドコンテンツに臨んだとなれば話は別。
熱烈なお呼ばれに応えて右往左往した末に帰り着いた東の卓。
千人規模の大集団による大騒ぎは、いまだ静けさを知らず。開始から数時間が経過して『まだまだいくぜ』ってな具合だが……忘れるべからずな点が一つ。
俺みたく根が陰な人間にとって、こうした祭りで長時間ガッツリ騒ぎ倒すのは単身レイドボスに挑むようなレベルで精神力を消耗する訳で。
心から楽しんでいるのは勿論。が、それはそれ、これはこれ。戦闘ともなればスイッチが入るのでまた話が違ってくるが、平時の俺はこんなもんだ。
でもって仮想世界の外にある世間はともかく、そういう俺の性質は戦友たち……序列持ちなど最トップ層だけではなく、この場にいるような上澄みプレイヤーたちには割と広く周知されつつあったりなかったり――――と、
「あ゛ぁ゛ぁー……………………………………」
「…………そのオッサンみたいな声を聞いたら、君のファン……特に〝裏〟側の信奉者たちが一体どんな顔をするのやら」
それゆえ特に人目を気にせず卓へこびりつくように崩れているのだが、宴もたけなわ誰も彼もが出払った東の席へ静かに収まっていた先客が一人。
咎めまではいかず、揶揄いにしても弱い。ただふわっと声を掛けて構ったといった様子の言葉を、まるで独り言のように囲炉裏が流す。
テーブルで頬を潰しながら適当に目をやれば、傾けるでもなく杯を持つ侍の碧眼は『騒ぎ』を遠くから静かに見つめていた。
「………………っは」
数秒の思考を挟み、今更なんだと気遣いをゴミ箱に蹴り込んだ。
プライドも何もかも曝け出して斬り合った馬鹿同士、遠慮なんかいらんだろう。
「なんだよ、まだヘコんでんのか? テンションマックスの【剣ノ女王】に真っ向から挑んで三十秒もてば大したもんだろ、そう落ち込――」
「やかましいぞ後輩」
「むべべべべ……っ」
揶揄い交じりに弄りを向ければ、むんずと卓上の謎料理を引っ掴んだ先輩の手によって『栓』を口へ捻じ込まれる。鉄さんこと一鉄氏を含む仮想世界の一流料理人たちが腕によりを掛けた馳走の一画、口内は楽園だが文句は不可避。
「なにしやがる……!」
「こっちの台詞だ。敗者を気安く煽るんじゃない」
「敗者同士なら別にいいかなって」
「……君のアレは、世間も俺も『負け』とは認識していないんだが」
「元から多勢に無勢上等で突っ込んだんだから、袋にされても負けは負けだろ」
「なんでそういうとこだけ妙にストイックなんだ」
「ストイックの化身がなんか言ってら。ハッキリ言って、お前みたいなレベルで『自分に厳しく他人に厳しく』を体現する奴は俺の人生でも類を見ないぞ」
「若輩の人生を語られても困る」
「おうコラ上とはいえほぼ同年代。数々のバイトを渡り歩いた俺の社畜(笑)人生を、そんじょそこらのアルバイター青年と舐めて笑うことは許さんぞ」
「自分で笑ってちゃ世話ないな」
「真剣に言ってたら超イタくない?」
「そうだな。自分の人生を進んでネタにする道化も大概だが」
「そういや囲炉裏、バイトしたことあるんだよな? なにやってたん」
「どういう話題転換だよ…………まあ、あれだ。剣道場で小学生や中学生相手に技術指南や、本職の師範たちのサポート業務なんかをしていた」
「なんか思ってたのとは別方向のが来たな……? え、高校生の身で?」
「バイトを探してると聞きつけた知人の師範が、是非にと話を持って来てな。目的あっての資金稼ぎだから実入りに妥協ができない、と最初は断ったんだが……」
「そこも〝是非〟にとカバーして?」
「……まあ、そういうことだ」
「どんだけ人望激熱なの。マジの天才選手だったんだな……」
「………………応援、という意味もあったんだろ」
「ははぁ……なんかいいな、そういうの。嬉しいじゃん――――お、なんだその顔は。ジッと見つめてくんのやめろや、気持ち悪い」
「別に、誰かさんと同じだなと思っていただけだよ」
「それは同意。お互い人に恵まれたな」
「……あぁ、恵まれ過ぎなくらいに」
「…………」
「…………」
「……あのさぁ」
「言うな」
「若い男二人、宴の隅っこで人生をしみじみ語ってるのも、結構イタ――――」
「言うなと言ってるだろ」
そこで、ようやく半笑い。
卓を滑らせた杯を俺の額にクリーンヒットさせるという、仮想世界の頑丈極まるアバターだからこそ許される暴挙。容赦なきゴッと鈍い音が鳴るが、その程度でLv.100の仮想体がHPを欠けさせることはない。
VIT:0なんてふざけ倒したステータスでも、である。
さておき、ようやく生真面目侍の表情がほぐれたところで……。
「俺、この後ちょっと行くところがあるんだけども」
「あぁ、そうだな」
「お前も来るか? お互い久々だろ」
「そんな無粋な真似を、俺がするとでも?」
「お前に限っては無粋の枠に入らねえから言ってんのよ」
「なら、そんな提案をする君こそが無粋だな」
「あー言えばこう言う……――――ちゃんと近い内に顔出せよ。わざわざ俺が言うことでもないけど、お前とも会って話したがってるはずだぞ」
二人の仲に直接的に触れている立場だからこその、お節介。口にした通り、俺が言わずとも本人がわかっていることだろう。
けれど、だからこそ俺が言うべきこと。
「わかってる。先を譲るってだけだ」
「はいはい。お優しい先輩だこって」
それが正解か否かは……まあ、なんだ。
生意気な後輩を見る先輩の、満更でもなさそうな苦笑いから察するとしよう。
仲良しがよ、もっとやれ。




