杯の中身は葡萄色
「――――だぁからですねぇ、女の子にモテたいなら『努力』は絶対に必要なんです。多分これ逆もまた然りで恋愛の鉄則だと思うんですよー」
「は、はい……」
「そりゃぁ〝例外〟は沢山いると思いますけどね? でも、意識して頑張ってるからこそ、誰かに好きになってもらえる例が圧倒的多数のはずなんですよ」
「なる、ほど……?」
「例えばハルさんはねぇ、ものすごーく他人のことを見てるんです。しーっかり、じーっくり、見て話して考えて『自分のできる範囲で相手の理想』を叶えてくれる人なんです。そりゃぁ女の子だけじゃなく、男性にも好かれるってものですよ」
「そ……それは、すげぇ、よな……」
「そうです。凄いんです――――ぶっちゃけ変人のレベルだと思いますが、間違いなく〝魅力的〟です。こういうのが意識せずともモテる例外中の例外です。そういう人は基本的に、例外ではない人には理解できない類の苦労をしているものと思うべきだと私は思います。嫉妬ではなく畏怖と敬意を向けるべきなんですよ」
「い、畏怖…………」
「だって意味わかんないでしょう、初対面からバッチリ他人のツボ押さえてくるとか。どんだけ心を尽くして人間観察してるのって話ですよ、ヤバいでしょ」
「まぁ、うん。確かに……」
「話が逸れましたが、ハルさんのことはどうでもいいんです。リッキーさん、モテたいなら努力ですよ。『モテたいと思ってるだけの人』と『モテるべく真剣に努力している人』とでは月とスッポン、仮想世界と現実世界くらいの差があります」
「それはちょっと、よくわかんないけども……」
「立ち振る舞い、気遣い、言葉選び。そういうのを普段から少しずつ心掛けて、まずは信頼感のある素体を目指しましょう。話はそれからです」
「しんらいかんのあるそたい」
「今のリッキーさんが持ってる〝属性〟は、ズラッと並べれば『元気』『騒がしい』『モテない』とかそんなところかと思われますが」
「ちょっと待って。なんか俺とんでもないこと言われてない?」
「そういうのって、別にそれ自体がネガティブな訳じゃないと思うんですよ。属性なんて、結局は誰が持つかによってプラスにもマイナスにも働くんです」
「リンネちゃん? 聞いてる?」
「なので、そういう付加属性が輝く〝素体〟を作りましょう。自分だけで、じゃないですよ。見せたい相手と自分の間に、そういう自分を作るんです」
「り、リンネちゃん?」
「一緒に作り上げたものだからこそ、そこに〝愛〟着が生まれるんじゃないですかね。『好き』とか『恋』って、そういうモノだと私は思う訳で――――」
…………………………と、そろそろ十分程度が経つだろうか。
唖然呆然。まさしく各方面へ言いたい放題を体現するまま熱く持論を語るリンネちゃんさん先生の『モテ講座』を処され、哀れな犠牲者ことリッキー氏が真実たじたじな様子で縮こまっている光景の傍らにて。
「…………なんか、地味に俺の方にも飛び火しなかった?」
一幕を楽しげに鑑賞しているジンさん、我関せずで席を立ち何処かへ行ってしまったハギ君さん、何故かリッキー氏の隣へ並び真面目な顔で受講しているトニック氏を他所に、隣のマルⅡ氏へ苦笑いを向けてみる――――と。
「………………」
なにやら渋い……というか「コイツまさか」的な疑いの顔をリンネへ向けていたパートナーは、ペラペラペラペラいつにも増して勢い遠慮その他諸々のツマミが壊れているように感じる彼女の目前。卓に置かれているカップを浚い取った。
然して『なにしてんの』と首を傾げる俺の横。彼は僅かばかり残っている中身を検め……………………数秒後、吐き出したるは特大の溜息。
「あぁ……ほんと、お恥ずかしい限りですが――――酔ってますね、この馬鹿」
「はい???」
これまた『なに言ってんの』とは思いつつ。しかし言われた上で思い返せば、確かに最初から諸々それっぽい振る舞いではある。
加えて夜闇に外灯のコンボでわかりづらいが、頬……だけではなく、肌が全体的に赤く火照っているように見えなくもない。
で、納得すると同時に疑問が一つ。
「仮想世界って酔えないんじゃなかったっけ?」
以前に宴でビールらしきモノをグビグビ呷ってた大将殿に訊ねたことがあるが、アルカディアでは『プレイヤーは酒に酔えない』というのが常識だったはず。
アルコール自体は存在するのだが、なんか『稀人』の身体の造りがどうこうで酩酊感を自動除去してしまう……と、身も蓋も無いことを言えばそういう設定。
「そうなんすけど、例外アリと言いますか……仮想世界だからこそ酔えないけど、仮想世界だからこそ酔える的なアレです」
「……? ――――あぁ」
なにやら謎かけみたいなことを言われ再び首を傾げかけたが、すぐに思い至る。
「もしかして、思い込みで?」
「正解っす。それだけって訳じゃないけど、体質って言っていいのか……まあ、アレやコレやと個人差が作用し合った場合のレアケース的な」
「へぇー……」
この仮想世界では、想いや感情が現実世界とは比べ物にならないほど強く身体に作用する。それこそ思考一つで手足を動かせることすらあるほどに。
つまりは、それと似たようなアレなのだろう――――さておき、
「え、大丈夫なの?」
「ご覧の通りです」
「それはYESなのかNOなのか……」
いやまあ、言葉ではなく向けられている表情と視線でわかるけども。
即ち『NO』――――もう一つ溜息を吐き出し「という訳で、ちょっと失礼します……」と席を立ったマルⅡ氏を、それ以外になく苦笑で送り出した。
「――……で、だからそもそもの話、北陣営の男性陣は誰も彼も可愛げがなくて萌えが薄……っちょ、なに、なんなのマル、引っ張んないで――――」
「あーあーうっさい馬鹿リンネ、さっさとログアウトして酔い醒ませ。ジュースか酒か判断つかないのは口付けるなって何度言えば……本当すいません、では」
「はいはい。また後でなぁ」
グダグダと抵抗するパートナーの片手を操り半強制的にリンネをログアウトさせると共に、付き添い役か介抱役か続いてマルⅡ氏が姿を消す。
ヒラっと手を振り見送って「相変わらず仲ええわぁ」と微笑ましげなジンさんを他所に、なんとなく目を向けた先でリッキー氏と目が合った俺は、
「……………………俺も、酔ってたってことにしてもらえるか?」
「はは……挨拶、やり直しましょうか」
申し訳なさげにションボリしている彼に哀愁を感じながら。別に悪い人じゃないんだろうってのはわかっていたと、気安く苦笑を重ねて返した。
なおログアウトした瞬間に酔いは醒めるし記憶はバッチリハッキリ残ってる。
リアルリンネちゃんが己のやらかしを自覚してジタバタしだすまで3、2、1、




