哀叫
ともあれ、これにて南陣営の現序列持ち面々への挨拶は果たせたと言えよう。
三位の少女が目覚める気配皆無&八位こと【詩人】殿の姿が見えないため完璧とはいかなかったが、一応こちらから出向いたってな訳で格好は付いたはず。
したらば、重ねて気になる無言のアーシェは畏れながら一旦さて置いて。自動的に俺が次に足を向けるべきは決定付けられている――――
だから、別に連行されずとも顔は出すつもりだったのだが。
「――――ってことで私の推しをご招待ですドーン!!!!!」
……といった具合にドーンと卓が切り替わり南から北へ。
南の面々との交流に励む最中もチラッチラ視界の端で自己主張していた厄介ファンのアピールに応えるべく、席を立った瞬間に即キャッチ。
ガッと腕を掴まれたかと思えばググイグイグイと背を押され……byお梅さんに引き続いて再び席へと叩き込まれ、対面したのは五つの顔。
見知った友人が一人、昨夜に顔を見合った者が二人、顔を突き合わせて戦り合った者が一人に、初めてお目に掛かる者が一人。
俺をここまで転がしてきたリンネを含めて、計六名。
不在の……おそらく一般勢の騒ぎへ交ざりに行っているのであろう【大虎】を除き、第十一回四柱戦争に参戦した現序列持ち及び元序列持ちの方々だ。
「……ほんっっっっっっと、すいません。毎度毎度、ウチの馬鹿が」
「いや、まあ、うん。流石に諸々そろそろ慣れてきたから、うん……」
と、真っ先に声を掛けてくれたのは予想通り、前回四柱からの友人にして『無数の武器を扱う似通ったプレイスタイル』の同士こと【変幻自在】マルⅡ氏。
最近は会うたび会うたびリンネの遠慮なしファンムーブに対する謝罪がお決まりとなっている。が、口にした通り俺も幾分か慣れ始めているので、あんまり気にする必要は――――まあ、そうだな。ちょっとくらいしかない、かな。
可能であれば、ある程度は手綱を握ってくれると嬉しいけども。
で、それはさておき。
「こんばんは曲芸師君。昨日はお互い、お疲れ様やったねぇ」
「あぁ、どもども。お疲れ様でした」
次なる声も、また予想通り。問題児にして自由人の第一位に代わり、北陣営を纏め上げている実質的なトップだという第二位様。
いやはやなんというか、戦場にも増してはんなりしていらっしゃる。昨夜の最終局面にて、地獄のような攻め手で俺を追い詰めた方とは思えぬ柔らかさだ。
……と、事実上の頭目様にお声がけいただいたところで、いざ挨拶Part.2。
「序列入りしてから挨拶が遅れましたが、この度に改めまして……東の新参こと【曲芸師】ハルと申します。いまだアルカディア歴半年弱の身ですゆえ、先輩方におかれましては何卒ご指導ご鞭撻のほど――――」
「あっはは、冗談キツいわぁ。君に今更なにをご指導ご鞭撻しろってゆうのん」
「俺なんか逆に教わってばかりなんすよねぇ……」
「まだ半年未満ってのが冗談レベル振り切ってますよねぇっ!!!」
バイト仕込みの真摯低頭後輩ムーヴは当然とばかりカットが入り、けらけら笑う【群狼】殿に続いたのはマルⅡ氏の苦笑とリンネの元気声。
なんかいつにも増して元気っ娘の元気爆発してない? 気のせいか?
…………と、それもこれもさて置いて。
「――――ジン。挨拶してくださったんだから、返すのが礼儀ですよ」
「おっと、そらそうや。許してな曲芸師君」
「いえいえ……あ、と。ハルで大丈夫ですよ」
緩い空気にスッと言葉を差し込んだのは、元序列持ちこと【犬笛】ハギ氏。
決して威厳がない訳ではないのだろうが、微妙にゆるキャラが入っている代理代表の『引き締め役』という評判は間違いないらしい。
「はいなハル君。そしたらまずは俺から――――北陣営序列二位【群狼】ジン。呼び方は好きにしてくれてええけど、親しみを込めて呼んだってな」
「あ、はい。ではジンさんで」
「そんで、こっちが俺の右腕ことハギ君。親しみを込めてハギ君って呼んだって」
「なんで俺の分まで乗っ取ったんですか」
「え、だって、どうせ君『もう自分は序列持ちじゃないから』とか思って控え目に影やるつもりやったやん? 突っつかな、しれっと黙っとったやろ」
「自己紹介くらいするわ。余計なお世話です」
――――といった具合に、彼ら狼犬ペアが気の置けない仲という前情報も間違いないらしい。独特の空気感ではあるが、楽しそうでなによりだ。
……………………で、それもこれもあれも、とにかくさて置いて。
そろっと問題のゾーン……――――即ち、ジッと。ジィイッッッッッッと、リンネに背中を押され北卓を訪れてからというもの、俺を睨みつけている視線が一つ。
それはもう、血涙を流さんばかりの勢いで、敵意を隠さず俺を睨みつけている視線が一つ。更にプラス、それを宥めている者が一人。
どうしたものやらと思いながら、避け得ずそっと視線を向ければ……。
「………………………………序列十位【雲隠】……【Rickey】」
とは、睨んでいる方。年季の入った土気色の旅装を纏う放浪人といった風体で、こちらも『時』を感じさせるヨレた白のマフラーがトレードマーク。
男性は高身長が多いアルカディア基準だと小柄だが、少年や青年といった顔ではない。黒茶マーブルの短髪の下にあるのは、薄めの髭が似合いの男前。
「ありゃりゃ――えと、俺は【Tonic】。序列六位【散溢】のトニックだよ」
とは、宥めている方。ボディースーツ……というよりは、ヒーロースーツめいてシュッとした白黒の装い。【雲隠】リッキー氏と揃いの黒茶マーブルはやや長めのイケメンスタイルで、まんま海外の実写ヒーロー映画なんかで出てきそうな風貌。
揃って昨夜はチラッと顔を見ただけに留まった、実質これが初見の相手。
ゆえに、そちらは普通に友好的と思しきトニック氏はともかく、こうしてリッキー氏から睨まれるような謂れは思い当たら――――
「……………………………………おい、曲芸師」
「っ……あ、はいっ」
――――……ない、のだが。
まるで地響きのような低い声音を聞くにあたり、なんかこう気付かぬ内に悪いことをしたのではないかと、そんな不安を抱いてしまった。
それほどまでに、何某かの感情が詰め込まれた重い声音。
迫真の男前に睨みを利かされ無意識に背筋を伸ばした俺に……然して、リッキー氏の口から思いが決壊したとばかり零れ落ちた言の葉は――――
「 ち ょ っ と 、 モ テ 過 ぎ じ ゃ な い ? 」
「――――――――…………………………………………え、はい?」
正直なところ、咄嗟に意味を呑み込めず。
「あー、あー……リッキー? 悪いこと言わないから、その辺で引っ込めた方が」
「四角関係じゃ飽き足らず、俺の、俺たちのリンネちゃんまでも……!」
「え、私は別にリッキーさんのリンネちゃんじゃないんですけども」
「ナツメちゃんやアイカさん、お梅の姉さんとも仲良さげに……ッ!」
「いや、どちらかと言えば男性陣との方がフレンドリーに見えたっすけど」
ポカンとして思考を止める俺を他所に、トニック氏やリンネ並びにマルⅡ氏のツッコミにも負けずめげず沸々と〝感情〟を滾らせていくリッキー氏。
そしてチラと目をやった先。笑いを堪えながらサッと目を逸らしたジンさん、及び『恥』とばかり目を伏せて大きな溜息を吐いたハギ君さんの両名を見て。
俺は、おおよそ、この先の展開を悟り……次の瞬間。
「 ―――― こ の 野 郎 【 曲 芸 師 】な ん で 貴 様 ば か り ぃ ッ ! ! ! 」
躊躇いなく緊張を解いて、目を瞑り静かに心の濁流を受け止めた。
「顔か!? 性格か!? 曲芸師スマイルかッ!? それともアレか強さかそれなら俺だって一応は『序列持ち』なんだぞ上位とは言わずともトップ30なら十分だろうがよ俺のヒロインはどこにいるんだよ!!! なあッッッ!!!!??」
一応、まあ一応。最低限。
なに言ってんだコイツ……みたいな表情は、堪えられたと思いたい。
嫉妬に狂う哀しい生き物。
でも多分こんなんでも実は良い人ですよ。多分おそらくきっと。




