ひとつ、ふたつ、夜明けて
「――――――――――――………………」
目が覚めて、初めに意識するのは頭の重たさ。高い窓から差し込む日差しの具合を見ずともわかる、昼過ぎまで寝過ごしたゆえに身体が訴える気だるさ。
寝起爽快とはいかず、ちっとも起き上がる気になれないまま――――それはなにも、身体のコンディションだけが理由という訳でもなく。
「…………寝て起きりゃ、大概は吹っ切れるタイプなんだけどなぁ……」
しかしながら、その性質は『ちょっとしたことであれば』という前提に限られており……あれやこれやと大きく感情を揺さぶられる事柄は如何ともしがたく。
枕元を探り、端末を拾う。
最近はやっとこさ少々の耐性も身に付いてきて、直接的に己のことがメインとなる訳でなければニュースの類をチラ見する程度はできるようになった。
ゆえに、スイスイスイと指を繰りスマホの画面に見出しを映せば……。
――――『ソートアルム&ノルタリア連合快勝! 無敵の〝姫〟絶好調!!!』
「………………ちっくしょう。次は負けん」
極めてテンション高いキラッキラの文面が思いの外、いやまあちょっと僅かばかりってか小指の先ほど癪に障り、憮然と負け惜しみを独り言ちる。
重ね重ね、サッパリ爽快には程遠い目覚めであった。
◇◆◇◆◇
トータル、まあ善戦ってか愉快な試合にはなったと思う。
まさかの初っ端で無敵侍が落とされ、直後に大将殿が後を追い、爆速でツートップを失った後も残されたメンバーは頑張った。
指揮を引き継いだロッタの下、ゲンさんが捨て身で作り出した猶予を用いてミナリナ&雛さんの全力火力ぶっぱを重ね一時的にでも攻勢を押し返し、更には一般メンバーのゾンビアタックで壁を乱立させながら女性陣は頑張った。
加えてテトラも頑張った。
雛さんを筆頭に湯水の如く飛んでいく陣営メンバーのMPを補充しながら、隠密を並行して忍び寄り北の序列持ち一人を討ち取ってみせたのは見事の一言。直後に【変幻自在】の手に掛かってしまったのは、まあ仕方なしだ。あっぱれである。
しかしその後は、ジワジワと……なんて生易しい勢いではなく、【足長】及び【糸巻】による援護を受けた【剣ノ女王】様が単身ガッといってゴッとやって斬と相成り女性陣は一息で退場。ほんの五分足らずで東の序列持ちがほぼ全滅。
そんでもって、肝心の俺がなにをしていたかと言えば……――いや、頑張ったんだよ。奥の手も切り札も曝け出して、自分で言うのはなんだが獅子奮迅の勢いで、そりゃもう盛大に暴れまくったんだよ。
でもね、無理。だって【音鎧】【全自動】【群狼】によるド畜生連携だけでも限界ギリギリだったってのに、ひいこら言いながらも俺が抗戦を成立させていると見るや否や、手の空いたマルⅡ氏とユニが飛んできたんだもの。
はい瞬殺。五対一とか勝てる訳ねえだろ、いい加減にしろ。
然して、完璧に特記戦力を滅ぼされた我らがイスティアの結末は一つ。悠々と城に踏み入ったお姫様が大水晶に触れて、ゲームセットだ。
正直なところ、反省点は大いにある。状況に応じて文句なしの働きをしてのけたのはゲンさんとテトラ、あとは雛さんくらいなもの。
アーシェのコンディション及びテンションの想定が十分ではなく真正面から挑み掛かった末に秒で落ちたアホ二人は元より、予想を超える狂乱具合にテンパって&ビビッて詠唱判断をトチったミナリナ、そして散々に格好付けた挙句に一人も落とせず囲んで捻り潰された俺。なんかもう全体的に、誠に遺憾である。
やりようによっては、もうちょいどうにか抗えたという確信があるのだ。ゆえに悔しい、超悔しい、心の底から鬼悔しい……――――が、しかし。
序列持ちとしての立場からくる不甲斐なさ云々は脇へ置き、一人のプレイヤーとして純粋に今戦争の感想を言うのであれば。
「ま、楽しかったからヨシとする」
と、そんなところだろう。
ただし、
「――――ん。私も、楽しかった」
「そりゃあ勝者様は完全無欠に楽しかっただろうよ。次は覚えとけ……」
負けをヨシとするつもりは毛頭ない。ゆえに、昨日の今日とて問題などないだろうと言わんばかりの顔で敗者の部屋を訪ねて来たアーシェに迫真の威嚇。
なお実に機嫌良さげな微笑みでスルーされた模様。爆速二敗で涙が出そうだ。
「んで、なんか用か?」
部屋へ上げるのに一々問答を挟むなど、もう今更のこと。
昼を回り時刻は二時過ぎ。いつもの如く珈琲を出しながら問えば、アポなしで押しかけてきたアーシェは礼を言いつつ首を傾げてみせる。
「用事はあるけれど、それ以上に会いたかったから」
「…………」
「ふふ……渋い顔」
消化途中の悔しさが二割、照れ隠しが三割、諦観が五割。口でワーワー言っても勝機が見込めないのだから、せめて表情で応戦するくらいしかない。
けれども、こっぱずかしいやり取りはノーサンキューという確固たる意志は伝わったのだろう。揶揄い続けるか否か、アーシェは一瞬だけ迷った様子を見せた……その通り、見せつけるように見せたが、けれどもすぐに引っ込めて小さく頷いた。
「今日の打ち上げ。もし良ければ、三陣営合同でやらないかって」
「え、は、えぇ……? 勝者と敗者がぁ?」
「勝者が言うことではないかもしれないけれど、きっと誰も気にしないでしょう? そもそも、発案は貴方たちの側よ」
「お祭りオジサンめ……」
誰とは聞かずとも一択で脳裏に浮かんだのは【総大将】の顔。なんかもう毎度のことながら、トップ二人の仲が良過ぎるだろと。
親戚の叔父さんかよ。
「まあ別にいいんだろうけど……で、それをどうしてアーシェが俺に?」
「どうせ会うんだろって、ゴルドウが」
「お節介な親戚の叔父さんかよ」
変な気を回すなっつうの、恥ずかしいわ。
「…………ハルは、私に会いたくなかった?」
「ニマニマ悪い顔しながら、なんて質問をしていらっしゃるの?」
「ふふ……もう貴方には、私の〝表情〟はバレバレね」
「どうだかな。まだ割と山勘気味だけども……――――まあ、なんだ」
悔しさ云々を加味すれば正直なとこ会いたいとは思わなかったけども、
それはそれとして、会って聞いときたいことはあったよ。
「アーシェ」
「ん」
だから恥ずかしいついでに、遠慮なく聞いてしまおうか。
「もう、寂しくはなさそうだな」
「…………」
初めて向かい合ったときの顔を、まだ覚えている。
記憶の中で朧げに残っていた、誰より秀でるがゆえ常に孤独を抱える、誰かの面影に似た顔を。覚えているからこそ今、確信をもって問いかけた。
さすれば彼女は、ただ柔らかく笑む。
「……ハル」
「はい、ハルです」
「ん……――――逃げないで、ね」
カップをテーブルに置いて立ち上がると、これまたいつもの如くセーフティ距離を取ってソファに腰掛けていた俺の元へ、静かに歩み寄る。
静かに、歩み寄って……そのまま、言葉なく。
息が掛かるほど距離を詰めた彼女が、極々自然に、そっと口付ける。
「…………ありがとう。全部、貴方のおかげ」
「…………………………」
然して、あまりに自然な動きに逃げるどころか咄嗟の身動ぎすらできないまま。不意に額へ降った熱を無抵抗で受け取ってしまい、固まった俺を他所に。
「……、…………その」
微かに頬を赤らめたアーシェは誤魔化すように、自ら触れた場所をひと撫で。
「そういう、こと、だから。また、あとで……ね」
ふいと顔を逸らして、そのまま。飲みかけの珈琲も、そのまま。
足早に去って、パタリと玄関から音が鳴った。
だからまあ、つまるところ。
「………………………………『無敵の〝姫〟絶好調』っすか……成程、確かに」
昨日今日の総合スコア、締めて三連敗ということで。
仮想でも現実でも火力過多。
四柱ばっさりエペりましたが、そも本来なら丸ごと全部カット予定だったという衝撃の事実を記しておくので私はむしろ頑張ったと労われる用意があります。
五章の対人ターン本番はこっちじゃないから許して。




