名乗り
爆散、砲火――――そして、無音。
砕け散った銃身から狙い違わず南北レイドの最後尾集団へと飛翔した【紅玉兎の緋紉銃】の反応弾が、盛大に撒き散らすはずだった煌光と爆音。
果たして、そのどちらもが目にも耳にも届かず。
必死に逃げるか決死で立ち向かうかに分かれたプレイヤーたちの目前で、不可視の手で押し込められたかのように炸裂弾頭の暴威がギュッと握り潰された。
さあ、一体なにが起きたのか。そんなもの――――
「ちっ……出たな、厄介ファン一号め」
「その呼称は流石にあんまりですよ!?」
先の一刀への対処こそ叶わなかったといえど。爆速で動き始めた状況に思考を止めず、見事な判断の下に身体を動かした者が参じたというだけのこと。
とはいえ、こうもバッチリ間に合わせてくるとは……。
「やるじゃねえの。流石は〝教官〟殿」
「教官も禁止って言いましたよねぇっ! んまったくもうっ‼」
北陣営序列八位【音鎧】――――トレードマークのポニーテールを元気に揺らして躍り出た、他でもない俺の体術指南役の片割れ様だ。
正直、知ってた。本気で俺こと【曲芸師】を捻り潰そうとあらば、いろんな意味で我が天敵たる彼女が出張って来ない訳がないと。
更に、加えて。
「――――あーらまあ……近うで見たら、ほんまに可愛らしいことで」
リンネに次いで集団の中からスルリと現れた黒コートの男性が紡ぐは、気の抜けるような優しげな声音と緊張感に欠けた言葉。
「――――何度でも言いますが、雰囲気に惑わされないように。〝裏〟は元より〝表〟も平時は良い意味で普通の好青年ですが、戦いになればアレですよ」
最後に二人の隣へ並ぶのは……しっかりと場の混乱を制してレイドに『前進』の指令を飛ばしながら、ゆったりと歩み出てきた顔見知り。
【音鎧】、【群狼】、そして【全自動】――――あぁ、はいはい、成程ね。
「スゥ――――――…………なんというか、ガチでぶっ潰しに来たな……?」
相対すのは本日二度目となる序列持ちスリーマンセル、しかしその構成が大問題。事前に『こんなんが来られたらヤバい』と夢想していた〝最悪〟……まさしく、そのドンピシャ一例が目の前に実現してしまった訳だ――――っと、
「うわっひゃ……! 始まった……!?」
「あーあー……もう完全に怪獣大戦争やねぇ」
進軍を見送る他なく、瓦礫の山を踏み付けながら遠ざかっていくプレイヤーの大群が行く手。誰が放った閃か、誰が放った轟か、誰が放った撃か、この世の終わりかと思えるような規模の〝騒ぎ〟が盛大にぶち上がる。
なんだよ、超楽しそうじゃん。残念ながら俺はそっちに参加させてもらえないらしいが……ま、戦力の分断という意味では挟み撃ちの効果はあったか。
序列持ち三人、しかも揃いも揃って『制圧戦』に秀でた面子ばかり。俺一人でコレを引っ張れたと考えれば十二分の戦果だろう。
――――さておき、しかしまあ……。
「解釈一致だぜ、お姫様」
三人には届かぬよう、かの【音鎧】の耳にも拾われぬよう、声に出すともなく口の中で呟きと笑みを噛み殺す。
冗談か否かゴッサンも言っていたように、俺もまた心の隅ではそうなる可能性を考えていた。そんでもって世間が声を大にしてそれを、際限なく期待を膨らませ今か今かと待ち望んでいることも把握していた。
けれども、俺は『違うだろ』と思ってたんだよ。だって、なぁ?
俺が知る【剣ノ女王】なら、どちらを優先するのか。
悪戯っぽく「リベンジの機会を楽しみにしてる」と言った彼女が、その身を果たして何処へ振るのか――――そんなもの、決まっている。
今のアーシェは……アイリスは、敗陣の王だ。
敵城を前にしてイレギュラーに倒れ、勝利を逃した陣営の主だ。
即ち、彼女が自身の心にリベンジを誓っている相手は、俺であって俺ではない。ソートアルムの主たる王の紅瞳が見ているのは、たった一つ。
落とすべき、東陣営。
忘れた笑顔を掬い上げ、かつてより遥かに我儘となった『お姫様』は……かつてより、遥かに我儘となったからこそ、決して欲しいものを間違えたりしない。
今、アイツが、なにより欲しがっているモノは、
「――――俺と同じ〝勝利〟だろ、アーシェ」
感情のまま、俺のとこには飛んで来ないだろうと思ってたよ。あぁ、ゆえにこそ、完膚なきまでに解釈一致かつ心の底から好ましい。
絶対に勝とうとするとこ、ぶっちゃけ大好きだぜ最強様――――
「………………………………………………二人とも、わかってますよね?」
「あ、っは、は……もっちろーん…………」
「あー……『女王様』が言うとったなぁ――――笑ってたら、要注意って」
はて、そんなこんなで視線が三つ。なんかこうヤベーもんを見る目を向けられているが、静かにボルテージを上げるくらいは見逃していただきたい。
アレコレ考えて戦意を積み上げても、俺特効三人衆みたいなノリの並びを前にして大した勝率の向上は残念ながら見込めないだろう。
だから、そう――――――――これを突破できるか否かは、五分のまま。
迷路の先。拠点通路の先。我らが城の前で、ご機嫌に空を裂く特大の銀閃に深まる笑みが止められず……もういっそ、止める必要などないかと開き直りながら。
「《転身》」
おそらく、誠に遺憾ながら世界を隔てて数多の溜息が向けられることを察しながら、期間限定ファンサービスタイムを終了しつつ。
「っ……来ますよ。各自打ち合わせ通りに、リンネさんを要として通路を通さないよう徹底防衛。ジン、貴方はとにかく――――」
「対人やなしに、速度特化の小型レイドボス相手のつもりで……ちゃんとわかっとるよ。バケモノ相手なら任せてくれてええ、得意分野やから」
「〝バケモノ〟程度で済むかなぁアレ……!?」
前方から届く、言いたい放題の〝敵〟の声を聴くままに。
〝耳〟を纏い、唄を詠む。
「――――『赤円は現世に遺り』」
否、それは唄ではなく。
「――――『記憶は魂心に刻り』」
遺された、身に余る名乗り口上。
「――――『煌冠は、我身に在る』」
お誂え向きの兎耳が揺らぎ、はためく白蒼が紅を宿す。
さあ、お姫様、待ってろよ。王子様などという、冗談キツい渾名の役割を全うするなんて戯けた意図など毛ほどもないが――――
「――――《我が名は〝赤〟を纏う王》」
こっちも全力全開で楽しみ倒した上で……行けたら、そっち行くからよッ!!!
こいつモードチェンジのバリエーションありすぎでしょ、どうなってんの。




