吹き荒び、風は去らず
後に、その〝一瞬〟について語られた言葉は数え切れない彩に富む。
例えば――――「呆れ果てて、戦場の只中だってのに指揮もなんもかんも吹っ飛んだわ」とは、誰よりも間近から背中を見送った【総大将】の言。
例えば――――「流石にアレを『東の序列持ち』基準だとは思われたくないよね。比較すれば、僕なんか真っ当な人間レベルじゃない?」とは【不死】の言。
例えば――――「バカだと思いまーす」「行き着いた感がある」「侍二人にゴリゴリ鍛えられて諸々ネジ外れちゃった感もある」とは『東の双翼』の言。
例えば――――「まあ、あのくらいはやってもらわないとな」とは〝侍〟の言。
例えば――――「想定の遥か上だった……と言いますか、もう彼について何かを想定するのは諦めようかと思います。もう知りません」とは【侍女】の言。
そして例えば――――「笑ったよね」「ガチのバケモン」「むしろ向こうが天敵」「怖い」「アレが唯一の後輩とかなんなの……!」「イスティアだなぁって」「学べる部分がなくて困ってます」「基本あの人って俺らと別ゲーやってない?」「序列持ち各位は大体別ゲー定期」「コマ送りで辛うじて視認可能なの草」「視認可能でも理解不能なの大草原」「一周回って草枯れた」「ハルちゃんかわいい」等々、その他『序列持ち』や一般勢たちの言の葉が溢れかえり……。
誰より注目を集めたであろう、唯一それに反応が間に合い『剣』を返してみせた【剣ノ女王】が……嬉しくも悔しげかつ惚気交じりで口にした、
――――「あんなのズルい」という、短い感想で締めくくられる。
然して予測、直感、反射、様々な理由から行動を起こすべく思考を回した相対する者たちの内、反応を見せる一歩手前まで行き着いたプレイヤーは数十人程度。
刀を構えた姿が、遠くで搔き消えた。
動きを起こした者は、それが叶った者は、総勢四百を超える南北連合レイドの先頭に立っていた僅か三名。その内ただ一人、間に合った者は、
防ぎ止めようとした【騎士】ではなく、
縛り止めようとした【重戦車】でもなく、
「――――――――――ッ!!!」
過去に〝天嵐〟を目に焼き付けた、剣の姫が一人だけ。
その瞬間、迎え撃つ銀閃を躱した神速の〝嵐〟が吹き抜けて――――〝水〟を従えて荒れ狂う無尽の〝風〟が、音を置き去りに奔り抜ける。
さて、結局なにが起きたのか。
「「「――――――……」」」
それは、振り返った彼ら彼女らが見た光景。
元となった身がいくつであったのか数える気にもならない、空間を埋め尽くす膨大な量の〝赤い燐光〟が、事象の全てを物語っていた。
◇◆◇◆◇
「――――……ちっくしょうめ、逸れた」
歩んで、もとい走り抜けて、もとい奔り抜けて、まず一言。
一歩を終えて無事に生きているのは重畳だが、なにかの間違いでゴッソリ光塔が撃ち上がったりしねえかなという淡い期待は叶わなかった模様。
それどころか、微妙に進路設定をミスって軌道がグネった。
なんかむしろそのおかげで今こうして生きている気がしないでもないが、望んだ戦果とのトレードオフと考えれば喜んでいいかは微妙なところだ。
刹那にて直線を踏み潰し、行き着いたのは壁。拠点部分の迷路へ繋がる通路だけではなく、そのままカッ飛んで突き当り。敷き詰められた〝網〟を含め、迷路エリアにギッシリ詰まっていた〝者〟及び〝物〟を斬り飛ばし撥ね飛ばし――――
「「「「「………………………………」」」」」
終端にて金光を散らし無傷のまま壁に立つ俺へ、刺さる視線は幾百余り。
障害物が失せて物理的には見通し良好、されど碌に『出走地点』が目に映らないレベルの死亡エフェクトの量を見るに……戦果は百そこらってとこだろうか。
いやはや、残念無念。
序列持ち撃破は欲張り過ぎにしても、正直一般枠は壊滅させる意気で放った一刀。結の太刀《晴嵐》とは即ち、《颯》の速度で直進する《涓》である。
《水属性付与》による拡張を重ねた場合《涓》の最大射程は約十メートル弱。そんなものを超高速回転で振り乱しながら超長距離を真っ直ぐにぶち抜くってな訳で、つまるところ《晴嵐》とは瞬間直線蹂躙ミキサー。
断言させてもらうが、まともに決まれば耐えられる〝群れ〟など存在しない。ゆえにこそ、進路が上に逸れてレイドの前頭を掠める形になったのが口惜しい。
後ろへ行くほど下方を浚う〝刃〟の密度が薄れて、最終的にはカス当たりになってしまった。おそらく、犠牲者は序列持ちを除く先頭集団に集中しているだろう。
「毎度毎度、ぶっつけ本番が上手くいく訳もねえか……」
重力に掴まり、身体が落ちる。
クルリと身を回しながら着地し、踏み締めるは堆く積まれた瓦礫の山。それは他でもない、犠牲者ごと斬り進んできた〝網〟の残骸。
更に正しくは、斬り刻んだ上で強引に『盾』で弾き飛ばしてきた残骸である。
【紡ぎ織り成す金煌の衣】――――ニア謹製の戦衣【白桜華織】が備える唯一の能力にして、相棒の纏う【蒼空の天衣】と揃いの回数限定瞬間防護能力。
本来の用途である守りに用いても優秀だが、攻めに使ってもこの通り。むしろ完全に自分のタイミングで合わせられる分、こっちのが使い勝手ヨシまである……とか言うと、製作者様に「おかしな使い方するな」と怒られそうなので黙っとこう。
さておき、
ともあれ、
第二目標は逸したが、第一目標は無事完了。
俺のポカで難を逃れたからって、ボケッとしてる場合じゃないぞ君たち。
「――――これにて挟み撃ち完成ってね。後ろ側は俺一人だけってのが寂しくはあるけども…………さて、どれだけ脅威に思ってくれるかな?」
やぁ最後尾の諸君、こちらの右手にご注目。取り出したるは――――
「【紅玉兎の緋紉銃】」
「――――――ッ……やっっっっっっっっベ!!?」
「「あっ、死ッ……」」
「「「「ちょっと待っッッッッッ――――――」」」」」
待つ訳ねえだろ。そぅら、ドカンッ!!!
一難去って曲芸師。




