曲芸師回復中
「――――で、なにこれ?」
「え、需要を見込んでの供給?」
「沸いてんのか貴様」
「そりゃもう観客は沸いてるでしょうよ!!!」
「うるさ……声でか……」
外転出力の乱用で脱力してしまったアバターを後輩に抱えられ、トータルたったの二十分弱で一時帰還と相成った東拠点のルヴァレスト前。
前回も世話になった謎物質製の特大クッションに倒れ込んだ俺を待ち受けていたのは、当たり前のように絡んできた製作者×2によるサンドイッチの刑であった。
ワーワー騒ぎながらムニニニニニニニニニと右頬を連打してくる馬鹿一匹ならぬ赤一匹、並びにフニニニニニニニニと左頬を無限につついてくる青一匹。
後者は例によって純粋な労いの意であることがわかっているため別にまあいいとして――――いや、良くない。こんなんでもコイツらは歴とした歳の近い女子、揶揄いだろうが労いだろうが全国ネットで近過ぎる距離感大公開はNG案件だ。
「〝繊〟」
「ほぇあぁあっ!?」
ってな訳でレッツ拘束&リリース。
身体が碌に動かないのであれば身体以外を動かせばいいじゃないとばかり【九重ノ影纏手】起動。右の腕輪から迸った影糸を操り、瞬く間にグルグル巻きに処した小っこいの二人をポイと保護者の元へ放り投げる。
あまり乙女らしくはない悲鳴を上げた赤、そしてされるがまま大人しく宙を舞った青――双方の行く先は、一本でそれぞれの体積に匹敵しそうな偉丈夫の腕。
「なんだよ、全然元気じゃねえか」
「全然元気だよ。ちょっと操作系統がバグってるだけだから、すぐ戻る」
「なにを言ってんのかはよくわかんねえが、問題ねえなら問題ねえ」
保護者ことお父さんことゴッサンの声に、同じく影で繰る右手をヒラヒラ……なんて精細な制御はままならないのでブンブンと振り返しつつ。
小っこい脅威を退けた俺がすべきことは可及的速やかな快復徹底。
ゆうて動かず十分ほど安静にしてりゃ操作性は取り戻せるし、この程度であれば後を引くこともないだろう。事実として問題ナシだ。
「ま、さておき二人ともよくやった。対人かつ単体での脅威度で言や、お梅は南北連合の五指に入る傑物だ。戦果も戦果、大戦果ってやつだわな」
「だってよカナタ君。誇りたまえ」
「っ……、えと、その」
【総大将】からのお褒めの言葉を受けて今一度カナタをおだてれば、すぐ隣で色違いの特大クッションにちょこんと座っていた少年が返すのは戸惑いと照れ。
なんだねキミその顔は。誰がなんと言おうと戦果の一端か二端か三、四端、オマケして半分はカナタのだぞ、しっかり受け止めて成長したまえ期待の星よ。
――――と、いった頃合いで。
「さて……んじゃそろそろ真面目な話をしとくぞ」
「あいよ」
「は、はいっ……!」
周囲にいるのは、疲労を貯めないよう緊張と弛緩を絶妙なラインで保ちながら待機する防衛班。そして守りの要こと『東の双翼』両名――――加えて、
「…………防衛組って、暇だね。別に戦場へ出たい訳じゃないけどさ」
緊張の欠片も感じない顔で空を眺めていた【不死】に、
「ふふ……そう言いつつ、テトラ君も東陣営に染まってきたんじゃない?」
その隣で、自称後輩一号を穏やかに揶揄っている【熱視線】のコンビ。
序列持ち五名を常駐させるという、イスティアにとって過去最高レベルの守勢の構え。まあ無理はないというか、諸々の理由から今回に関しては当然の形。
「ハル相手ほど露骨じゃねえが、囲炉裏とゲンコツも似たような感じだ。トラがどっちにもちょっかい掛けにきた上で離脱、その後は一般部隊が集って来たってよ」
「ははーん、わっかりやすく探りに来てんねぇ」
「大体、予想通りの流れ」
トラ吉め、囲炉裏とゲンさん相手にも普通に生き残ったんか――とか、そういう感想は置いといて。摘ままれた猫めいてゴッサンの両手に吊られるミナリナの反応が、俺たち全員の総意だったことだろう。
探りを入れつつ、機を窺っている。
予想通り、予測通り、想定通り……おそらくは今回も、しかしながら前回以上の本気で――――南北連合は間違いなく、東の戦時拠点占領を狙ってくるはずだ。
というか、畏れながら……。
「ま、それしかないもんね。先輩がいる時点で、柱の取り合いは破綻してるし」
「ハル君が見事なまでのゲームブレイカーだものね」
と、テトラと雛さんが仰った通り。
俺こと【曲芸師】が四柱のゲームルール全般に噛み合い過ぎているため、南北が勝ちを求めると結局は『拠点占領』しか択がない。そこへカナタという新星まで加わったとあれば、万に一つも想定が外れることはないだろう。
なので、つまり、俺たちの勝利条件は、
「ってな訳で……ハル、どうだ?」
「まあ、無理かな」
どこかで全戦力による決戦を仕掛けてくる南北連合、推定戦力『序列持ち』十人超&数百名規模のオーバーレイドを真っ向から相手取り拠点を守り切るか……。
あるいは、カウンターで敵の旗を奪い取るか。ゴッサンが俺に投げた問いが後者に触れるモノであり、俺が即答で返した『否』がその実現性を評すモノだ。
即ち南北が一斉攻撃に乗り出したタイミングで、俺が単身どちらかの拠点に突っ込み爆速でタッチダウンを決められるか否かということ。
まあ、間違いなく、無理だろう。
「まず、南が無理なのは知っての通り。俺一人じゃ【城主】殿を突破できない」
相性どうこうという話ではなく、単純にリソースが足りない。
あの【剣ノ女王】様ですら、一対一では攻め切れない相手だぞ。俺一人じゃ絶対的な火力不足で詰む未来が目に見えている。仮に《疾風迅雷》を解禁したとしても三十秒で守りを削り切れるか非常に怪しい。
……いや、そもそもフルタイム《疾風迅雷》なんて絶対やりたくないんだけどさ。一ヶ月もの間スキル封印とか冗談じゃないぞ。
「囲炉裏かゲンさんか雛さんが一緒なら、なんとかなるだろうけども……」
ゴッサンは首を横に振り、答えはノー。
ま、だよな。ただでさえ多勢に無勢で対抗戦力がギリギリなんだ、まず間違いなく総攻撃にはアーシェも出張って来ることを考えれば、守りに回す特記戦力は誰一人として欠かせない。三人それぞれに当たるべき対象がいるとなれば猶更だ。
一か八か、こちらも総力を以って一つの陣営に攻め込み返すという手もあるが……ソレについては、事前ミーティングで『ナシ』という結論が出てるからな。
速攻勝負の早い者勝ちも、それはそれで盛り上がるだろう――――しかし我らはイスティアン。敵が総力戦を望むとあらば、正面衝突を避けるなど以ての外。
当たり前だよなぁ???
ともあれ、南は【城主】攻略不能につき無理として。
「北もキツイ。十中八九トラッキーが守りに入る」
ノーマークという訳では勿論なかったが、正直なところ今回のパワーアップに関しては割かしビビった。魂依器一本が成長しただけでアレとは思い難いため、他にもアレコレ積み上げた上での劇的な成長と見た方がいいだろう。
つまり、今のところアイツはビックリ箱。ついでに本人が『今は共闘が不可能』的なことを言っていたことから総力戦の方には参加して来ないものと思われる。
ほぼ間違いなく、北の留守は奴が守護する手筈になっているだろう。
で、そうなると。
「アイツ狭い範囲だと普通に俺の速度についてくるから、もし《強制交戦》で捕まったら多分……ってか、まず《交戦解除》させてもらえないと思う。その上で馬鹿耐久ゴリ押しの時間稼ぎでもされたらアウトだ」
そんでもって、俺を《強制交戦》で捕まえること自体はアイツにとって難しいことではない。短時間集中型の思考加速スキルを持ってるからな、みすみす横を素通りはさせてくれないと考えた方がいい。
ついでに言えば仮に無事トラ吉を突破できたとしても、その後に大将戦……つまり想定通りなら北の元序列持ちである【犬笛】殿が待ち構えている。
んで、おそらく今回は現二位の【群狼】殿も参戦していると予想すれば……。
「まあ、無理だよな。突破できないとは言わないけど、短時間では絶対無理」
そして短時間でのカウンターが間に合わないとなれば、さしもの東陣営とて絶対的な駒数の差で攻め落とされるは必至――――然して、結論。
「ってな訳で……全面戦争しかないのでは? と、俺は思うが如何っすかね」
「ま、だよなぁ」
それは果たして苦笑いなのか、あるいは楽しげと言っていいモノなのか。
顎髭を擦りながら神妙に頷く大将殿。そして心底真面目な顔でクッションに埋もれながら言葉を連ねていた俺。ひと段落した双方のやり取りを……――
「………………あの、俺、序列持ちの輪に混じっていて大丈夫ですか?」
「予備軍みたいなもんでしょ。誰も気にしないって」
「へ? よっ、へ……!?」
傍らで息を殺して見守っていた後輩二号の呟きに、後輩一号が適当な言葉を返す一幕が……視界の端で妙に和やかに映って、いい意味で気が抜けた。




