揺れ過ぎ去りて
短くも濃密な殴り合いの最中で確信の置ける『根拠』を得ていたとはいえ、正直なところ《山彦》が無事に通ってくれて心の底からホッとした。
振動を支配する相手に振動撃をぶち込んだのは別に血迷った訳ではなく、諸々込みでそれが最も彼女に対して有効な手であると判断したゆえのこと。
結局のところ、桜梅桃李ことお梅さんの防御術において一番厄介なのは特殊称号『地愛者』の瞬間部位硬化。振動減衰によって打撃の威力が散らされるとはいえ、ならば刃で挑みかかったところで鋼身に弾き返されるのみ。
まだしも、散らされる程度で済む打撃、衝撃、振動の方が通しやすい。そんでもって僅かでもそれらが通用するだろうという事実は、殴り合い中に幾度となくヒットした俺の拳に対する彼女のリアクションが示していた。
特殊称号『女傑』の《打ち震える豪傑の偉躯》が誇る振動操作には、当然ながら増幅減衰ともに限界値が在る――――ので、真正面から貫かせていただいた訳だ。
震伝二式《山彦》……だけではなく、総重量一トン超の重石に掴まって水流の暴威に堪えながら限界出力まで収斂した『廻』を加えた三連鎖。
更に忘れず掛け直した《水属性付与》及びに《フリズン・レボルヴァー》の六重射も籠めた、情け容赦なき瞬間怒涛の滅多打ちだ。彼女の振動操作の限界が『威力の多寡』か『震源の数』どちらに掛かるかは残念ながら不明だが……それゆえに。
どっちへ転んでもいいよう、プレイヤー単体へ向けるには過剰が過ぎる超威力を連撃の形で叩き込んだ――――そして、更に、その上で、
防御をすり抜ける《震伝》の理合が【女傑】の鋼身防御を貫いた瞬間に、振動衝撃諸々の判定をそっくり斬撃判定に塗り替えさせてもらった。
《リジェクト・センテンス》――――システムの規定を覆す、特大のズル。
ハハハ……〝代償〟が怖いが、序列持ち討伐の特大戦果と天秤に掛ければ致し方なし――といったところで、まずはやるべきことが一つある。
然して、謝罪を伝えるべき相手は向こうから走り寄って来てくれた。
「っとと……ごめんカナタ、正直なとこ気遣ってる余裕がなかったわ」
「いえいえいえいえいえとんでもないですっ……!」
最大出力は今の一発だけとはいえ、流石に短期間で『廻』を使い過ぎた。ゆえに当然とばかりフラっと後ろへ崩れた身体を、ひやりとした腕が受け止める。
一応のフォローは努力したものの。それでも避け得ず酷い目に遭わせてしまったのであろう、頭の天辺から爪先まで完全ずぶ濡れのカナタ君だ。
アレコレと並行して咄嗟に起動した【九重ノ影纏手】の影糸を背後に飛ばしグルグル巻きの繭玉にして庇ったのだが、流石に完璧とはいかなかったのだろう。
とはいえ、
「守ってもらいましたし……! アレってあんな使い方も……というより、そもそも《フラッド》で強引に相殺した判断も後ろの俺を庇うためですよね! あのままだったら俺、間違いなく直撃して磨り潰されてましたし――――!」
「落ち着け後輩。先輩は今、度重なる化物との死闘で割とグロッキーだ……」
救援に来るまでの消耗と併せても、注視すれば頭上に浮かぶHPバーは五割強で踏み止まっている。馬鹿数値のMIDが作用した魔法抵抗により迫真の危険域で瀑布からの生存を果たした俺と比べれば、無事と称してもいいだろう。
そんでもって、更に伝えとくこと……と言うよりも、
「そうだカナタ、グッジョブ。序列持ち相手によくやった偉いぞ」
「へ……? やっ、いえ、あの……結局は助けられちゃいましたし、切った啖呵も有言実行が叶わず、お恥ずかしいと言いますか……――」
「と思うじゃん?」
明確に、絶大な称賛案件が一つある。忘れず言葉にしとかないとな。
「【女傑】殿、左脚がまともに動いてなかったんよ」
「え、…………えっ?」
「カナタがなにかしたんだろ? 正面から殴り合って拮抗できたの、もしかしなくてもソレのおかげかもな。全体を通して踏み込みが甘かったぜ、お梅さん」
「……、…………」
実際たった一人でカナタが【女傑】にどう抗したのかは、後々でアーカイブ映像を鑑賞する時のお楽しみ。とはいえ自然に考えて、開戦から間もない初エンカウントであるはずのカナタ以外にソレをやった犯人がいるとは思えない。
なにをしたのか、それが十全に目論見を果たしたのか。わからないが……カナタの牙は確かに、かの【女傑】に届いていたのだろう。
「つまり実質、思いがけずの共同撃破だ――――誇りたまえよ、カナタ君」
「……――――っ!」
いまだ力が入らずグデーっとした背中を支えられたまま。首を後ろへ倒し逆さまの顔を見上げながら、揶揄い交じりに笑みを向ければ――――ドグシャっと。
「……おのれ後輩、なんてことしやがる」
「ごっ、ごごごごめんなさいっ!?」
ボボボっと赤面しテンパるまま推定反射でバッと身を引いた少年に見放され、消耗し死に体となったアバターは流れるように崩れ落ちた。
……これ俺が悪い? あぁ、そう。
床が冷たくて、水浴びをしてなお火照った身体には丁度いいかもな。
◇◆◇◆◇
「――――こいつは仰天だ……」
南陣営戦時拠点こと【騎士の王城-エルファリア-】前。赤城の外壁に背を預けてジッと目を閉じていた男性――【詩人】八咫が言葉通り驚嘆の声を零す。
「一人目の脱落者は南陣営かぁ」
「お梅さんは……まあ、相性的にも有利って訳じゃないし仕方ねえか」
次いで彼の呟きに反応したユニとオーリンが、その傍らで苦笑を共にしみじみと納得と諦観の声をもって反応。更に次いで締め括るのは……。
「どんな様子でしたか?」
進行する『策』を組み立てるべく、視たモノを問う【侍女】の声。どこか緩い男連中とは違い、どこまでも怜悧な女王様の問いに、
「驚き桃の木山椒の木だよ…………いやはや、まさか彼女が地上戦かつ真っ向からの殴り合いで下されるとは……流石に、思わなかったねぇ」
「え?」
「は?」
「なんですって?」
と、八咫が答えを返すに至り素っ頓狂な声を重ねたのは、やはり緩い空気の男性陣。今度はオーリンの隣にいるフジも加えて、見事な三連鎖であった。
「あれやこれや珍妙な技を交えた搦め手も見えたけど、基本的にはシンプルな殴り合いだったよ。互いに一歩も引かない、拳二つ同士の素手喧嘩だ」
然して、そんな八咫の報告を聞いて。
「えぇ……なんか最近、体術にハマってるみたいなのは聞いてたけどさぁ……」
とは、ユニが。
「アレもコレもってな『歩く武器庫』が強みの一つだってのに、遂に素手でもヤバくなったのかよ……ほんと堪んねえな、成長率ぶっ壊れてないか?」
とは、オーリンが。
「これ、もう僕なんか完全に『天敵』とか名乗れないよね。というか名乗りたくないよ。シンプルにやり合うの嫌だよ。手札の絶対数といい、単純な技量といい、あの手この手で写身ごと瞬殺される未来しか見えない。お手上げ」
とは、フジが。
戦場を共にした三人が、口々に呆れ十割の言葉を連ねる中。四柱の舞台を退場した桜梅桃李に寄り添い、視界を同じくしていた【詩人】は――――しかし、
「けども、まあ…………いきなり目論見通り、とりあえず一つ目ぼしい穴は見つかった。流石は我らが対人トップスリー、ただで落ちた訳じゃない」
帽子の下で苦笑いを楽しげな笑みに変えながら。
「ということでへレナちゃん。王子様に付け入る隙、一つ目だよ」
「聞きましょう」
現在進行形で複数の光景を宿す〝眼〟を【侍女】へ向けて、頷いた。
つまり権能の限界値を超越した力こそパワーで単純にぶち抜いただけ。
ちなみに《リジェクト・センテンス》による斬属性への判定変換というダメ押しがなければ、振動減衰が間に合ってギリギリ生き残れてはいた模様。
え、そもそも攻撃属性の判定変換なんて出来たのかって?
この人イベントの開拓作業時にしれっと拳で大樹の伐採とかしてたでしょ。
余裕がある時にしっかり実験検証してたんだね、偉いね。




