引き継ぎ百歩
『――――……と、こうなることを伝えられたら良かったのですが』
「ま、戦ってる最中に話しかけんなって頼んだのはアタシだ。ツケは自分で払う」
視野狭窄……とは少し違う。戦闘中〝相手〟へ夢中になって目を向けてしまう性は、斯く在るべくとして自ら望み心掛けていること。
ゆえに、いつしか残る三本が手折られ南北の『柱』が全滅したのに気付かなかったことも、迫る大物の気配に気付かなかったことも――別に、それでいい。
味方には悪いが、自らのスタンスを変えるつもりはない。そうでなくては、気張って序列称号保持者にまで上り詰めた意味がないのだから。
そして、その我を堂々と通すために。
「最低限の仕事は果たすさ。安心しなよ女王様」
『…………最低限は、もう果たしていると言えるでしょう。ですので――――あとはどうぞ、貴女の好きに楽しんでいただいても構いませんよ』
責務の全うを約束する旨を伝えれば、返ってきた言葉に笑みが滲んだ。
「だから〝此処〟は心地いいんだ。右を向いても左を向いても、話が分かる奴しかいやしない……――――それに加えて」
我ながら『淑女ならざる』と自覚できてしまうソレを滲ませたまま。見やるは足元に伏す少年、そして目前に立つ少女の姿をした怪物が一人ずつ。
「〝前〟を見ても〝後〟を見ても、楽しい奴が多過ぎる。堪らないね」
真っ直ぐに青眼と視線を交わしながら、一歩退く。
優位を取り、仮想の命を獲る寸前だった『獲物』から、脚を止めず二歩、三歩と退いていく――――それはなにも、空気を読んで見逃したという訳じゃない。
無理を知って、身を守るために身を引いただけに過ぎない。
「……ッハ――――可愛いナリして、おっかないね【曲芸師】」
「え? いや、そんな後退られるような威圧感を出した覚えはないんですが?」
退いた桜梅桃李を、地に伏したまま呆けた顔で見送ったカナタ。その傍らに悠々と歩み寄る怪物が、気の抜けた顔で惚けたことを宣った。
どの口が、と笑いそうになったのを堪え……しかし結局は、また滲み出して、
「参ったね。これはアタシが色眼鏡を掛けているせいなのか、世間や〝姫〟の評価に自分でも知らない内ビビってるせいなのか……わからないけど」
それは仮想世界にて、埒外の強敵を前にしたとき幾度となく抱いた感情。
困ったことに、出陣前に賜った〝主〟の忠告が現実となる予感しかしない。
「…………んー、まあ、とりあえず」
然して、そんな秘めて恐々とする敵の気を知ってか知らずか。
「転身体で失礼しますが――――イスティア序列第四位【曲芸師】ハル、お初にお目に掛かります。挨拶が遅れて申し訳ない、ご先達殿」
冗談めかして戦衣の腰巻を摘まみ上げながら、紳士のソレか淑女のソレかごっちゃになった可笑しな礼と共に挨拶を一つ。
そんな掴み所のない……前を行く後発の姿に、
「ソートアルム序列第十位【女傑】桜梅桃李」
桜梅桃李は、絶えぬ笑みを浮かべて――
「お梅さんとでも呼んでくれよ、王子様」
「オーケー了解――――王子様は金輪際もう禁止な、お梅さん」
それはまるで、示し合わせたかのように。
それぞれが〝拳〟を握り込むタイミングは、おおよそ完璧に同期していた。
金が迸り、白が奔る。手元に大槌を呼び戻した桜梅桃李の『地揺らし』が床を突き抜けてから、激突の轟音が盛大に弾けるまでコンマ一秒。
片や〝膂力〟を以って、片や〝速度〟を以って、見事に拮抗した接触点にて、二つの意味で『乙女』ならざる二つの影は凶悪な笑みを突き合わせ、
「――――逢いたかったぜ【曲芸師】ぃッ‼」
「――――そりゃ光栄だよ【女傑】殿ッ‼」
戦端が開かれたその瞬間、途切れぬ殴打相殺の演奏が舞台を埋め尽くした。
◇◆◇◆◇
《天歩》&《天閃》点火。
更に両拳へ《水属性付与》を施すと共に【九重ノ影纏手】起動。踏み込みと同時に〝糸〟を飛ばし攫ったカナタを後方へ放り投げながら、拳を握り締め開戦怒涛。
どうして〝拳〟を得意とする者へ同じ手札で挑もうと思ったのか。聞かれたならばそんなもの、堂々と即答する用意はできている。
何故って、せっかく人並み外れた数の手札を持ち得ているのだから――――
「武器を使っても構やしないんだけどねぇッ!」
「〝拳〟だって立派な武器だろう、よッ!」
最も楽しめるであろう手札を切るのは当然であると。舐めプ? 魅せプ? とんでもない――――これだって俺の全身全霊全力全開本気形態だ。
根底たる【剣聖】を模範と成す身のこなし。そこへ【双拳】及び【音鎧】から教示を賜った徒手空拳技術をぶち込み出来上がった魔改造マーシャルアーツ。
それこそ、魅せ技と舐められる謂れは……。
「――――ッづオラぁ‼」
「が、ふッ……‼」
一片たりとも、在りはしない。
〝膂力〟対〝速度〟――――慣性ブーストによるオーバーな威力増加が見込めるアルカディアにおいて、その『力か速さか』というインファイター永遠の議題に関する答えは既に出ている。正確には、対人戦に限ってはだが。
倍では済まない手数を以って、迎え撃つ拳を掻い潜り【女傑】の腹を叩いた俺の一撃がその証左。つまり近接戦においては、敏捷で上回る側が絶対有利。
更に更に、加えて加えて。
「こ、の……!――――それは、面白いねぇッ‼」
「そうだろうともッ!」
〝水〟の属性付与による拳撃の射程拡張のオマケ付きだ。
リーチ、速度で上回り総合威力でも拮抗するとあれば……――かの【女傑】を、地上で圧倒することも不可能ではない、はず! 多分ッ!!!
しかし硬ッッッッッッッッッッッッッッッてぇ!!!!!
「どうなってんだコラ滅多打ちにしても減らねえぞァッ‼」
「ッハ、おかげで長く楽しめるだろう……!」
「限度があるだろうよどいつもこいつもレイドボス並みにカッチカチか‼」
虎、騎士、そして女傑。ここまでくればなんとなく察せるが、おそらく今回のエンカウントは全て作為的なもの。というか、ほぼ確実に『【曲芸師】と当たっても容易にハメ殺しに遭わない者』以外は戦場に出ていないのではなかろうか。
はは、見えるぞ。戦士たちの奥で片眼鏡をキラリと光らせているヘレナさんの姿が。つまるところ、彼女らは尖兵であり偵察兵。
来たる決戦のタイミングに向けて、こちらの腹を探るための鉄砲玉。
いや、鉄砲玉というか……――――
「考えごとかい、似た者同士だねぇッ‼」
「ッ――まあ一応、先輩後輩の仲なんでなぁ……!」
大爆発した後に結構な確率で何食わぬ顔のまま手元に戻ってくる特大弾頭ってとこか? はは、今となっては他人のこと言えないが、
ほんと、もう、無法の塊だな序列称号保持者ども!!!
筆頭ゲームブレイカーがなんか言ってる。
まあゲームというかアルカディアだからヨシ。
ちなみに放り投げられた後輩はお利口に着地していますのであしからず。




