ピース・ノース
「――――おーおー、こりゃまた一斉に還って来たなぁ」
北陣営ノルタリア戦時拠点【悠園の高城-フュリガンド-】にて。
平時の『序列』を記す石碑から置き替えられたオブジェクト、ほのかな光を放ち宙に浮かぶ巨大な水晶の傍。まるでソレから産まれ落ちるかのように次々と床に転がされた計十二人を眺めながら、どこか軽薄な声音を放つのは一人の男。
「いやいや、ほぼほぼ部隊丸ごと瞬殺やん。怖いわぁ」
「「「「「面目次第も……」」」」」
「仕方なし責めたりせえへんよ。で、誰にやられたん?」
同陣営の『虎』と似た、しかし少々雰囲気の異なる柔らかな語り口。旅装めいた黒のロングコートに身を包んだ痩身、切れ長の黄瞳、一つ結びにされた鼠色の髪。
「「「「「ハルちゃんです」」」」」
「知ってたけれども、なにを嬉しそうに言うてはるん。君たち敗者よ?」
「「「「「面目次第も……ッ!!!」」」」」
表情が軽い、声音が軽い、言葉が軽い――――知らなければまさしく『軽薄』だの『腹黒そう』だの『なに考えてるのかわからない』といった評価を下されそうな彼は、しかし当の昔に裏表などない苦労人という認識が成された北陣営の良心。
ノルタリア序列第二位【群狼】こと【Gin】その人。奔放極まる第一位に代わって、右腕と呼べる補佐と共に北陣営を取り仕切っている実質的なトップである。
つまり、その右側には――――
「予想通りの、想像以上ですね」
右腕こと、元北陣営序列持ち。
冠は置けども名は消えない【犬笛】の【萩】が控えている。『なんの変哲もない人間を目指してキャラメイクした』と公言している彼は、その言葉通りアルカディアでは珍しい極めて凡庸な顔に乗せた眼鏡を指先で押し上げながら……。
「やはり、下手にちょっかい掛けたところで意味も意義もないのでは?」
諦観交じりの面倒臭そうな表情を隠そうともせず言い、上司にして仲間にして古くからの友人でもあるジンより苦笑いを引き出してみせた。
「そやけど、お姫さん陣営からのオーダーやしなぁ。総まとめ役の『女王様』には従うといたほうが丸いやろ? 理屈は通ってる思うし」
「それはそうですけどね……対エネミー専門の北陣営じゃ、まともに掛かるのは厳しいでしょう。実際問題、すでに対人最高戦力が弾き返されたばかり――――あぁ、もう行って大丈夫ですよ。問題がなければ迅速に戦線復帰をお願いします」
陣営全体の統括がジンの役目なら、戦という場を統括するのはハギの役目。名実ともに『大将』を任されている彼の号令を受け、トップと右腕のいつものを眺めていた十二人は口々に応を返して駆けて行った。
…………と、駆けて行った方角から。
あからさまにデレついた挨拶の声が耳に届き……まあ見逃してやろうと思いながら溜息をついたハギ、そしてジンの下へ近付く足音が二つ。
「――――〝ハルちゃん〟と聞いて……!」
「来なくてよろしい。君も、せめて戦争の間くらいは自重するように」
「ほんっとごめんなさいコイツもう馬鹿なんで、もう、馬鹿なんで……」
北陣営序列持ちの紅一点――――という訳ではないのだが、様々な理由から唯一まともにアイドル扱いできるプレイヤーとしてノルタリアの男性陣より熱烈な支持と視線を向けられている【音鎧】ことリンネ。
そして、本人の性格も相まってなにかと目立つ彼女の幼馴染にして相棒……即ち、ジンに次ぐ苦労人として親しまれている【変幻自在】ことマルⅡ。
双方共に基本的には常識人の枠へ入るタイプであり、上司にして先達ことジンもハギも二人のことは頼れる後輩として信を置いていた。
置いていた、つまり過去形。どういうことかと言えば……。
「いやっはぁ~流石さすがですねハルさん絶好調ですねぇ! はーもうはー今日も推しが元気で楽しそうで実に良きかなっ!」
「良きかな、やないんよリンネちゃん、今、彼、敵よ?」
「もちろん! エンカウントしたら力一杯いきますよっ! えいって!!!」
「意気込みは結構なんやけども、紅一点が敵方の男にお目々キラキラさせてると、な? こっちの男連中の士気に関わってくるんよ。……え、関わるやんな?」
「まあ、無きにしも非ずでしょうかね……」
つまり、こういうことである。
腑抜けているとは言わないまでも、アレな感じに変貌した若干一名が常識人から片足を……あるいは、両足を盛大にはみ出してしまった訳で。
頼れるのは変わらずとも、いろんな意味で『信を置けるか』は微妙なところ。
「まあ、ゆうて私くらいですし? 北陣営で【曲芸師】さんに相性有利を叩き付けられるのって。出番になったら、そりゃもう頑張りますよーっと!」
「そうなん?」
「アンタもアンタで問題ですよ。久々の四柱だからって腑抜けすぎでしょう」
「いやだって、対人のアレコレわからへんし……」
さておき良くも悪くも……いや、アルカディアのゲームデザイン的に『悪い』ところなど無きに等しいが、とにかくノルタリアは対人戦闘に疎いのだ。
四柱戦争に出場しているプレイヤーも、基本的には序列持ち一般勢ともにほぼ固定枠。『自由と冒険を謡う北陣営としてやはり本懐を最優先すべき』という理念の下、望み選ばれた勇士を除いた多くの者は対人戦のイロハも知らないまま。
それは序列二位たる【群狼】さえ例外ではなく……『女王様』のオーダーに従って馳せ参じはしたものの、正直なところ現状は役立っていない。精々、皆に親しまれるトップが戦場にいることで若干なり士気が上がっている程度だろうか。
ゆえに、本人の好みはさて置き貴重な対人戦力のリンネがファン惚けしているのは頭が痛い。ジンが苦笑いを浮かべ、ハギが溜息を零すのも無理なきこと――
「お前ほんと、そろそろ自重しようね? ハルさんからもメッチャ言われんのよ『頼むから手綱握っといてくれ』ってさ、なんで俺がお前の手綱握んないといけないのよ気持ちはわかるけど少しは落ち着けってのほん――――」
「はーい出ましたほんっとマルはそういうとこだよ可愛くなーい! なに自分はちゃんと我慢できてるみたいな顔でお説教してんの二人で語ってるときそっちだってグググイグイグイ行ってんじゃんハルさんたまに引いてるの気付いてないのー?」
「引いっ……は? は? んな訳ないだろリンネじゃあるまいし俺は弁えてる」
「なら私だって弁えてるもーん!」
「市街地で絶叫しながら追い回した前科のある奴がどの口で!?」
「絶叫とかしてないしヤバい人みたいに言わないでくれるっ!?」
「似たようなもんだろ! どの辺が弁えてんだよ!」
「一生懸命にセーブかけてアレやコレなんですぅ!!!」
「なおヤベェじゃねえかオタク根性も大概にしろッ!!!」
――――……といった具合に幼馴染喧嘩まで勃発するとあれば、最早それは天を仰いで然るべき。なんというかこう、全くもって、
「…………なんやこう、平和な戦争やね今回は」
「新たな風が吹いた結果、諸々トータルでは良い方向に進んでいるんでしょうけど…………正直、気が抜けますね。もう帰っていいですか」
「ええ訳あらへんやろ。誰が指揮を引き継ぐのん」
「アンタ以外にいないでしょう」
「俺、対人戦なんか数える程度しか経験あらへんのやけど。どっちみち心細いさかいハギ君はおってくれな困るわ、一人にせんといて」
「序列二位が聞いて呆れますね」
正しく、平和な戦場の一幕であった。
え? なんかいろいろ説明放り込もうと思ってたのに狼犬ペアと幼馴染ペアが無限にイチャついてるだけで終わったんだが???




