命からがら
「――――ちょっと、嘘でしょ……!?」
あの【騎士】が、なにもさせてもらえないまま地に伏した。
正真正銘これが初見となる異常の光景に、驚愕を零しながら思わず思考をフリーズさせた〝後輩〟を誰が責められようか――――その責務は勿論、
「止まるなッ‼」
「っ……――――!」
五歩後方に陣取る、もう一人の先輩が握っている。
最早こちらも必死を隠せていないレコードの声に弾かれたように――否、そのもの叱咤で背中を叩き弾かれ、怯みを見せた己を顧みて少女の頬に羞恥が浮かぶ。
けれども、されども、序列持ち。ゴチャついた感情と思考の漂白に要する時間は刹那、ないに等しい時を空けて十指は再び駆け巡り――――
ないに等しい時を翔けて、白髪を揺らす青眼が目前に。
先程までとは真実比較にならない、音速に迫るか勝る不可視の歩み。刹那の間その動きを止めていたとはいえ、確かに間は埋めていた〝糸〟を一本残らず掻い潜った【曲芸師】は二ッと悪戯っぽい笑みを浮かべると、
「――――ドレミファソラシド」
「――――――」
極僅かな相手しか知らない【糸巻】の核心を突いて、再びナツメを縛り付けた。
そうして避け得ず総毛立った彼女が瞬く間もなく瞬く間に、造り物のような創りものたる美貌は目前から消え去り――――
「………………………………………………まあ、仕方ない」
再び背中を打った穏やかな……呆れ諦めたかのような声音に振り向けば、大杖を眠らせ魔法を解いた【足長】が一人。
更に前を向き直せば……バケモノめいた戦鎚は忽然と消え去り、未だ抜け切らない特大の衝撃効果ゆえか鈍い動きで身体を起こす【騎士】が一人。
かの【曲芸師】の姿は、どこにもなく――――
「勝ち逃げはされたけど……畳み掛けに来なかったのは俺たちが侮られていない証拠として、嬉しく思っておこうか」
そんな、妥協じみたレコードの誤魔化し文句にて、
「ッッッ…………――――――――――んなぁああぁあああッ!!! ウチなんっっっもできてないんだけどッ!!! いいとこ一つも見せらんなかったんだけどッッ!!!! 意味わかんない、なんもできなかったんだけどおッッ!!!!!」
「はは、同じく。怪物王子様め、とんでもないなぁ……」
羞恥や不甲斐なさ、やりきれなさ諸々の感情により爆発した元最新序列称号者の叫びへ、対応間に合わずペシャンコにされるという屈辱を味わった者の声が続き、
「…………盛大に格好付けた上で軽くあしらわれた俺のダメージが一番デカいと思うのは、気のせいかな? …………気のせいってことにしておこうか」
不満げに震える大杖を宥めながら零す、担い手の溜息が――
嵐のように始まり嵐のように去った邂逅のひと時を、切なく締め括った。
◇◆◇◆◇
「死ぬかと思った!!!!!」
『一時は四人に囲まれたとあっちゃ、流石に散っても仕方ねえかと思ってたんだが……どうなってんだお前さん。なにをどうすれば生き残れんだよ』
「あれ信頼は何処にッ!!?」
『勝ち』にもいろいろ、包囲を突破してのとんずら成功だって立派な勝利だ。
向こうの三人とて本気を出していなかったのは……【糸巻】先輩は「全力」だの「ぶっ潰す」だの言っていたが、彼女の『勢い込んで強い言葉をポロポロしてしまう性質』は有名な話。ということで、結果としてはお互い様。
挨拶ついでの偵察役に、こちらも隠し玉など諸々の『底』を見せずに離脱できたので上々と言えよう。紅蓮奮のアレは隠し玉ってか単なる死蔵札だったのでヨシ。
ともあれ――――
「完全に目付られてんな……悪いけど、やっぱランナー全うすんの無理そうだぞ」
『お前さんなら、ついでの仕事でも一人分以上の働きにはなるだろ?』
「信頼が重いんだか重くないんだか……」
『なんだかんだ言いつつ、狼煙が上がるんじゃねえかと期待はしてたんだがな』
「流石に無茶だよ???」
序列持ち討伐の証たる光塔のことを言っているのだろう、ゴッサンの戯れでも冗談でもなさそうな声音へ真顔かつ冷静にツッコミを返す。
いや、無理だから。
完璧に決まった《鼓》からの【愚螺火鎚】圧殺&ダメ押し《点火》まで通し切って、結局ギリ五割で耐えられたんだぞ。どうなってんだよあの【騎士】様は。
これ以上は無理と断じて即離脱へ踏み切ったのは、我ながら英断だった。
実際問題、あの面子にガチで獲りに来られたら俺が単身ガチで抗っても押し切るのは不可能だろう。どうにかこうにか相性が悪くないと言えるのは【足長】殿くらいで、【騎士】様は言わずもがな【糸巻】先輩も割とキツイ。
転身体で相手するとなると特に、彼女の〝本気〟は相性最悪一歩手前だ。【騎士】様がやる気を見せた瞬間、俺の継戦択はなくなったと言えよう。
『カッカ、冗談だ――――ま、頑張れや先輩』
と、なにごとか揶揄うような口ぶりが《念話》越しに届いた瞬間。
『これで、後輩にスコアを抜かれたぜ?』
「…………優秀な教え子で鼻が高いよ。天井突き抜けそう」
勢いよく立ち上がった『柱』破壊の光を見上げながら本気半分、負けん気半分で言い返す。トラ吉との交戦に入ってから度々のソレには気付いていたが、開幕早々盛大な足止めを食らった俺に代わってカナタが存分に働いているらしい。
『お、師匠も先生もナシなんじゃなかったか?』
「今のなし、優秀な後輩で鼻が高いよ。星空突き抜けた――――こっちは心配いらんぞ【総大将】殿。少し息整えたらまた走るよ」
『おう。精々ご機嫌に暴れとけ』
〝網〟が濃い通路の一画。僅かばかりと足を止め、序列持ちとの連戦でそれなりに消耗したメンタルを落ち着けつつ。多忙な大将役の貴重な時間を雑談で潰すべきではないと心を配れば、若造の気遣いを察してか彼は「はんっ」と鼻で笑い……。
『どうせ今回のお前さんは、姫さんが迎えに来るまでの命だろうしな』
「とんでもねえこと言いやがったなッ!?」
本気か否か無限に余計な真実を言い残して、戯れの時間はブツっと途切れた。
簡単に言えば三人とも『決死紅すら切っていない主人公』状態。無理です。
【糸巻】ことナツメことなっちゃんコイツ言葉と態度がやたら強いなぁやんのかコラと思っている方がチラホラいるものと予想して保険を投げますが、彼女が『主人公台頭以前までの序列持ち末っ子枠』であったという事実と、必死になってワーワー叫んでる時は基本的に心中で涙目になっているという事実を提示しておきます。
一生懸命イキってる子猫かわよ。




