Ⅲ < Ⅰ ?
――――〝水〟が解き放たれた瞬間、頭に過った『択』は二つ。
まず一つ、全力逃走。
すでに新参を脱した『序列持ち』である以上、見世物の側面を切り離せない四柱の舞台で売られた喧嘩を買わぬなど言語道断。特に俺たちはそもそも全ての始まりとして喧嘩を売った側であるイスティア陣営、格好付かないにもほどがある。
序列入りした当初、初の四柱参戦を前に緊張する俺へゴッサンは「逃げるのは恥じゃねえ」と言ったが、あれはペーペーの新入りだから許されたこと。
その後やりたい放題やりまくって名を売りまくってしまった俺が、今更に尻尾を巻いて日和った逃走択など取ってみろ? 世間の落胆が目に浮かぶわ。
という訳で、とりあえず一当たりには応じた。即ち応戦の意思を見せた上で、ギリギリではあるが確かに『渡り合える』という事実も示した。
つまり、今ならば逃走も戦略的な択であると言い訳が利く。
実際のとこ俺が『マジ無理さっさと逃げたい微塵切りにされる』と内心で泣き言を言っているかどうかは関係ない、結局は観客の目にどう映るかが重要だ。
次に二つ、強引に《強制交戦》を仕掛けることで包囲網に風穴を開ける。
四柱限定で序列持ちに付与される特殊スキルこと《強制交戦》。これは距離十メートル以内に存在する他陣営序列持ちに対して宣言することで発動する、内外干渉不可フィールドを即時展開するという代物だ。
これを展開してしまえば、内外を隔てる障壁により【足長】殿の弾幕を完全にシャットアウト出来る。かの《紡贖の節榑人形》は一度発動すれば待ったナシで延々と魔法を並べ続けるという仕様のため、無敵バリアでの時間稼ぎは極めて有効。
そして俺は《強制交戦》で捕らえた相手に《交戦解除》を許すつもりは毛頭ない。加えてこちらの《強制交戦》を間違いなく通せる自信と確信もあるので、こちらの択が無難かつ確実……――――であるはずなのだが、特大の問題が一つ。
この場に、俺が絶対に《強制交戦》の相手としてはいけないプレイヤーが、おそらく必然的に一人存在しているという点だ。直接的な《強制交戦》でなくとも、他二人のどちらかと一対一を成立させた後に《交戦割込》されたら同じこと。
【騎士】アイカ。彼女と一対一で障壁内に閉じ込められるという状況が出来上がった瞬間、おそらく俺の第十一回四柱戦争は終わる。正確にはウチの先輩方が助けに来てくれなかった場合、ここで縫い留められるだろうことは想像に難くない。
断言しよう。俺は彼女に負ける気はないが――――
倒し切る自信は、毛ほどもないと。
結局のところ、かの【騎士】様の存在が俺から全ての『択』を奪っている。
まだまだ本気……というか〝本領〟を出していない彼女に手をこまねいているのは、ひとえに彼女がその気になってしまうのを恐れているという点が大きい。
ノリと勢いで形成された三対一という形が、逆に俺を守っているまである。今の状況は先輩方三人が俺に『興味』と『好意』を向けてくれているからこそ出来上がったモノであり、それに甘えることこそが唯一の光明だろう。
ゆえに結論――――『択』はなく、『道』は一つだ。
《鏡天眼通》起動。左眼を閉じ、右眼を開く。全力抗戦の覚悟を決めて躊躇いなく切った金眼が、思考加速二倍の世界へと俺の意識を引き摺り込んだ。
スローになった光景でなお、豪速で迫り来る大中小〝水〟の礫。まさしく波濤の如く迫る数多の魔法を前にして、俺が呼ぶはただ一つ。
勢いよく右腕を振れば、影糸が手繰るは床に転がり放置されていた【魔煌角槍・紅蓮奮】の残骸……否。刃を砕かれてなお、その槍は死することなし。
先に【大虎】より喰らった生命は僅かにて、転じた魔力もまた僅か。ゆえに〝ゲージ〟を示す紅布は頼りなく小さなものだが、在るならば呼べる。
「奮い立て――――《紅蓮ノ刃》ッ‼」
魔煌を散らして〝兎の耳〟が如く揺れ動く、槍先に灯る紅蓮の双刃を。
この〝刃〟は物理にも魔法にも寄らない、生命に触れること叶わぬ非実在の刃。然して、これまで活躍の機会がなかった【魔煌角槍・紅蓮奮】第三の能力は――
「見さらせや先輩方……ッ!!!」
敵性魔法を、ぶん殴れるというもの。
簪が光り瞬き『決死紅』起動。紅の刃槍を手に紅光を纏い、魔を参照して上積みされた過々剰AGIを点火。スキルも併せて加速する思考速度を置き去りにする勢いで地面へさよならを告げ、最も間近に迫っていた水の大槍へと突貫。
おそらくは、聞き覚えのない長文による大魔法。当たればワンキルを容易に想像できる圧力へ向け、横薙ぎに振り抜いた刃が――――当たる。
本来なら、同属性以外の属性付与を施して〝核〟を狙わなければ物理が魔法に干渉することは叶わない。魔法の直径を超える盾や壁に頼り、面で防ぐのが限界だ。
しかし、物理と魔法の狭間を揺蕩うコイツならば、
「うっっっそでしょバカじゃないの!!?」
「はは……それは流石に予想外ッ」
「また知らないことを……!」
魔の結晶へ強引に干渉し、叩き落とすことも可能とする。
【糸巻】、【足長】、【騎士】と、三者三様の〝お褒めの言葉〟がそりゃもう耳に心地よい――――が、残念ながら猶予はない。僅かなリソースで形作られた非実在の刃は、すでにその存在を薄れさせ始めていた。
俺の【水属性付与】では、同属性たるレコード氏の魔法を迎撃できない。なればこそ、この《紅蓮ノ刃》が途絶えるまでの僅かな時間で突破口を開く必要がある。
そうして狙うは、ただ一人。
【騎士】に守られる【糸巻】でも【足長】でもなく、二人に絶対の守護を与えている【騎士】様ご本人一択。ここを潰さなければ勝ちはない。
宙を跳ね回り、片っ端から叩き落し打ち払いぶっ飛ばす敵方の魔法もまた攪乱及び牽制の一手。操作権自体を奪うことは叶わないが、そも『魔法をぶん殴られる』なんて未知の感覚に咄嗟の対応が利くはずもないだろう。
打ち返される己が魔法が味方に飛び火しないよう、逸らすのが手一杯のはず。果たして推測は正しく、刹那に訪れた〝隙〟を縫って駆け巡り、
「ッ……無茶苦茶だね、本当に‼」
「じゃなきゃ今ここにいないんでねぇッ……!!!」
絶妙なタイミングで忍び寄ったフォローの〝糸〟を星剣の自律機動で無理矢理カットしながら、飛び込んだ先で〝盾〟に拳を叩き付ける。
戯れの言葉を交わし合うと共に――――《フリズン・レボルヴァー》全弾装填&《天閃》&《天歩》&『纏移』及び『廻』最大出力ッ‼
結式一刀流無刀術《震伝》……改め、試製無刀術。
「《鼓》」
一撃、二撃、三撃、四撃、五撃。一瞬にて段階的に叩き込んだ出力が共振し混じり合い、爆発的な〝力〟と成って敵の中を真っ直ぐに奔り抜ける。
然して、その威力は、
「――――か、っはッ……!?」
刃を受けども、拳を受けども。ここまで迫真のノーダメージを保っていた【騎士】様のHPを、盾の上から三割持っていくほどの馬鹿さ加減。
お師匠様直伝、単純防御不能の接触浸透撃を魔改造した技だ。如何なその盾と言えど、解放前に正面切って弾いて退けるのは無理だろうよッ!
そんでもって、
「ッ……―――― 顕」
「それはダメ」
ぶっちゃけ三割程度で踏み止まられたのが驚きってか真に驚愕ものだが、さしもの守護者と言えど超特大の衝撃効果からは逃れられないらしい。
咄嗟か、あるいは危機を想定しての規定行動か。口を動かすので精一杯の彼女へ更に踏み込み、一撃を振るい終えた右手に喚び出すは特大の質量爆弾。
「――――――っ……」
続く言の葉を紡ごうとしたのか、はたまた反射的に別のなにかを口にしかけたのか……さて、刹那の内に大戦鎚【愚螺火鎚】の下敷きとなった今ではわからない。
そして、それを呑気に聞いている暇も余裕もない。ゆえに御免、
「――――《点火》ッ!!!」
引き金を絞る指先に、一切の容赦も躊躇も覚えはしなかった。
やってること端から端までえげつない。




