賑いに集うは
紅の魔煌が閃き、轟音と爆風が吹き荒ぶ。
かの【遊火人】が素材となったエネミーの名を刻んだ傑作たる【紅玉兎の緋紉銃】の反応弾は、比喩ではなく一発一発が大魔法並みのコストに見合った大火力。
プレイヤーであれば余波に煽られるだけで足が地を滑り、炸裂に巻き込まれたなら大被害は免れず、直撃でもすれば消し炭も残らない――――はず、なのだが。
はてさて、手応えはあったというのに何故『序列持ち』撃破の証たる光柱が撃ち上がらないのか……なんて、すっとぼけは必要あるまい。
見えてたからな。紅弾が炸裂する刹那――――
「ッチ……水差しよってからに」
「そう言われても、味方を護るのが【騎士】の役目だからね」
防御態勢を取った【大虎】の目前に忽然と現れ、盾を掲げた甲冑騎士の姿が。
「なんやねん。矜持を引き合いに出されちゃ文句も言いづらい……一応ゆーとくが、あれしき余裕で受けられたで。強がりとちゃうぞ」
「あー、はい、そう。……まあ、確かに強がりではないんだろうね。あれだけボコボコにされてたのにピンピンしてるみたいだし」
アルカディアでは珍しい……――どころの話ではなく、街を歩いても滅多に見かけることのないフルフェイス仕様の全身鎧。
重々しく無骨な金属の輝き。その奥から響くには似合わぬ鈴の音が如き乙女の声音に、二度の被弾を受けてHP九割強を保っているトラ吉が頬をひくつかせた。
「なにを観戦しとんねん。ほんでもって、相変わらずの生意気さやな――アイカ」
まるで俺とトラ吉の戦いを初めから今まで見ていたような……というか、実際そういうことなのだろう。煽りというより『ただ素直に事実を口にした』といった様子の彼女は、表情は見通せずとも涼しげな雰囲気で文句を受け流し――
「――初めまして王子様。ようやく会えて嬉しいな」
「……挨拶に伺ったほうが良かったでしょうかね?」
距離を取ったまま、黙って様子を眺めていた俺へと向き直った。
南陣営序列第六位【騎士】アイカ。女性プレイヤーでは珍しい盾役型ビルドを以って『序列持ち』へ上り詰めた稀有な存在にして、守護者の異名を持つ実力者。
台頭後いまだ誰もそのご尊顔を目にしたことがないとかなんとかで、綺麗な声音から自然と想像してしまう美女美少女像について日夜あーでもないこーでもないと激しい議論が巻き起こっている……とか、そういう人気事情は置いといて。
戦闘的な意味で俺は相性がよろしくないと思われるため、今回あまりエンカウントしたくなかった御仁の一人だ。更に、付け加えれば――――
「――――ま、わざわざ挨拶に来るってのも変な話じゃんね」
「――――出会ったら、その時に自己紹介。それで十分じゃないかな」
……と、このように。お仲間と一緒の場合は、特に会いたくなかった訳で。
横から届いた声音にギギギと首を向ければ、我が身が辿ってきた道のほう。網の影から現れた追加の二名を見て、思わず天を仰いだ俺を誰が責められようか。
白と群青、それぞれのローブを纏った小柄な少女と細長い青年――――南陣営序列第七位、並びに八位こと【糸巻】及び【足長】殿。
「あー……これはこれは…………」
トラ吉との戦闘に夢中になっていた……という事実を差し引いても、これだけの大戦力に接近どころか〝観戦〟されて気付けなかったのは俺のミスになるだろう。ゆうてなんらかの『術』を使われていた可能性もあるが、それはそれ。
気配はともかく、視線くらい気付け――――なんて、どこぞの侍に怒られそうだ。当たり前のように第六感の如き超感覚を要求してくんな。
と、それはさておき。
「……ゴッサン」
『なんだ、どうした。〝光〟は見えなかったが、片付いたか?』
多忙は存じているが堪らずコール。ありがたいことに秒で《念話》を繋いでくれた【総大将】殿の声へ、返す声音には我ながら深い諦観が滲んでいた。
「片付いてない。増えた」
『…………………………何人だ?』
「三人」
『………………………………………………問題は?』
「ある……!!!」
『そうか――――――よし、気張れ。お前さんなら大丈夫だ、以上』
「ちょっと待ってそんなご無体な――――切りやがった…………ッ!!!」
見捨てられたとは思いたくないが、だとすれば逆に信頼が重すぎる。三人の内訳も聞かないまま途絶えた通話に恨み言を吐き散らすも、孤立無援は変わりなし。
流石に、いやほんと流石に、
四対一は気張ろうが、なにしようが、どう足掻いても無理――――
「…………ま、団体戦やしな。しゃーないか」
と、じわじわ後退りかけた俺をよそに、回した黒槍をカツンと肩に担いだ【大虎】が溜息交じりに呟いて踵を返す。
当然「へ?」と呆ける俺、そして半眼ジト目その他を御三方から頂戴しつつ、その全てをどこ吹く風とばかり背中で払い除けながら――
「俺、今ちょっと共闘とか無理やねん。自分らと連携が取れん以前に足引っ張ることになるやろから、邪魔せんと退かせてもらうわ」
などと宣った彼の言葉に、おそらく俺を含めた四人全てが勘付き納得したことだろう――――それが新たな能力の代償か、と。
成程。ならばそもそも、単身で俺の元まで爆走してきたのもソレが理由か……そう推理しながらも、状況が状況だけに軽口の一つも投げられない。
然して一人で先輩方に囲まれるまま臨戦態勢も解けず警戒マックスで身構えている俺のほうを、トラ吉は最後に振り返ると――――
「ほなハル、また後でな」
二ッと悪ガキのように口の端を釣り上げながら、
とんでもない台詞を残して、
轟と地を蹴り、勢いよく彼方へと去って行った。
「…………」
「「「………………」」」
そして残されたのは、質の違う一つと三つの無言による静謐。
「…………あの、あのですね、先輩方。今のはきっと、そう――――」
「そういう意味、かな」
「そういう意味じゃんね」
「そういう意味だろうね」
「――――……いう、意味では、ないんじゃないかなぁ、なんて…………」
怒気……とは、また違う。
それは言うなれば、よく燃える薪を大量にくべられた大火の如く。
言外に『曲芸師が生き残るだろうという確信』を述べられた御三方が、それぞれの瞳に確かな熱を宿して俺を見据えているのが理解できてしまう。
若干一名、瞳どころか肌の一片すら見えねえぞとか言ってる場合じゃねえ。
「…………それじゃあ、自己紹介といこうか――――ソートアルム序列第六位、【騎士】アイカだよ。言いたいことや語り合いたいこと、伝えたいことは山ほどあるんだけど……それはまあ、後の楽しみにしておこうかな」
前へ進み出るは騎士甲冑の乙女。
左手に提げるは銀に輝く細身の騎士剣、右手に携えるは同じく銀……――剣を遥かに超える情報圧を放つ、精緻な彫刻の刻まれたカイトシールド。
「んじゃ次はウチかな――――同じくソートアルム序列第七位、【糸巻】ナツメ。アーカイブあれこれ一通り見て正直メッチャ楽しませてもらったけど、それはそれとして今回は忖度ナシでいくから覚悟しときなさいよ」
騎士の後ろ、中段に陣取るは白髪の少女。
左右の空手に得物はなし。しかしながら目を凝らせば、彼女の周囲に侍る無数の光――――極細の〝糸〟が見て取れる。
「では最後に俺が――――同じくソートアルム序列第八位、【足長】のレコード。言いたいことは……まあ、それも前二人に同じくということで」
そして最後、後方に位置取るは青髪の青年。
表情、声音共々に落ち着いた様子で掲げるは杖――――四又に分かれ捻じくれた複雑な形状のヘッドを持つ、どこか禍々しい雰囲気を纏った大杖。
三者三様、見るに戦意は百二十パーセント。幸いなことに、浴びる視線から根本的な敵意や嫌悪など諸々ネガティブな感情は感じ取れないが……。
まあ、それはそれとして、
「……イスティア序列第四位、【曲芸師】ハルです。初のご挨拶、転身体で失礼」
「生で実際に見ると、圧巻だね。〝姫〟と同等だという評判にも頷けちゃう」
「メッチャメチャクチャ可愛くて腹立ってきた。白髪同士で完全敗北な件」
「それはまあ、人気も出るってものだよね」
「は、はは……どうも…………あの、どうぞお手柔らかに――――」
もはや確定した事象として、
「ともあれ、今は」
「全力で、ぶっ潰すから」
「ごめんね、お手合わせ願うよ」
「くっ……――――やぁってやろうじゃねえか行くぞコラご先達ぁッ!!!」
序列持ちを相手に三対一という地獄の幕開けは、避け得ぬ未来であった。
人気者は辛いね。




