一番槍
ザッと走ってみればすぐさま把握できたが、どうやら此度の迷路に仕掛けられた〝網〟は『柱』への距離に応じて密度が変化するらしい。
遠いほど濃く、近いほど薄く。
迫るほどに黒鉄の柱は数を減らしていき、内外からの遠距離攻撃を相互不通としている障壁が在る『柱』周囲二十メートルともなれば、綺麗な更地状態。
然して、これが意味するところは二つ。
障害物の密度からも柱の位置をおおよそ判断できるということ。
そして、これら障害物は近々動き出すだろうということ。
なぜそう言えるのかといえば、四柱戦争の『柱』は倒された後に待機時間を経てランダムな位置に再配置されるという仕様があるからだ。
つまり新たな塔が屹立するとき、迷路を埋め尽くす黒鉄の太網も分布を変化させる可能性が極めて高い。正確にどういう挙動をするのかなど今は知る由もないが、時が経てばその辺もギミックとして戦局に関わってきそうだな――――と、
上司への所感報告を、つらつらとこなしつつ。
「――――んー……これ、最悪もう任せきりになっても問題なさそうだな?」
拳一閃で叩き折った青の柱、即ち北陣営の『柱』の残骸が消滅する際に撒き散らす爆発的な燐光の只中。遠くで立ち昇った九本目の狼煙を眺めるまま、数秒前まではフル稼働させていた脚を止めポツリと独り言ちる。
開幕より三分強、獲得したスコアは俺が六本、カナタが三本。
一応は先輩の意地を示さんと気張ってダブルスコアを付けたが……そもそも四柱の『柱』は、常識的には数分程度でポキポキ連続破壊が叶う代物ではないゆえに。
つまるところ、現時点でカナタは存分に逸般ランナーとしての仕事を敵味方観客の全てに見せつけた訳だ。掴みは上々、どころの話ではないはず。
更には徹底的に鍛え上げたバイタル、メンタル問わずの持久力を以って、この後もご機嫌に暴れ回ってくれるだろうと信頼も置ける。
誠に結構。頼もしい限りだ――――ってな訳でね。
「悪いゴッサン、柄悪いのに速攻で絡まれたからランナー休止するわ」
『…………ま、想定通りだわな――で、問題は?』
「ない」
『言ったな。ピエロになんじゃねえぞ【曲芸師】』
「それ前回も言ってなかった?」
続く返答はなく、頭の奥に伝わってきたのは戦争時限定の《念話》スキルが切られる感覚。随分アッサリしてんじゃねえの、信頼と受け取っておこうかな。
さて、そろそろ構ってあげないと〝槍〟が飛んでくるやも……と、脚を止めた理由――――正しくは、止めさせられた理由に改めて向き直れば、
「……余裕そうな顔しよってからに。前回より生意気に磨きが掛かっとんぞ自分」
「ハハハ。前回同様に相手は選んでおりますゆえ、ご容赦くだされ御先達」
「それが生意気や言うとんねんハゲ」
「いやハゲてねえわ。転身体なんかよっぽど有り余ってるわ虎この野郎」
いまだに頭の片側が重いのに慣れず困ってるっつうの――ま、それはさておき。
お利口に〝網〟を掻い潜って駆けてきた俺とは対照的。目前を塞ぐ全てを粉砕しながら駆けてきたのだろうソイツが佇むのは、噛み砕かれた瓦礫の只中。
縦横無尽なハードル走を楽しんでいたため、まだ自分では試していなかったが成程。壁面とは異なりプレイヤーの手でも破壊可能か……というのも置いといて。
黒金の牙冠を載せたツンツン頭に虎柄のブルゾン、携えるは黒塗りの十文字槍。前回の焼き直しが如く、快走する俺の前へ真っ先に現れたのは……。
「にしても単身爆走してくるとは……そんなに俺が恋しかったのかトラッキー」
「誰がトラッキーやねん――――タイガー☆ラッキーや言うとるやろボケこら」
北陣営序列第七位【大虎】ことトラ吉。
俺こと【曲芸師】が公の初陣にて相対した槍使いであり、囲炉裏なんかと同じく互いに遠慮なく〝戦り合う仲〟となった貴重な野郎友達。
本人曰く『タイガーでスターでラッキーだからメチャクチャ格好いい』らしいアレな名前で油断するべからず、東に勝るとも劣らないゴリッゴリの武闘派強者だ。
「ったく、今回も柱ポンポンぶっ倒しよってからに……――で、なんやねんアレ。自分、遂にアホ極まって分裂まで会得したんか?」
「アホ極まっ…………さて、どうだかな。気になるんなら見に行ってみろよ」
「ッハ、せやな。そしたらサクッと進ませてもらおか」
「…………」
「…………」
カツンと黒槍の石突が迷路の床を叩き、
旋回して空を切る紅槍の鋒が音高く風を鳴らす。
槍に対して槍を喚んだ俺を、射竦めるような鋭い視線が刺し貫く。それはまさしく、言葉なく『舐めとんちゃうやろな』と……あぁ、そりゃもう勿論。
俺の称号は曲芸師。
道具は選ばず、魅せてやるとも。
「かかってこいよ――――剣でも槍でも、いつかの新参者の比じゃねえぞ」
「っ……ッハ、ほんに、お前は――――どうしようもなく煽りよんなァ……‼」
最早それは、互いに薪をくべ合う儀式の如く。
煽り合いの果てに咲くは同種の笑み。ワールドオンエアなど知ったことかとばかり、俺たちはそれぞれ凶悪な戦意を満面に宿して――――
「「――――――くたばれぇあッッッ!!!!!」」
踏み切りは同時。交錯した黒と紅が、此度もまた。
祭りの本格開幕を、盛大な激音と火花を以って高らかに告げた。
なお片方は白髪青眼超絶美少女(ソラさんより1㎝身長低い)




