重なる狼煙
「――――ハル」
「相変わらず仕事が早いこって」
転移の光に誘われ、四ヶ月の時を経て再び舞い降りた神造遊技場。
遠方に見える迷路入口から窺い知れるアレな光景への反応ツッコミ驚きもそこそこに、僅かな準備期間で慌ただしく態勢を整える勇士たちの只中にて。
名を呼ばれて振り返り、目前に迫っていた『巻物』をキャッチ。その奥へ視線をやれば、仕事の成果を放って寄越した【見識者】は見慣れた笑みを湛えていた。
イスティア影の屋台骨が万能完璧爆速仕事人なのは、最早いつものこと。呆れ半分、感心半分で「はいはい流石」と賞賛を贈りつつ、ズシリと重い直径一メートルほどの大きな巻物を開く―――ひら、開く……ひら、このっ…!
「……前もやらなかった? このくだり」
そうは言われても、丸まったポスターを開くように簡単にはいかんのだよと。グダついた俺の脇から手を伸ばしたテトラの助けを素直に借りつつ、改めて展開。
然して、びっしり記された地図をジッと見つめてハイいーち、にーい、さーん。
「オッケー完璧だ」
「正直、いまだに半信半疑だよ」
「相変わらずなのは一体どっちだって話だわな」
明瞭な写真よろしく『迷路』の構造を仮想脳に貼り付け終えると同時、後輩一号の胡散臭げな視線を頂戴しつつ近寄ってきたゴッサンに地図をパス。
でもって、改めて目を向けるのは……。
「ま、ここまではいいとして――――悪いけど、流石にアレは前回の『水』みたいにガン無視するのは無理だぞ。全力疾走なんてした日には一瞬でペシャンコだ」
「だろうな。しかしまあ、行軍速度を縛られるのは相手も同じだろうよ」
金属質の光沢を放つ黒鉄の網。迷路エリア全体がアレに埋め尽くされているのかどうかは実際に突入してみなければ不明だが、どちらにせよ厄介……というか、ランナーにとって極めて面倒な環境であることに変わりはない。
ってか、もし仮に迷路全域があんな感じだとすると、ランナーとか関係なく全プレイヤーにとって非常に鬱陶しいものであると言えるか。
まず、視線が十分に通らない。敵の視認は当然ながら遅れるだろうし、遠距離型の魔法士目線では魔法を遮る障害物だらけで堪ったものじゃないはず。
多くの近接職にとっても、やり辛いフィールドに見える。
なんせ上だけじゃなく最下にもキッチリ配置されてるため、単純に相当なデコボコ地形だ。ただ地上を移動するだけでも無駄な労力が掛かるだろう。
もちろん、馬鹿速度の敏捷特化が真直ぐ走ろうとすれば瞬く間にクシャっといくのは必定。戦闘行動にしても、高低差が乱立する足場と障害物多数の併せ技で軽率に混沌めいた戦場が形成される未来が透けて見えるというか……。
まあ、あれだな。つまるところ――――
「ぶっちゃけ、問題ねえんだろ? 【曲芸師】よ」
「あぁ、問題ねえとも【総大将】殿」
ゴッサンの言った通り、全速を咎められるのは敵方も同じ。ならば結局お互いの速度が等しく落ちるだけで、身軽な方が先手を取れるのは変わらない。
むしろ、足場が沢山あるフィールドは得意な方ってかホームグラウンドレベルだ。こちとら自前で大量に足場を用意して、跳ね回ったりもしてたんでね。
と、それに加えて。
「――――追い風だぞカナタ。お誂え向きと言っていいんじゃないか?」
「っ……頑張ります!」
地続きで、立体的な足場が無数に並ぶフィールド。まさしく、出来過ぎなほどに、カナタの【遥遠へ至る弌矢】と噛み合いまくった望外の環境だ。
こちらに関しては思った以上に面白いことになるかもしれない。基本は別行動になる予定なので、後のアーカイブ鑑賞を楽しみにしておくとしよう。
――――さて、といったところで。
「ハル、お前さんにゃ今更あーだこーだ細々指示を出したりしねえ。好きに動け」
「了解。信頼に応えられるよう善処する」
「よし。カナタ、事前に言った通りだ。指示への応答は迷わず迅速にな。ちっとばかりミスっても気にすんなよ? いくらでもフォローの手は惜しまねえからよ」
「はいっ」
「最悪、そこの先輩が二人分でも三人分でも十人分でも働いてくれるだろうしな」
「はいっ!」
「いや、えぇ……まあ、別に最初からそのつもりだけども」
視界端に表示されていたカウントダウンが百秒を切り、開戦の時が迫り来る。いつの間にやら各部隊も準備万端、寄せられる視線の数も比例して数多。
懐かしい緊張感――――しかし、今や誰も彼もほとんどのプレイヤーは顔を合わせたことのある戦友だ。過去、勝手に感じていたアウェイ感は毛ほどもない。
カナタは……やはりというか、わりかし平気そうなので心配いらないだろう。多少の緊張は避けられないだろうが、始まってしまえば祭りの熱に呑まれるだけ。
別に二、三度くらいはミスって死んでも構うまい。むしろ『このレベルが死に戻りしてくんのかよ』と存分に敵さんへ絶望を叩き付けてやればいい。
だから、なにより重要なのは……少々、しつこいようだけど。
「――――おっしゃ、楽しんでこうぜ‼」
隣の後輩へ向けたものだったが、思いの外に大きくなってしまった声に応える言葉は三百弱。号令の役目を取るなとばかり肩を竦めるゴッサンに誤魔化しの苦笑いを向けつつも、後輩を伴い前へと進み出た。
カウントダウンが残り十秒を切り、黒岩の迷路エリアにて無数の光柱が立ち上がる。その数は十、二十――――締めて二十四。
四柱戦争の大得点源となる『柱』の本数は、各陣営から参加している序列持ちの数に比例する。我らがイスティアからの参加者は【剣聖】と【銀幕】を除いた八名のため、つまり相手の〝強駒〟は十六名。
全く、賑やかな祭りになりそうじゃねえの。
「カナタ、よく聞け――――右、左、右、右、左、右、左、左、右、左、右だ」
「へっ……?」
「目測が間違ってなければ、そこに一番近い一本目が在る。全速で倒しに行け」
「なんっ、右、ひだ……――ちょ、ちょっと待ってくださいね……!?」
「あぁ、いや。よく聞けとか適当に言ったわ、別に暗記はしなくていい」
こういう時のために備えはしてある。インベントリから紙と羽ペンを取り出し、慌てふためく後輩へ苦笑と共に『1,3,4,6,9,11』と記したメモを渡した。
「一回目の分かれ道から順に、その数字の時に右折したまえ」
「っ……――わ、わかりましたっ!」
結構。然らば、既に道は開かれているゆえ――――
「激励の言葉は、流石にもう腹一杯だよな?」
「はいっ!」
最後に一度だけ視線を交わせば、それが互いの空砲代わり。
「上等……そしたら後は――――全力で、ついて来いよ後輩ッ‼」
「――――気合だけでも、遅れず行きますッ‼」
足並みなんて揃えない。
見せるは背中で十二分。
グッと疾走の構えを取った後輩の隣から一歩踏み出せば、迷路の入口は目前に。
拝領してから五ヶ月弱。今では自分でも気に入っている〝名〟を以って、意地悪な舞台を用意した世界の意思に快笑を叩き付けてくれようではないか。
俺の称号は【曲芸師】――――ちょっとばかし道が入り組んでいる程度で、この脚を止められると思うてかってなぁッ‼
◇◆◇◆◇
「またあのお兄お姉さんは、きっっっもちわるい挙動でヌルっと入ってったねぇ」
「どうせ思考加速も切ってない素でしょアレ。先輩のアレはもうバグだよバグ」
「相変わらず、よく見えない」
今回は己が身一つで宙を翔け、瞬時に迷路へ姿を消した後輩の姿を見送って。
過去の一幕とは比較にならない速度、身のこなしを評する小さい者たちの声音は、しかし過去と同じく感嘆と表裏一体の呆れ一色であった。
アレで全速ではないのは知っている。けれども、高機動戦士のトップ勢を容易く上回る速度域に両脚突っ込んでいるのは間違いない……だというのに、
大してブレーキも掛けないまま障害物だらけの迷路へ突入していったオバケに対して、呆れかえる以外のどんな反応をすればいいのかといったところだ。
「……馬鹿本人はともかく、後輩の方は上手く仕上げたみたいだな」
四ヶ月前とは異なり、すでに広く知られた異常。
驚愕や困惑を上回る興奮の歓声に見送られた『後輩』は、ひとまず置いておき……『後輩の後輩』に目を向けていた囲炉裏が、ポツリと独り言を零す。
――――と、独り言のはずだったのだが。
「本気で真面目に取り組んだら、意外と後進育成の手腕は悪くなかったみたいだぜ? ま、誰かさんらのスパルタ癖が移っちまったみたいだけどな」
「…………そうらしいね」
耳聡く呟きを拾った、大将のアレコレ含みのありそうな表情には半眼を返しつつ。下手につつけば藪蛇とばかり、余計な言葉は呑み込んだ。
瞬きの間に姿を消した【曲芸師】に、半秒遅れて姿を消した期待の新顔。二号と呼ぶには早過ぎるが、光るところは確かに磨かれている――――
「置いてかれんなよ、いろんな意味でな」
「まず、一度でも追い抜かれたと思ってない。……けど、まあ」
そして速度は違えども、二人が同時に一歩を踏み出した数十秒後のこと。
「見習う部分があることは認めてるよ――――こういうところとかは、な」
ほぼ同時に立ち昇った二本の光。紛れもない『柱』倒壊の狼煙を見上げた侍の顔に浮かぶのは、呆れを通り越した感心の笑みが一つ。
「……それじゃ精々、俺たちも生意気な後輩に倣って〝楽しむ〟としようか」
「おうとも。……とはいえ、オッサンは慣れない頭脳労働なんだけどよ」
「よく言う。後輩の後輩だけじゃなく、こっちのサポートも頼むぞ【総大将】」
拳を打ち付け合い、ゴルドウは後ろへ、囲炉裏は前へ。立場も役割も向かう先も違えど、年下の盛り上げ役に煽られた男たちの心は一様に――――
「さあ、なにをぼさっとしてる諸君。後輩たちに手柄を全部持っていかれるぞ」
「オラ気合入れて動け野郎ども‼ 出陣の時間だぞァッ!!!」
等しく、大火の如き熱を以って、戦場へと雪崩れ込む。
テンション爆高な馬鹿は放っとくとして。
選抜戦にて本気で戦り合って勝利を収めて以降、無意識の内に気を遣ってというかどういう顔をすればいいか分からず地味に主人公へ話しかける頻度が減っていると思しき囲炉裏君かわいいですね。あれからここまで会話ゼロの可能性まである。




