再び戦場へ
―――東陣営戦時拠点【異層の地底城-ルヴァレスト-】―――
「斥候各位さっさと集まれっつの! ご自慢のAGIは飾りか貴様らァッ‼」
「よしよし、そしたら防衛班は各自待機だ! ミカ君は端から最終確認の点呼!」
「あい了解っす!――――聞いたかオラ整列しろ馬鹿どもッ‼」
「「「ゲンコツさんいなくね!!?」」」
「今回は大丈夫だ二階で瞑想してる!!!」
「瞑想してんなら問題ねぇな!!!」
「それ本当に瞑想!? 寝てるんじゃなくて!?」
「もうほんと東はさぁ……!!! 毎回さぁ……ッ!!!!!」
「………………」
「とまあ、こんな感じだ。俺らも見習って賑やかにいこう」
まさしく阿鼻叫喚といった様子で、エントランス内を跳び回る無数のプレイヤー達。総勢三百名に上る陣営最精鋭集団のお祭り騒ぎを無言で眺める少年は、気楽を装う俺の言葉に苦笑いを浮かべて頬を引き攣らせた。
「は、はは……話には聞いてましたけど、イスティアって感じですね」
「まあ、うん、あれだ。開戦前からコレなのは確かにウチ特有らしいけど、いざ祭りが始まったら意外と南北も似たようなもんよ」
つまり、どいつもこいつも楽しいこと好きなお祭り野郎――――誠に結構だ。観客だけではなく、俺らも存分に楽しんでこうぜ。
……なんて、四ヶ月前の俺は口が裂けても言えなかっただろうが。
「カナタは……ゆうて、あんま緊張してなさそうだな」
「そ、そんなことありませんよ」
「ほんとかぁ?」
混沌とした大騒ぎの様相に引いてはいるものの。大舞台を前にした少年は、過去の新参者と比べれば幾分も落ち着いた顔色をしていらっしゃる。
思い返せば選抜戦でも数多のギャラリーにビビってる様子は見られなかったし、人前に極めて強い性質……あるいは、なにがしかの事情で慣れているのやも。
――――ま、いいことではある。その度胸を以って半月の特訓で培った実力を発揮できれば、世間に期待の新星を知らしめることは容易いだろう。
「っし。んじゃ最後に気合入れがてら、簡単におさらいといこうか」
「っ、はい! よろしくお願いします!」
エントランスホールの二階部分。以前と同じように騒がしい階下を吹き抜けから眺めつつ、新参者から先達……ではないが、呼称上は先輩にクラスチェンジしてしまった者として責任を果たすべく可愛い後輩に向き直る。
「今回のランナーは二枚、俺とカナタ。ただし、役割名称は同じでも立ち回りは変えていく。そもそも俺はランナー役に集中とか絶ッッッッッ対させてもらえないだろうから、メインってか真っ当な走者はカナタに任せる。頼んだぞ」
「頑張りますっ……!」
「気楽に……は違うけど、リラックスして、冷静に――――」
「考えることを止めないように、ですね……!」
「はい百点満点。あとは試合後に百二十点だったって言えるよう、気張ってけば完璧だ。ゴッサンも周りも必ずフォローはしてくれるからガンガン頼ってけ」
「はいっ!」
「よし……――――ところで、カナタ君」
元気で真面目で健気な返事や反応は、実に頼もしくて結構なのだが……問題ないし違和感が一つ。先程からというか、合流してからというもの――――
「一度も目が合ってないように思えるのは、気のせいか?」
「………………」
ハハハ、目を逸らしたなコイツめ。どうやら気のせいではないらしい。
いやまあ、一応は思い当たる節がない訳ではなく……。
「転身体で会うの初めてだっけ?」
「そ、う、ですね…………ご、ごめんなさい、慣れなくて……」
真っ白な長いサイドテールを摘まみ振りながら問えば、ぎこちなく頷いた少年からチラチラチラリと遠慮がちな視線が連打される。
なんも気にしていなかったので言われてみればってな具合だが、確かに特訓時には毎回のこと〝表〟で顔を合わせていた。ので、裏は慣れていないのだろう。
「ま、顔は変わっても中身は俺だ。迅速に慣れてくれ」
「中身が先輩だから余計にと言いますか……」
「うん?」
「なんでもないですっ……!」
アレなことを口走ったのはハッキリ聞こえているが、それでも聞こえぬフリをしてやるのが情けであり俺の精神にも優しい択。なお比率は後者が八割強。
とはいえ、言葉通り本当に「慣れていない」というだけなのだろう。ノリ重点な男連中のような生暖かい視線を向けてくるでもなし、ヨシとしておく――
「……その、転身体で行くんですね?」
「最初はな。あれだ、こういう機会くらいファンサービスってことで」
というのは三割本気、七割冗談。四柱の盛り上げに一役買うのは吝かでなしというのも勿論あるが、本命は遠距離手段をメインに立ち回りたいから。
期待されているのは重々承知だが、星魔法も桜剣も今回の四柱で使う気はない。
その代わり、水魔法と〝銃〟を主とした新スタイル……と言えるほど真新しいものではないが、称号に相応しいご機嫌なアクションを披露していく所存だ。
転身体の暴力的な顔面偏差値も相まって、誰にも文句を言わせない自信はある。心身を賭して舞台を盛り上げて見せようぞ――――
◇間もなく【四柱戦争】開始時刻です◇
◇参加プレイヤーは、各陣営の戦時拠点内で待機してください◇
「っ……」
「お、時間か」
耳にするのは、これで二度目。かつては多大な緊張の中で胃を痛めながら聞いたアナウンスが響き渡り、隣でカナタが息を詰めた。
あまり緊張していない……つまり、多少は緊張しているということ。そりゃそうというか、なにもおかしなことなんてなく当然と言えよう。
重ねて、過去の俺と比べれば随分とマシ。適度な緊張がカナタにとっていい方向へ作用してくれることを祈りつつ、
「カナタ」
「……、はい」
軽く握った片手を振って、
「不安はゼロだし、心配もしてない――――誰かさん憧れの【曲芸師】が太鼓判を押してやろう。お前は超強いから大丈夫だってな」
二ッと笑みを浮かべ、拳を差し出した。
「存分に、盛大に、暴れてやろうぜ」
「……――――はいっ!」
吹き抜けの階下、あの日の如く総大将による開戦前の鼓舞を聞きながら。立場も実力も意識も、なにもかもが変わった身で、後輩と拳を交わした数秒後。
◇戦時フィールドへの転移を実行◇
◇これより、【四柱戦争】を開始します◇
眩い転移の青光が、迸った。
地獄に一名ご案内。




