Re:喚び出し
「――――お?」
いろいろな意味で阿鼻叫喚となったホラーを封印し、口直しとばかり爽快ド派手なヒーローアクション映画の上映に移った後しばらくのこと。
かつては超人たちの活躍ワンシーンごとに胸を躍らせたもの……なのだが、
今や仮想世界で自分も似たようなことしてんだよなと感慨深いやらなにやら不思議な気持ちで眺めていたところ、不意に鳴ったチャイムの音が俺を呼んだ。
そろそろ勘弁してくれと包囲は脱してソファの背後に陣取っていたため、お嬢様三人の視線をチラチラと頂戴しつつサラッとホームシアターを離脱。
アポがない以上は訪問者も二択に限られているため、ドアホンも確認せずに向かった玄関の扉を開ければ……――――
「やぁ、こんにちは」
「はいどうも。こんにちは」
廊下に立っていたのは、我らが宿舎の専属シェフにして管理人の片割れこと四谷代表補佐様。はて、ビシッと決まったスーツ姿を見るに……。
「お出掛けで?」
「少しね。ということで、すまないけど今夜はレストランを休業させてもらうよ」
「了解っす。……と、それだけならメッセで済ますよね?」
こうしてわざわざ部屋を訪ねて来たということは、それ以外にも用事があるのでは――そう言外に問えば、和さんは「よくお分かりで」と微笑むと、
「君に喚び出しが掛かってる。一度どこかで時間を取ってもらえるかな――――あぁ、急ぎじゃないから。もちろん君の都合が付く時でいい」
……とまあ、そういうことで。
既視感があるというか、以前にも聞いた切り出し文句。事情を知らなければなんのこっちゃといった感じだが、俺にはそれで十分に伝わった。
「結局二ヶ月ずっと飛び回ってたんか……マジで尋常じゃなく多忙なんすね」
「それはもう、国内にいる方が珍しい人だからね」
俺を呼んでいるという相手は、他でもない四谷代表こと四谷徹吾氏。
ソラさんこと四谷そらの父親であり、現在において【剣ノ女王】に負けず劣らずの知名度を誇る世界的な著名人。VR技術の親として認識されている御方。
で、その徹吾氏と俺は二ヶ月前……正確には七月の頭に顔を合わせる予定を入れていたのだが、当日急用につき徹吾氏が四谷本社に来られなくなってしまった。
来られないどころか今すぐにでも日本を発つという彼から直々の電話を貰い、本社待合室にて待機していた俺も「まあ仕方ない」と納得してまた後日の運びになった――――つまりは、今回ようやく改めての機会という訳だ。
「そういうことなら、俺はいつでも……あ、また半月後から先とかで設定したほうがいいです? 来月末とか?」
俺も俺で人並み以上に多忙な身にはなってしまったが、それでも彼と比べればまだまだ天と地だろう。大切な相棒のお父様というのを差し引いても思いやる理由には事欠かないため、こっちが合わせるのに一切の文句はない。
むしろ、空いた時間に一声かけてくれたら二つ返事で疾く馳せ参じようぞ。
「あぁ、いや、今回は本当にいつでも大丈夫だよ。『四柱戦争』の前後一週間は毎回こっちに留まっているし、暫くは外からの予定も入れないはずだから」
「あ、そうなの。んじゃまあ、四柱の次…………の日は俺が死んでる可能性が高いから、翌々日とか? 時間はこっちが合わせるということで」
「うん、問題ないと思う。俺の方から代表に伝えておくよ」
「オッケー、よろしくお願いします」
了を交わし合い、九月頭のスケジュールに予定が一つ刻まれる。『四谷本社再出頭』と、世間一般の基準で言えばやべぇスケールの七文字だ。
はてさて改めてだが、結局は如何様な御用事であらせられるのか――――
と、話がまとまったタイミング。部屋の前を後にしようと挨拶を口に……しかけた和さんの目がついっと俺の背後へ向かったかと思えば、ニヤリと笑み一つ。
「おや。これはこれは、お邪魔したかな?」
「……ソラが来てるってことは、アンタ最初っから知ってるだろうに」
見なくてもわかるが肩越しに振り返ると、リビングから顔を覗かせている可愛いお顔がワン・ツー・スリー。なにしてんのキミたち。
「やあ、久しぶり。元気そうだね」
「っ……ご、ご無沙汰してます」
手を振った和さんに、たどたどしい反応を返すのは最年少のお嬢様。
……千歳和晴は四谷開発に名を連ねるという意味では『身内』だが、家族としての四谷家と深く関わっている訳ではないらしい。
ソラとの関係性は、あくまで『顔見知り』程度とのこと。
――――なお大体は過保護なメイドの思し召しであるという事実を俺は知っている。とはいえ、二重の意味で『四谷』はまだまだ謎だらけだ。
この人も、なぜ元料理人が四谷代表補佐なんて大役を務めているんだか。
「さて、お邪魔しました。またね」
「あいよ、邪魔じゃないけども。用事があるんじゃなければホームシアターに招待してたところだぞ、メイドお手製アフタヌーンティーセットも山程あるしな」
「とても魅力的なお誘いだけど、またの機会にしておくよ」
そう言いつつヒラヒラと手を振りながら楽しげな笑みを残し、代表補佐は跡を濁さずサッパリと去っていった。
ま、お仕事なら仕方ない。変わらず男一人孤軍奮闘に励むとしよう――――といったところで、さて。クイクイと袖を引くのはどちら様かな?
「どした?」
振り返れば、壁から美少女団子三兄弟は解散済み。
おそらく空気を読んだアーシェがニアを連行してソファに戻ったのだろう、傍に寄って来ていたのはソラさん一人だけだった。
「ごめんなさい、少し聞こえて……あの、聞いてしまって」
「聞き耳を立てたの認められて偉い」
適当な揶揄い文句に、抗議か恥じらいかペシっと一発。
「ちょっとな、お父様から喚び出しだ。四柱が終わったら行ってくるよ」
「……、はい」
表情からは、特段なにがしかの思惑は読み取れない。家族への愛情はともかく、仮想世界を運営する『四谷開発』へ彼女が向けている感情は謎のまま。
それはいい。ソラが話したいと思う日が来れば、聞けばいいだけの話だ。
だからまあ、俺はただ――――
「……なにか無茶なことを言われたりしたら、教えてくださいね」
「勿論だとも。頼りにしてるぜ相棒」
信じて、安心して、向き合っていればそれでいい。お互いの手を放さなければ、なにがあろうと怖いものナシなのだから。
それに、ついでと言っては余りあるが……。
『じーっ』
「交ざって、いいかしら?」
再び顔を覗かせて、距離の近い俺たちへジト目を向ける二人を筆頭に。
頼れる仲間には、恵まれ過ぎなほど恵まれているゆえ。
忘れてると思うてか。
忘れててもいいんだよ。
なにを言っているのか、わからなくてもいいんだよ。




