女子会
翌日――――ってか、引き続き今日。
結局あれから上手く寝付けないまま早朝五時頃に気絶した俺は、午前をぶち抜いて午後の頭に目を覚ますことと相成った。
大学は夏季休暇中、加えて夜にはカナタの特訓があるしで一時的かつ必要なリズム崩しと考えれば別にいいのだが……今日に限っては、間が悪かったと言えよう。
どうせ朝から起きていたところで〝今〟に変わりはなかっただろうが、少なくとも心の準備は幾分マシに積んでおけただろうから。
さあ、といったところで午後三時現在……――――四谷宿舎の一室こと我が居城に展開されている、ある種ファンタジーな光景を紹介しよう。
メインステージは大きなテーブルとソファが併設されているリビング。
所狭し……という程ではないが、卓上に広がっているのは高級そうな店売り品や、高級そうな店売り品に見紛うようなクオリティを誇る手作りお菓子の数々。
そして、仲良くソファに並ぶは白と黒とブロンドの髪。
いや、あの、確かに近々やる的なことは聞いてたけどさぁ……?
当日に、突如として、押し掛けられる身にもなってはくれまいか。チャイムが鳴って扉を開けたら四谷ご令嬢ご登場とか、控えめに言って仰天したっての。
それから、なにより、
「男の部屋で開催される女子会は、果たして女子会と言えるのか……?」
「あなたは別枠だから」
「いろんな意味で、ハルは居てくれないと困るんです」
『ハルちゃん換算すれば全員女子だし』
「おうコラ最後の奴。激苦エスプレッソをご所望か?」
一堂に会したお嬢様方の後方。ソファの背を挟んでキッチンエリアでお飲み物の支度に励みつつ、ぼやくように零せば三人ともバッチリ聞き取ったようで。
どうでもいいんだけど、最近リアルの視力が謎に向上している気がする。
そう大した距離じゃないとはいえ、離れた位置からニアの小さな『言葉』がバッチリ明瞭に読み取れるのは我ながらそこそこ凄いのでは?
例の贈り物、変装効果以外に謎の魔法が掛かっているんじゃあるまいな――
と、現実逃避めいて絶好調な目を窓に向けるも、セキュリティ的な観点からか高めの位置にある細窓から見える景色は変わり映えのしないお空のみだ。
基本ブラインドを開け放っているため日光の取入れは良好だが、和さん曰く誰がどう足掻いても外からの視線は通らないようになっているらしい。
なにがどうなってとか、あまり深くは考えないようにしている。多分あれだろ、マジックミラー的な。きっとそうに違いない。
どうせ四谷開発だ。
「……っし――――はい珈琲、ブラックで」
「ありがとう」
「ソラさんはカフェオレ砂糖なし」
「ありがとうございます」
「お調子者はエスプレッソ」
『はいはい。お砂糖二つにミルクたっぷりのエスプレッソありがとー』
でもって、俺は砂糖二つのカフェオレ。てな訳で、
「それでは、お嬢様方に置かれましては何卒ごゆっくり……」
そそくさと寝室に退散しようとした俺を、ソファからニュッと伸びた二人分の腕が捕まえた。いつの間にか正面に瞬間移動したアーシェが、零さないよう俺の手からカップを強奪している所まで含めて抜群の連携である。
「なんでなの???」
「むしろ、どうしてこの状況で逃げ果せると思うの」
「居てくれないと困るって、言ってるじゃないですかっ」
『往生際が悪いぞーっと』
とまあ、そんな具合に午後三時のおやつ時。
爆睡している間に進行していた女子会包囲網は万全の布陣。そうでなくとも意図的に情報伝達を断たれていたのだろう俺に、避難経路など残されていなかった。
◇◆◇◆◇
女性陣に囲まれ男一人。とはいえ、流石に各々の目がある場ではソラさんもニアもアーシェも堂々と引っ付いてきたりはしない。
むしろ俺を放って基本三人でイチャつき出すのが常なので、油断すると即座に雰囲気がおかしくなる一対一より平和まである――が、俺の内心に平穏は皆無。
マジで迂闊に喋れねえし動けねえんだよ、どうしろってんだ。
プラスもう一人でもいれば話は別なのだが、きっかり四人だと流石に居た堪れないというか状況の難易度が高過ぎる。
幸い、三人の仲は互いの関係が嘘のように極めて良好なのだが――
「ほんとに、どうかと思うよこういうの……」
「「「………………」」」
だからこそというか、なんというか。
一人ひとりで引っ付いて来ることはないものの、三人がかりで引っ付いてくるという状況が発生することがあり……そうなるともう詰みである。
昼間など知らんとばかり日差しの一切を遮光性抜群のブラインドにシャットアウトされ、更に照明も落としたことで暗くなった室内。
普段は使うことが稀な壁掛け型の大きなモニターを前に、四人ピタリと団子状態――――これ企画したの誰だよ、的確に俺を殺しに来てないか?
そんでもって両脇を固めるニアとアーシェも、じゃんけん一発勝負を経てクッションを嚙ませた俺の膝上に乗っかっているソラさんも何故か無言。
一様に謎の緊張感をもってジッと見守るは、なんとも言えない不気味な導入が淡々と映し出されているホームシアタースクリーン。
彼女らの『女子会』は、既に何度か開催されている。
で、その都度ノリや気分でレクリエーション内容が変わるというのはそれぞれから聞いていた。単にお喋りしたり、アナログゲームに興じたりと、もう本当「ありがたいけどキミたちそれでいいのか」と心配になるレベルで和気藹々らしい。
らしいのだが、本日の企画は『映画鑑賞』――――いや、うん、成程だよね。
確かに夏真っ盛りだし、ソラが「居てくれないと困る」的な発言をしていたのも、彼女らが唐突に俺の居城を会場に選んだ理由も何となく察したよ。
「全員苦手なくせに、何故ホラーを選んだ???」
「「「………………」」」
なんか喋れや。まだなにも起きていないオープニングに呑まれてんじゃねえ。
てか、ソラ(刺激の強い創作物全般に耐性ナシ)とニア(過去に全力でオバケ屋敷を拒否った例アリ)は知ってたがアーシェもダメなのかよと。
お姫様と妖精様に両腕を確保され、相棒様が羽のように軽い重石になっている俺は真実身動きが取れず。各々わかりやすく警戒と緊張に固まっているお嬢様方は、居た堪れずツッコミを入れども一切の反応なし。
右のニアちゃんは一体なんに対して怯えて震えてんの? 今この瞬間に画面へ映し出されてんの、平和な日常を印象付ける綺麗な青空なんだけど。
左のアーシェはアーシェで、無表情のまま俺の腕を締め上げるの勘弁していただけませんかね? 今からそんな調子で、クライマックスには俺の哀れな左腕を一体どうするつもりなのかと問い詰めたい。
そしてソラさん、怖がるのか照れるのかどっちかにしたまえ。
ニア提案のおふざけに付き合って見事勝利してしまったのは仕方ないとして、二重の要因でカチコチになっている少女は身体に力が入りまくりで先程から微動だにしていない。もはや体調が心配である。
なんだこれ。
話し相手もいないことだし、今度は口に出し独り言にてもう一度。
「なんだこれ」
「「「………………」」」
俺の戦いは、まだ始まったばかりだ。
そろそろ騒がしくなりそうなので、束の間の夏休み会を差し込んでいく。




