夜下の静に並ぶ白銀
クランホームから【セーフエリア】街区、そこから更に通行証たる『序列持ちの鍵』を用いて転移門を乗り継ぎ足を運んだのは【フロンティア】街区(仮)。
四柱後の一般公開を予定しているため相変わらずの人気のなさだが、建築関係の職人プレイヤー諸兄が常駐して日々頑張ってくれているため全くの無人ではない。
更に万一の備えかつ職務として、主に南陣営からレイド規模の人員も入れ替わり式に配備されている――が、流石にド深夜ということで見かける姿は極僅かだ。
何度も足を運ぶ内に顔見知りになった彼らと、遠目にささやかな挨拶を交わしつつヒョイと踏み切って屋根の上へ。
開拓拠点候補地として見定めた当初は荒れ放題の台地だったが、今や【セーフエリア】に負けず劣らず……には未だ程遠いものの、控えめにも『街』と称して不足ない程度の規模には仕上がっている。
ゆえに、建物には事欠かない。
「………………っは、感慨深けぇ」
長い白髪を棚引かせながら駆けるまま、見下ろす光景に思わず独り言を零す。たった数ヶ月で街一つが建ち上がるファンタジーに立ち会う機会なんて、どう足掻いても現実では有り得ないのだから仕方ない。
ましてや、自分がその立役者なんてな。
かの『白座』討滅により解放された『無制限距離転移門』は、その名の通り設置可能距離に関しての制限が存在しない完全版転移門。
従来の『大鐘楼から百キロ圏内』という制限を突破した長距離瞬間移動手段を手にしたことで、プレイヤーの行動範囲は爆発的に広がる……はずだった。
一つ設置する毎に、四ヶ月程度のクールタイムを要するという制限がなければ。
正しくは、どういう関連性なのやら『四柱戦争』を経る度に設置可能ストックが増えていく仕様らしい。女神様とやらを楽しませることで、恩寵をいただく的な? 知る由もないが、そういうことなら仕方がない。
零と一では雲泥の差。年三度だけとて拡張の機会を得られただけでも御の字だろう――ってな訳で、貴重な最初の一つを何処に置くかが重要となった。
近過ぎても新たな旨味は少ない。かといって、遠ざかるほどフィールドの危険度が跳ね上がり拠点設置の難度もまた比例する。
そこで選ばれたのが安地と死地が乱立する混沌地帯こと『アウトサイド』。活動範囲を大きく拡張するという意味では申し分なく、最適な場所を選べば安全確保も不可能ではない……はず、ということで。
どこぞの【旅人】を筆頭とした魔境の地に入り浸っている連中から情報を募り、俺が存分に脚を使い入念な実地調査をした上で見つけたのが此処。
大鐘楼からおおよそ一万キロ地点、周囲をグルリと比較的安全な難易度のフィールドに囲まれた巨大円形台地。先住者のいない、殺風景な自然の隙間。
広大な森に囲まれた【セーフエリア】に対して、ざっと調査しただけでも鉱物資源が豊富だった此方は物資補給バランスの改善的な意味でも都合ヨシ。他にも欲していた諸々の要素を満たしていたため、第一候補地は即日に決まった。
そこから四陣営代表の名を連ねて一般プレイヤーたちに御触れを出したり、実際にポータルを開通、建築班や護衛班を募り開発計画をスタートさせて……と。
まあ、なんやかんやの苦労があって漕ぎ着けた今。
ここから【フロンティア】がどう発展していくのか、未来が実に楽しみだ。
◇◆◇◆◇
斯くして、我が子の如くとまではいかないが思い入れのある街並みの端。目印に指定された作りかけの建物の近くに降り立てば、目立つ銀色はすぐに見つかった。
「――――待った?」
「待ってねぇ。弄りのつもりかテメェ」
顔を合わせるのは僅か三度目。なれども既に見慣れた気さえする仏頂面。
とはいえ、もうこれがデフォルトということで気にするつもりも怯むつもりもない。【銀幕】の麗人は今宵もご機嫌麗しいようでなによりだ。
「…………いや、呼び出しといて今のはねぇな。悪い」
「いいってことよ。そんなん気にしないから」
でもって、変なところで素直で律儀なツンデレゆらゆら属性も健在である。
ソラに会わせてみたいんだよな、この人……なんかこう、不良が容易く光堕ちする光景が目に浮かぶというかなんというか――――
「……悪かったが、その腹立つ顔を引っ込めないと謝罪は撤回するぞコラ」
「撤回していいぞ。お互いラフに行こうぜ――今もしかして舌打ちしました?」
「ほんとなんなんだコイツ、やりづれぇ……」
相変わらずの目隠れヘアーを雑に搔きながら、頂戴するのは胡散臭げな視線。そんな顔しても、戸惑ってるだけで別に嫌がっていないってのはバレてんだぞ。
そして反応から嫌がっていない確信を得られたのであれば、こういうタイプ相手に遠慮は回り道。仲良しを目指すのなら、愚直に距離を詰めるのみだ。
もし本気で怒らせてしまったら、そんときゃ素直に本気で謝ればいい。別におふざけじゃないと伝われば、ゆらゆら氏は許してくれる人だろう。
「んで、用事ってな話だけど。俺に何か?」
ついでに、長々とした無駄な雑談は普通に嫌う人であると思われる。ので、出会いのジャブを楽しんだ後にはさっさと本題を切り出すのが吉である。
「…………」
「やめてジッと見ないで。恥ずかしい」
「ほんとお前やりづれぇ。このピエロ野郎」
「お互い様だろ銀幕のスター」
然して、彼あるいは彼女は大きく溜息を一つ吐き出しつつ、
「……――――ルーから聞いた。お前ら〝竜〟に会ったって?」
紡がれた問いは、そろそろ二週間前となる冒険に関するものだった。
「んん…………会った、というか、なんというか」
「表現なんざなんでもいい。会った、見た、その場に行ったんだろ」
「それはまあ、そうだな。見たよ」
そう答え頷けば、ゆらゆら氏は暫し俺の目を真っ直ぐに見据えた後。
「名前は?」
「ノウェム」
「…………」
記憶に在る〝竜〟の名を紡げば……黙ったように見えて、微かに動いた口が声なく「当たりか」と呟いたように思えたのは気のせいか。
…………ふむ。ふむ?
「なにか知ってるので?」
「……知ってると言えば知ってる。何も知らないと言えば、本当に何も知らない」
と、おそらくは「教えるつもりもない」という意も籠もっているのではなかろうか。意味深な返しをされてしまったが……まあ、これはあれだな。
深くツッコむのは、もうちょい仲良くなってからが堅実か。
「ってか、名前くらいルクスから聞いてるのでは?」
「あぁ、だからただの確認だ。……アイツの口は嘘を言わねえけど、完璧に信用できるかってなると話は別だろ。今回だって十日以上も経ってから思い出したようにメッセ送って来やがった上に、その後は音信不通ときた」
「あー……」
基本的にノリが適当極まる気分屋の自由人だからなぁ……ってか、なんだ。ゆらゆら氏とルクスは何かしらの縁で繋がってんのか。
ひとり旅仲間的な?
「まあ、お前も別に信用できるアレじゃないが」
「なんだとぅ?」
「顧みやがれ。初対面から馴れ馴れしくしやがって」
はは、悪いけど言わせてもらう。今この瞬間に俺が本気で傷付いたフリして落ち込んで見せれば、目の前の麗人が秒で狼狽え始める確信があると。
「とにかく〝竜〟の話だ。お前、映像記録とか残してないか?」
「ん、一応ありますが」
「公開の予定は?」
「未定」
既にゴッサンとアーシェには例の洞窟に関する報告を伝えてある。
そこには当然【地司之竜 ノウェム】の件も含んでおり、情報のデカさがデカさなだけに動画含めて一般への情報共有は保留中なのだが……。
「公開すると、なんかマズかったり?」
「そういうのはねえ。ただ、良ければ録画データを貰えるか」
「んん……?」
「変な風には使わねえよ、私が個人的に見るだけだ。約束する」
なんのこっちゃわからないが、声も視線も割かし真剣。事情は不明なれど、ゆらゆら氏にとって〝竜〟が何かしらの意味合いを持っているのは明白だろう。
なれば、
「――――ほい。どうぞ」
展開したシステムウィンドウをタッタカ叩き、アバターと紐付けされた録画データのコピーをオブジェクト化して摘まみ差し出す。
極彩色の渦を内包したビー玉のようなソレを見て、なぜだか要求した本人が驚いたように、思わずといった具合に目を瞠った。
「……お前、アッサリ出し過ぎだろ」
「誰にでもじゃないぞ」
コワレモノという訳でもない。ひょいと放れば、しかと受け取ったゆらゆら氏は手の中の球体を数秒ほど眺めて――――
「礼をやる」
自らのシステムウィンドウにソレを取り込んだ後、別の物……見覚えのある大きなスクロールをインベントリから取り出すと、お返しとばかり俺に放った。
これは知ってるぞ、マップデータだ。
「お前、適性は〝水〟だったな」
「左様でございます」
「なら役に立つだろ。【水俄の大精霊 ラファン】全個体の位置を記してある」
「………………へ?」
言われた意味が一瞬わからず、間抜けな声を返せば【銀幕】殿はしたり顔。
ようやくペースを崩し返せたとでも言うように機嫌良さげな笑みを浮かべれば、ただでさえ空恐ろしい美貌が強調されて余計に性別が謎になった。
と、それどころではなく。
「居場所が割れてる〝水〟って、二体だけじゃなかった?」
過去に俺が戦り合った【氷守の大精霊 エペル】の御同類。
アルカディアに存在する『大精霊』の名を冠す特殊エネミーは、属性毎に名も姿も同じくする個体が世界各地に四体存在すると言われている。
そして、唯一四体全ての居場所が判明済みである【雷眩の大精霊 レピカ】の完全攻略者――――他でもない【剣ノ女王】が齎した情報にて知れ渡った、彼らを打ち倒すことによって得られる特大の報酬は俺でも把握している程に有名だ。
自身の魔法適性に対応する大精霊全てを非レイドパーティで攻略することにより、魔法を大幅に強化する特殊スキルが得られるというものである。
言うまでもなく、魔法スキルを取得済みの全プレイヤーが血眼になって然るべき要素。となれば当然、未発見の大精霊に関する情報など……――――
「私は知ってた。そんだけさ」
そんな、適当に放って寄越されていい代物ではないはずなのだが。
「別に端から独占するつもりもねぇ。いろいろ面倒だってのと、先輩旅人の流儀に倣って黙ってただけだ――――公表するなら、お前の名前で勝手にやれ」
「えぇ……」
「お前も面倒だってなら、オッサンか女王にでも任せりゃいいだろ。……ただ、そん時も私の名前は出してくれんなよ。それが礼の釣り分だ」
あれよあれよと、情報の責任を押し付けられた件について。
いや確かに、既に俺だけが抱えているものではない情報に対しての対価と考えれば、お釣りと言うにも有り余るレベルの特大情報だけども……。
えぇ……どうすっかなコレ。代理公表とかそれこそメッチャ面倒くさ――――
「そういうことで、じゃあな」
「どういうことで?」
「急に呼び出して悪かった。おやすみ」
「あ、ハイ。え? ぁ、おやす――――言い逃げぇ……」
そして、ヒラっと手を振りログアウトしていく【銀幕】殿。
結局のところ諸々なんだったのかとスッキリしないし、手の中には予想外の情報爆弾が一つ。全く、なんということをしてくれたのか。
「おい、俺の安眠が……!」
考え事が増えた直後は、目が冴えてしまう性分だというのに。
全体的にいつものだ。フワッと理解した気になってくれたまえください。
ぶっきらぼうで素っ気なく「またね」は言えないくせに「おやすみ」は自然と言っちゃう【銀幕】さん可愛いじゃねえかよとか思っとけばオーケー。




