それぞれの火
斯くして、一時間後。
「――――……ん゛ぐ、かひゅっ……す、すみませ、もう無理です…………」
「いやぁ、よく頑張ったろ。ナイスガッツ」
絶え間なく襲い来る砂塵の暴威を延々と躱し、嬲られ、数限りなく砂を浴びた果て。スイッチが切れたようにズベシャアとカナタが倒れ伏したところで、疲れも容赦もなく無邪気に飛び回っていた魔剣がピタリと一斉に動きを止めた。
『小狐』と聞けば有名な童謡の影響で〝悪戯好き〟というイメージがあり、ルビィも実際その気が強いが……ソラさんの教育による賜物だろうか。
遊び相手を慮るという大変よろしい思慮も身に付けつつ、相棒の相棒は相棒に似た賢い良い子へと絶賛すくすく成長中である――と、それはさておき。
「例によって返事しなくて大丈夫だから、休みながら聞きたまえ」
宣言通りカナタの傍らで手本と自主練を兼ねて無限回避アトラクションに臨んでいたが、ぶっちゃけコレは俺でも普通に疲れる。死に体さもありなん。
「千本の剣に囲まれた状況で一時間も動き続けられたんだ。メチャクチャな体力の向上は、わかりやすく実感できただろ? つまり進捗は良好だぞ」
それはもう、この上なく。ぶっちゃけ想定を飛び越えるレベルでな。
才能も勿論だが、やはり溢れる意欲が最大の要。想いが力になる仮想世界では、モチベーションの多寡が成長速度に直結すると言っても過言ではないゆえに。
「ってことで、心穏やかに休憩してヨシ。動けるようになったら再開しよう」
「……、はいっ……ありがとうございます……!」
返事は不要と言っても、褒めるとほぼ必ず『ありがとう』と返してくるのは嫌いじゃない。意欲に溢れ律儀で真面目で根性がある、出来過ぎな後輩だ。
てな訳で暫しの休憩タイムだが……――まあ、向かう先は当然のこと。
「おつかれソラさん」
「おつかれさまです。……と言っても、頑張ってくれたのはルビィですけど」
「頑張ってたんかなぁ……? 多分だけど、本人は遊んでるつもりだと思うぞ」
訓練室の壁際、魔剣の生成と維持にMPを消費する以外は暇している相棒の元。
協力者にして大切なパートナーを無限に放置など出来ようはずもない。歩み寄り隣へ腰を下ろせば、ソラの頭上で白い狐耳がピクリと揺れる。
感情の変化などで勝手に動いてしまう癖を、おそらく彼女は気付いていないだろう――なぜかと言えば、周囲が教えず黙っているからだ。
教えたところで、本来の身体には存在しない半分エフェクト扱いの部位を操れるようになるのかは謎だが……コレを矯正するなどという世界の損失は許されないと、固い意志を以って内緒は継続する所存である。
バレた時は、名立たる共犯者複数名と共に怒られるとしよう。
「な、なんですか? ジッと見て」
「いや別に。今日も尻尾が大層モフモフだなと」
「……触っちゃダメですからね」
戦闘的な意味での当たり判定は無いものの、触ろうと思えば普通に触れるし感触もあるらしい尻尾を俺から避難させるように抱え込むソラさん。
こんな調子で結局これまで一度も触れた試しがないのだが、可愛い権化の可愛い極まる所作一つで差し引きプラス無限大――――ニアとアーシェは触らせてもらったことがあるという事実が同じく無限大に羨ましいとか贅沢は言わない。
「ともあれ、相変わらず流石の連携だな。その形態のソラに勝てる気しないわ」
「一時間で一度も掠りさえしなかった人が、なにか言ってます……」
「ルビィの操作分だけならね? ご本人の操作分とご本人自身が加わる実戦じゃなぁ……流石に相性悪過ぎて、捨て身になんなきゃ手も足も出ないぞ」
「捨て身になられたら、今度は私が手も足も出なくなるんですけどね」
ま、そこはぶっ壊れ返しってことでね。
星魔法《疾風迅雷》の時間域を逸する極限速機動もアレだが、なにより【αtiomart -Sakura=Memento-】が魔剣を魔法判定で食べちゃうからなぁ……。
お互い、気付けば遠いところに来たもんだねと。
「でもまあ、ソラも課題は継続中か」
「あはは……ですね。纏身体じゃないと、ルビィが乗り気になってくれないので」
基本設定として『決闘システム』と同様の仕様になっている『訓練室』では、MPの消費を気にする必要がない。だと言うのにソラが表に増してMID特化である裏へ姿を変えたのは、単純にそうしなければ上手く連携が成立しないからだ。
良い子に成長中ではある小狐だが、まだ途上。ルビィは根本的に気分屋な性格らしく、テンションによってパフォーマンスが乱高下してしまう。
なのだが――――同じ〝狐〟だからだろうか?
ソラが纏身体の時に限り上機嫌が長く持続するため、今回のように『憑依』を用いる場合は《纏身》を起動する必要があるという訳だ。
性格的な問題……延いては個性の問題であるので、強制も矯正もしたくない。
課題とは言ったものの、正直なところ解決方法はナシ。時間をかけて仲を深め、いつでも全力で応えてくれるようになるのを期待するばかりだ。
「……カナタ君、凄いですね」
どちらからともなく会話が途切れて数分。痛くも痒くもない和やかな無言に浸っていると、ソラが静かに口を開いた。
横を向けば、クッションや抱き枕の如く自分の尻尾に埋もれている美少女が一人。視界スクショのシャッターを切る誘惑に堪えつつ、俺は頷いて返す。
「あぁ、凄いな。序列持ちや攻略組のトップ層以外にも、アルカディアにはまだまだカナタみたいな奴が沢山いるんだろうよ」
果てなき世界で、終わりなき成長が約束されている。
カナタのように、心に消えない火さえ灯れば、この世界の〝特別〟は文字通り果てなく終わりなく数を増やしていくのだろう。
隣を歩くパートナーと手を繋いで、歩き続けようと誓った俺たちのように。
「――――……ソラさん、人前。我慢」
「っ……な、なにもしてません」
なんとはなしに、目が合った。ただそれだけ。
それだけで心の色を読み取ってしまうパートナー様が、浅く曖昧に感傷へ浸る俺に感化されたようにそっと熱を伸ばしてきた。
制すれば小さな手は慌てて引っ込められたが……無意識の行動だったのか否か。おそらくは動揺によって、耳も尻尾もよう揺れておるわ。
初めて手を繋いだ日から変わらず、俺の相棒は可愛らしい。
それゆえに、やはり甘やかしたくなってしまう気持ちは止められず。
「まあ、なんだ――――あとで、な」
少し前に熱が迫った左手を、こちらも『お触り厳禁』が言い渡されている狐耳を避けて少女の頭にやりながら。立ち上がり、さっさとソラの隣を離れて、未だ倒れ伏しているカナタの元へ互いのために緊急避難。
掌から触れた体温は、染み渡るように熱いものだったが、
「ようカナタ。調子はどうだ」
「も、もう少し、大丈夫ですか…………」
「構わんとも。ゆっくり休め」
きっと、俺が伝えた温度も似たようなものだったはずだから。
地面と熱い抱擁を交わし続けているカナタが顔を上向けられずいるのは、如何なる時も格好付けなければならない先輩にとって幸運だったと言えよう。
砂糖も湧いたところで一幕。




