師が師なら弟子も弟子
「――――さて、挨拶も済んで落ち着いたところで……話、進めてオーケー?」
「ほんっと失礼しました……」
「切り替えはサッパリ迅速に。これ俺の座右の銘な」
「っ……心掛けます!」
すぐ隣からビシバシ刺さる「適当なこと言ってますね?」的な視線をスルーしつつ、顔合わせも恙無く(?)終了ってな訳で早速いこうぜネクストステップ。
「それではここでクイズです」
「ハル?」
「いやふざけてないふざけてない一応これでも真剣にアレコレやろうとしてるってか順序立てて理解しやすいように配慮してるだけだからジト目やめて」
誓って適当なノリに任せているつもりはないのだが、関係の浅い他人が関わるとすこぶる真面目で責任感の強い子になるソラさんから圧が飛んでくる。
お仕事には誠実に向き合わなきゃダメ。わかっているとも――――はいそこカナタ君、叱られてる先輩を見て頬を緩ませるとは一体どういう了見かな?
「まあ、あれだ。クイズというか認識の擦り合わせというか俺の持論というか極論というか真理を最初に提示しときたくて……とにかく聞きたいことが一つある」
「はぁ……えっと、なんでしょう」
というのも、別に大した問いではない。それゆえに――――
「カナタは『軽戦士に最も必要な能力』って、なんだと思う?」
「最も必要な…………回避能力、ですかね?」
カナタの答えが、俺が思う正答に重なることは疑っていなかった。
「はい正解。いや正解ってか人によってそれぞれだろうけど、極論の話な。回避能力、生存能力――――とにかく死なない、それが軽戦士の基礎にして究極だ」
と、俺は思っている。別に軽戦士代表を気取るつもりは更々ないが、その信条を持って『序列持ち』に名を連ねているのだから多少なり説得力はあるだろう。
「軽戦士ってのは、死にやすい。だからこそ、死んだら駄目だ。そんでもって、死なない軽戦士ってのは超強い――ごめん今のは適当に喋ったわ、ごめんなさい」
隣にジト目の監督役がいると、気が引き締まっていいね。
「いえ、あの、わかりますよ。まさしく真理、ですよね」
でもって、健気で真面目で聡い後輩を持てるってのは幸せなことだ。それぞれに格好悪いとこばかり見せてもいられない、先輩面を気張るとしよう。
「その通り。極論、全ての攻撃を躱して死なずに敵を倒す軽戦士が、現時点のアルカディアでは最強……だと、俺は思ってる。元々アクションゲームで『速いは強い』ってのは常だし、実際に戦況の只中から自分の目で相手を追うVRじゃ猶更な」
「そう……ですね。一般論でも対人戦については、速度域の違うプレイヤー同士だと『基本的に脚が速い方が勝つ』とまで言われてますし」
実際問題、速度で劣る者は勝る者に対して手も足も出ない場合がほとんどだろう。精々、追尾スキルや自動発動のカウンタースキルお祈りぶっぱが関の山か。
ならどうしてアルカディアが速度特化の軽戦士だらけにならないのって話は、今更だよな。技術的要求値がアホほど高いから、やろうと思っても出来ないだけだ。
しかし、才があるのであれば『最強』を目指さない理由はない。
「ということで、カナタ君」
「え、は、はい……」
喜びたまえ。俺が思うに、君は紛れもなく才ある者だ。
恥ずかしながら多くの強者より同じく『才アリ』の評価をいただいた【曲芸師】が、堂々の太鼓判を押して進ぜようではないか。
プレイヤー【Kanata】は、こっち側であると。
「残り一週間弱で仕上げてやろうぜ――――〝絶対回避軽戦士カナタ〟を」
「………………はい?」
「ごめんなさい、これは真面目に言ってる顔です……」
俺の言葉選びに対する評価はどうでもいいんだよ。訓練時間は潤沢とは言い難く有限、しかし幸いにも最高の環境は此処に在る。
在るっていうか、いる。
「じゃ、よろしくソラ先生」
「いまいち真剣味が……――――いえ、はい、わかりました」
疑り深く俺の心を覗いて、至極真面目にコーチ役へ向き合っていることは納得してくれたのだろう。圧もツッコミも引っ込めて、頷いた相棒が魔力を灯す。
「それでは、えと……カナタさん」
「っ、はい。あの、できれば敬語はナシで……せめて『さん』はナシでお願いします。教わる側、協力してもらう側として、ケジメを付けておきたいので」
と、名前を呼ばれたカナタがソラへ要望を告げる。多分に建前というか、実際のとこ『曲芸師の相棒』に敬語を使われるのがアレなだけだろうが……。
「そ、ぁ、ぅ…………――――カナタ、君……?」
ソラが呼び捨てなんて択を取ったら仰天なので、まあ予想通りの着地点だ。
遠慮がちに名前呼びを確かめる美少女と、納得を示す微笑を浮かべて頷く美少年。絵面が甚く微笑ましいのは誠に結構――――しかしながら、
「では、その……――――当たっても痛くないので、心配しないでくださいね」
次の瞬間。少女の意思一つで、
「《剣の円環》」
和やかな光景は〝剣〟に染まる。
見慣れた光景に親しみが一つ、見慣れぬ光景に畏れが一つ。訓練室を埋め尽くさんばかりに展開した砂塵の連剣に、カナタが自然と呼吸を止めた。
ソラのファンでもあるらしいということは、例の『白座』討滅戦アーカイブを視聴済みなのは確定。ならば【剣製の円環】が生み出す魔剣も知っているはずだが、映像で見るのと実際に間近で見るのとでは別物だろう。
気持ちはわかるぞ、超わかる。どこのラスボスだよって、笑いたくなるよな……ただ、ここで驚いて固まってたら先が思いやられるぞ。
今のソラさんは、既に過去の自分など遥か後ろへ置き去りにしているゆえに。
「――――ルビィ、お願い」
呼び掛けに応じ、少女の影から出でたのは小さな星影。
肩に飛び乗った小狐は、戯れに主の頬へ身体を擦りつけて――――名の由来となった首元の〝赤い星〟が煌めくと同時、霧散して消える。
消えて、成るは、三本の尾。
仮称『憑依』形態。ソラが調伏した【星屑獣】である小狐の特殊能力にして、彼女のぶっ壊れ具合を殊更に加速させてしまった大問題能力でもある。
でもってコレに……。
「《纏身》」
ソラさん自前の尾が四本加われば、ラスボスを超えた究極形態のお目見えだ。
白い狐耳。白四本、黒三本、計七本の狐尾。これを世間へ披露した日には天秤の乙女ビッグバンが起こること請け合いな可愛い成分過剰スタイルだが、性能的な意味では一ミリも可愛くないことを俺は深く理解している。
だからカナタ、見惚れてる場合じゃないぞ。気合入れてけ?
「……ってな訳で、お察しの通りコレ相手の回避訓練に励んでもらう。剣は柔く組んでもらってるから、当たっても痛くないのは本当だ。安心していい」
「え、ぁ…………えっ、いや、あのっ、なにも安心要素がっ」
「ちなみに、砂剣の制御はさっきのチビ助が握ってるから」
「なんて?」
「ソラさんにも軌道が把握しきれない疑似ランダム仕様にしてもらってるんだよ。パターン覚えてヌルゲーって感じには多分ならないから安心しろ」
「で、ですから、安心要素はっ」
「大丈夫大丈夫。俺も一緒にやるから、動きなり何なり参考にしてくれ」
「それ、参考にできるような動きをしてくれるんですよね……!?」
はしゃぐ俺たちを他所に、僕に魔剣の制御を明け渡した主がいそいそと壁際まで離れて淑やかにお座り――つまり、そこがライン。
だだっ広い訓練室の壁際一杯まで、余すことなく訓練の舞台だ。
離れた位置から、琥珀色の瞳と視線を交わす。ソラは俺を見て、カナタを見て、もう一度ほんのり困ったような躊躇うような顔を俺に向けた後――――
「んじゃ、とりあえず逝ってみようか」
「それ字はどうなってます!? 本当に当たっても痛くないんですよね!?」
最後の最後、もう一度カナタへ申し訳なさそうな同情するような視線を向け、
「――――っ……で、ではっ! はじめまぁーす!!!」
精一杯の可愛らしい掛け声と共に、楽しい地獄が始まった。
献身的な狐っ娘が見守ってくれる理想的な訓練環境です。羨ましいね。




