推しが推しと並んでる
明確にやるべきことや指針ができれば、得てして時間など瞬く間に進むものだ。
新たに増えた後輩の特訓に限った話ではなく、俺自身も現実仮想問わず様々な意味で学び中にして成長中の身。いつだってタスクは山積みだ。
カナタを手伝いながら自身もまた技を磨き、更に周りにも目を向けている内に時計の針は爆速で回ってしまう。気付けば翌日、気付けば一週間、そして――――
「や――――――――――――――――…………った……!!!」
「感動が長かったなぁ……ま、おめでとさん」
特訓開始から十日、総時間にして五十時間超。結局カナタは最後の最後まで、一度も弱音を吐かないまま『剣聖式鬼ごっこ』を歩み切った。
伸ばされた左手は守り側の右手をしかと捉え、攻め側の勝利を示している。
――相手が【剣聖】様ご本人ではないため単純な比較にはならないが、俺は一応この『鬼ごっこ』に関して免許皆伝を言い渡されている。
訓練方法の免許皆伝とは何ぞやって感じだが、ういさん直々にそう言われてしまったので仕方ない。バトル勘やセンスなどでは彼女にも囲炉裏にも遠く及ばないが、俺はどうやら『人読み』に限って二人の上を行くらしい。
つまり実のところ、幾度となく回数を重ねた相手に限り、俺は二人よりも『鬼ごっこ』が上手い。そんな俺を十日で捕まえたのだから、ういさん相手に一週間前後の俺と囲炉裏に比べても遜色ない結果と言えるだろう。
そして勿論、地獄の無限鬼ごっこを歩み抜いたカナタは――――
「ちょ……っと、待って、ください。今、感情が……!」
「別に盛大に喜んでいいんだぞ。万歳しようか?」
「お恥ずかしいのでっ……!」
懸念点であった体力面に関しても、たったの十日で劇的な伸びを見せている。流石に俺が宣った大言である『倍』には届かないだろうが、バイタル的にもメンタル的にも確かな根性が宿ったと見ていいだろう。
初めは一時間も『鬼ごっこ』を続ければヘロヘロになって倒れ伏していたものだが、今や五時間ぶっ続けでもこの通り。興奮しきりなこともあり大きく肩で息はしているものの、少なくとも倒れて動けなくなるようなことはなくなった。
仮想世界の体力づくりは、あくまでも直感思考双方を交えたアバター操作の上手さに起因するものだからな。現実世界とは異なり、本人の才能と鍛え方が噛み合えば短期間で大きな成長をすることも不可能ではない。
つまり、流石は【剣聖】様ってこと。
ぶっちゃけ『鬼ごっこ』はアルカディア史に残る偉大な発明だと思うよ。全プレイヤー必修項目の鍛錬法として、いっそ広く周知すべきなんじゃないかな――
「さて、重ねて心からおめでとうってな訳だが……喜んでばかりじゃいられないぞ。本番まで残り一週間切ってるからな、こっからだ」
あとカナタ君、そろそろ俺の右手を開放してくれていいんだぞ。
「はいっ……! でも――――今なら、なんでもできそうです……! へこたれたりしませんから、まだまだ厳しくお願いしますっ!」
「マジで一ミリもへこたれないから逆に心配なんだけども……いやまあ、意欲満点は誠に結構。なんでもできそうって感覚も、わかるしな」
かつての俺がそうだった実体験であり、結論その感覚は正しい。かの鍛錬法は体力ひいてはアバター操作の精度を劇的に向上させるものであり、今のカナタは十日前のカナタと比べて根本から別の器レベルに変化しているはず。
以前は出来なかったことが、出来るようになっている。その変化はおそらく一つや二つではないと断言さえできてしまうゆえに。
あとカナタ君、そろそろ俺の右手を開放したまえ。先輩のこと大好きか。
「そしたら、次のステップへ進もうか。明日からの特訓についてだけど……」
「はいっ」
まあ別に悪い気はしないので放置するとして、そんなことより時間が惜しい。明日もベストコンディションで臨めるよう、さっさと次の特訓要項を伝えて早急にスヤスヤお休みになってもらった方がいいだろう。
ってな訳で、次なるステップは――――
「カナタ、別に人見知りとかはないよな?」
「……はい?」
軽戦士の訓練において、この上なく有難い助っ人を呼んでくるとしようかね。
◇◆◇◆◇
そして翌日の夜、相も変わらず訓練室にて。
「はい。ということで、こちら俺のパートナーこと助っ人のソラさんです」
「……あの、凄いビックリされてますけど、なにが『ということで』だったんでしょうか――――あ、えとっ、ソラと申します。よろしくお願いします」
召喚させていただいたのは他でもない、可愛い俺の相棒様。
普段なら午後九時過ぎともなれば規則正しい生活の少女は就寝時間だが、期間限定で力を貸してもらえないかと無茶を聞いてもらった。
二つ返事で快く引き受けてくれたソラはともかくとして、問題なのはメイドの方。夜分遅くに女性を連れ回すのは感心しないどうたらこうたらと尤もらしいことを並べ立て、あれよあれよと『貸し』認定されてしまったので後が怖い。
と、それはさておき……カナタ君? どうした?
人見知りの気はないと聞いていたはずだが、なにを石になっているのかね。
「おーい。大丈夫か?」
「……………………ちょ、っと、待、ってくだ、さい。深呼吸、失礼します」
「えぇ……」
「……?」
ちょっと待て、落ち着けとばかり片手を突き出し、片手を自らの胸に置いてスーハーと深々息を吸い込み吐き出してレッツクールダウン。
なんだこれ。
いや待てよ、カナタだって男だ。これはもしや唐突に目の前に現れた天使に心を撃ち抜かれた的なアレではあるまいか。
アルカディアは他ゲーに比べて女性人口が多いといえど、やはり比率的には男性人口に偏っている。バリバリの戦闘職ともなれば猶更だ。
加えて性格も声も雰囲気も真っ当に美少女しているソラのようなプレイヤーの稀少性は言うまでもなく、多くの目と心を惹くのは当然のことだろう。
あれ? 男だよな? テトラと似たような方向で中性的な容姿ってか、ぶっちゃけ可愛いご尊顔ではあるが、一人称も『俺』だし男と思って大丈夫だよな?
――――と、本気半分冗談半分でアレコレ考えている内にカナタがフリーズから回復。その後、なぜか一歩二歩と後退った推定『彼』は、
キョトンとする俺たちへ向け、可愛らしい顔に決死の覚悟を宿して言った。
「写真、一枚、いいですかッ……‼」
「「…………」」
と、俺はソラさんと顔を見合わせ、
「えーと……ソラ、の?」
「いえッ……!!! お二人、並んでのッ……!!!!!」
問いかければ、否定と訂正は爆速にて。
ソラには事前に、カナタの人となりを伝えてある。意欲的で、根性があり、人懐っこく、それでいて礼儀正しい良い子だと、伝えてある。
それがまさか、出会い頭に謎テンションで謎の撮影要求をしてくるとは思いもよらなかったことだろう。困惑に満ちた顔を相棒が向けてくるが、十中八九こちらも全く同じ顔をしているに違いない。
いやまあ、ゆえに、悪い子ではないという事前情報を得ているので……。
「え、と、あの……わ、私は、大丈夫ですけど……」
深く困惑しつつも、写真一枚程度であればと頷いてしまうソラさん。となれば、別に俺も断るような理由は思い付かず。
その辺で見知らぬプレイヤーに突然「写真いっすか?」と声を掛けられたならいざ知らず、既に打ち解けた後輩相手なら構わないだろうと頷けば――――
「ありがとうございますっ……!!!」
謎に、甚く感動した様子のカナタにパシャリと撮られ、よくわからん雰囲気に満ち満ちた顔合わせは、よくわからんままに終わった。
「たいっっっっっっっっへん失礼しました俺カナタっていいます挨拶も返さず写真とかほんっっっっっと俺なにして――――――――ッッッ!!!」
「だ、大丈夫ですからっ、気にしないで大丈夫ですからっ……!」
ほんと、なんだこれ。
ハルソラ派だよ、知らんのか。
主人公に憧れたなら、その隣に立って心から信頼されているとわかるパートナー様にも大なり小なり憧れてないはずないよなぁ?




