お手伝い
その後、現時点でのカナタに関する情報共有は小一時間に亘って続いた。
魂依器から始まり所持スキルの詳細へ続き、果ては得意不得意や戦闘時の癖までバッチリである。ここまで詳細に他人へ説明したのは初とのことで、今や俺は仮想世界で最もカナタに詳しいプレイヤーになったと言っても過言ではないだろう。
競争要素が存在するゲームにおいては『個人のビルド』など秘匿すべき最たるものだが、あくまでもアルカディアは強大な怪物と相対する協力プレイが主体だ。
ゆえに俺も基本『聞かれたら躊躇いなく答える』スタイル。とはいえ流石に根掘り葉掘りは聞くまいと最低限の遠慮を携えて臨んだのだが……一を聞けば十も二十も答えてくれるものだから、気付けば【Kanata】博士になってしまった。
この人懐っこさはリスペクト先こと【曲芸師】限定のアレなのか、はたまた誰に対しても基本のスタンスなのか――――と、そんなことは置いといて。
特訓に向けての会議を終えたのであれば、
「そしたら早速、特訓を始めていくとしようか」
「よろしくお願いしますっ!」
次なるステップは当然のこと、実践。
ただし『適当に殴り合って強くなりましょう』みたいな考えなしという訳ではなく、これからやるのはある種の測定である。
だだっ広い真っ白な訓練室で二人、向かい合って短剣を二振りずつ。
「おさらいするけど、こっちからは攻撃しないから。俺はひたすら防御と回避に徹する、カナタはひたすら攻め続ける――時間無制限、動けなくなるまでな」
「全力ではなく、八割程度で、ですね!」
「あぁ。ムキにならず、冷静に、考え続けることを忘れずにな」
要は俺が【剣聖】様に初めて出会った時の〝アレ〟と同じことだが、残念ながら俺には極短い立ち合いで相手の力量や才覚を推し量るなんて真似はできない。
なので、言葉によるミーティングに続いての相互理解シーケンスPart.2。
「んじゃ、かかって来なさい」
「はいっ!」
この目で見てより正確に、今のカナタの『底』を教えてもらうとしよう。
◇◆◇◆◇
斯くして、三十分後。
「――――っ゛……けほ、くふっ…………こ、これが、序列持ち…………」
「いやまあ、序列持ち云々よりも師のスパルタの賜物というか」
息も絶え絶えで床に転がるカナタ、その傍らで小兎刀を送還しつつダウンした後輩の様子を窺う俺。わかりやすく差が表れた形となったが、体力に関しては今や大抵の熟練者に勝るという確固たる自負があるため仕方ない。
渾身を振り絞った限界超過の全力戦闘であれば話は別だが、流す程度の運動なら……まあ、例え数時間ぶっ続けでも俺が息切れすることはないだろうから。
「すみ、ません……みっとも、ないところを……っぅ」
「んなことないから心穏やかに倒れてろっての。むしろ流石というか、予想より遥かにタフで普通にビックリしたぞ」
けれども【星空が棲まう楽園】における一般勢との交流で身に付けた常識的ラインに照らし合わせれば、格上相手に八割の力で戦闘行動を三十分維持するというのは割と真面目に逸般人レベルである。
つまるところ【剣聖】様による特別コースという天国地獄表裏一体の修羅道を歩んだってか爆走した俺と比べるのが間違いなのであって、純粋に現在のカナタを評価するのであれば『期待以上』以外の言葉が出てくるはずもない訳だ。
……と、そういうのはしっかり言葉で伝えないとな。
バイト戦士時代から、俺は後輩をひたすら褒めて伸ばすタイプなので。
「お世辞抜きで期待以上だよ。体力も根性も、集中力の持続も、現時点では文句なし。半月もありゃ立派なランナーになれるだろ」
俺が保証する――――言葉通りお世辞抜きでグッと親指を立てれば、床に伏したまま息を整えているカナタは疲労で濁った目をわかりやすく輝かせた。
輝かせて、おそらくなにかしら言葉を返そうとして、盛大に咽る。いや落ち着きたまえ、クールダウン中に無理しなさんなと。
「四柱戦争は……って、まだ一回しか出たことない俺が語るのも恥ずかしいんだけど、ともあれスタミナが必須だ。俺たち気力体力ともに消耗しやすい軽戦士は特に、ランナーともなれば猶更な――――あぁ、いいから大人しくしてろ」
話を始めた俺に身体を正そうとしたカナタを制しつつ、休憩の時間に説明をあてる。重ねて、俺もまだまだ四柱にわかなので恥ずかしいのだが……。
「多少の無様は見逃してもらえるだろうけど、ランナーが走れなくなるのは流石にマズい。だからとりあえず、当面は体力強化を頑張ってもらう」
現時点では文句なし。けれどもゴッサンの危惧通り、そのままでは四柱本番で通用しないだろう。無尽蔵とは言わないが、精強な他陣営のプレイヤーに追い回されながらも折れない程度に心身双方のタフネスが肝要となる。
細かい戦闘技術なんかは、とりあえず後回しでいい。
「本番でも休憩時間は取れるから、別に開始から終了まで走り続けなきゃならん訳じゃない。ただ、今のを一時間くらい続けられる程度の体力は欲しいな」
「いち、じかん、ですか……」
サラッと要求したが、難しいのは理解している。
ビックリしたと言ったのは本心であり、現状でもカナタは四柱常連の戦士勢に勝るとも劣らない体力を備えているだろう。だからこそ、それを更に『倍にしろ』なんてのはシンプルに無茶以外のなにものでもない。
けれども、俺が思うに、
会話と実践と実戦を経て、俺が推し量ったカナタのポテンシャルを考えれば、
「何度か言ったと思うけど、俺はカナタの特訓を〝手伝う〟人だ。師匠や先生なんて大層な役目はできないから『これをやれ』とも言わない――けど、カナタ自身が本気で頑張りたいって思うなら、俺も本気で遠慮なく手伝わせてもらう」
無茶であって、決して『無理』ではないように思えるから。
ポテンシャルだけの話ではなく、俺に見せてくれる溢れんばかりの意欲を買っての最終確認。さてどうすると視線で問えば――――
「……俺、曲芸師に憧れて此処まで来ました」
カナタは未だ動かぬ身体で床に転がったまま、こっぱずかしいことを一つ。
「だから、是非もないんですよ、ほんとに」
まだ苦しそうにしながらも笑顔を作り、後輩は迷わず宣った。
「無茶でも、無理でも、やってみせます――――俺を鍛えてください」
「……オーケー。しかと覚悟は受け取った」
ならば俺も、ここからは本格的に遠慮など捨て置こう。未だ人に師事する未熟な身の上、教えるなどと大言は吐けないが……それでも。
「そしたら景気付けに、俺が尊敬する人の言葉を贈ろうか」
「はい……? え、と」
先輩と仰ぎ慕ってくれる後輩の手助けくらいは出来なければ、行方をくらましているお師匠様が戻ってきた時に叱られてしまうだろうから。
「〝やればできることはやればできるので、やれると信じて励みましょう〟」
「………………はい?」
気張りたまえよカナタ君、俺は【剣聖】様ほど厳しくはないが【剣聖】様ほど優しくもないぞ。できるまで無限に褒め倒してやるから覚悟しろ。
そうと決まれば、まずは手始め――――『鬼ごっこ』に興じるとしようか。
限界突破の無茶苦茶ばかりしているせいで基本バテているイメージが強い主人公。
まだ現実的な逸般人に留まっているプレイヤーと比較した場合、これが実情。
現実的な逸般人ってなんだ……?




