ミーティング
食事というのは人にとって必須の生命活動であると同時に、臨み方によって少なからず心をも整えてくれる真なる憩いの時間だ。
一人で静かに楽しむのも、誰かと賑やかに楽しむのも、それぞれに良さがあり好みがあるだろう。人生を通して後者に比率が寄っている俺も、また然り。
両親共働きとはいえ父母揃って職場選びが上手なのか、帰りが遅くなるということは幼い頃から基本なく。朝夕二回は家族で顔を揃えて卓を囲んでいた習慣が作用して、どちらかと言えば『会話』がセットの方が落ち着くタイプだ。
なので、それにも増して賑やかな現在は正直言って嬉しい環境ではある。
あっという間に終わってしまった独り暮らし期間中、三食ぼっち飯の味気無さには地味に心を冷たくしていた部分があるため――――
と、賑やかなのは歓迎なのだが。
「――――どうだい二人とも。各陣営、第十一回の準備は順調かな?」
「内緒」
「紅組白組が相席してる場でサラッと内情を聞いてきます?」
『仲間外れも一人いまーす』
たまにと言うには頻繁な数。相席せずともシェフ約一名が会話に混じってくる場合、楽しみはともかく安寧は薄れるので癒しという意味では信用ならない。
用事がある場合を除き、余程でなければ毎夜の席を共にするのが当たり前になってから暫く。いつしか同じものを頼む習慣がついてしまった四谷宿舎住み三人衆、それぞれ鮭とイクラの海鮮親子丼を堪能しつつコレに対して三者三様。
唐突な弄りをアーシェがサラリと流し、俺が適当に流し、ニアが適当に拗ねる。全員くまなく打ち解けた四谷代表補佐こと我らが専属シェフ千歳和晴は、バラエティに富んでいるようで富んでいない反応を見てご満悦だ。
どうでもいいんだけど、この面子で箸の扱いランキングを組んだ場合まさかの純日本人がワーストな件について。ご令嬢方の所作が綺麗すぎる。
「余裕そうな態度を見るに、順調なものと思っておこうかな。立場は置いといて、観客として月末を楽しみにさせてもらうよ」
「お仕事、頑張って」
「置いとく肩書きが世界規模でデカすぎる」
『へい和さん、お茶おかわりー』
三者三様。もはやリラックス時のやり取りに遠慮や緊張など欠片もなく、宿舎組の関係はアレコレあれども極めて良好。
最近では、若い子の邪魔だなんだと遠慮する円香さんを引っ張って来て五人で卓を囲んだりもする。そうした場合、わかりやすく千歳さん――もとい息子が諸々やり辛そうにバグるので、申し訳ないが正直見ものだ。
いや別に申し訳なくもねえわ。普段は散々弄る側なんだ、たまには年下の方からも弄らせろと。遠慮しつつも円香さん嬉しそうだし、親孝行したまえよ。
どっかのバカ息子は孝行どころか、離れた実家の両親へ文字通り世界規模の心配を掛けているとか言ってはいけない。
「そうだアーシェ、内情は言えんけど一つだけ。俺ちょっと本番まで基本毎日、夜に外せん用事が詰まったからそのつもりでいてくれ」
「……? ん、わかった」
ジッと見ていれば早食いという感じもないというのに、相も変わらず気付けば誰より先に食べ終わっているお姫様。宿舎内ではすっかり〝白〟が常となった彼女は、律儀に報告を入れた俺にコクリと頷いて、
「特訓?」
「報告は同居人のよしみだ。敵に詳しい事情は教えられんな」
あざとく首を傾げながらの質問を突っ撥ねれば、ふふと小さな笑み一つ。
「私も楽しみにしてるから、頑張って」
「ぁ、はい……」
おそらくそれは、紛れもない〝敵〟に対する攻撃だと思われる。
かの【剣ノ女王】様より向けられる『期待』は、心胆寒からしめるという意味合いで効果抜群であったことは言うまでもない。
◇◆◇◆◇
「こんばんは! 改めて、よろしくお願いしますっ!」
「ハイこんばんは。改めて、肩の力は抜いてこうな」
時は進み、夕食を経て午後九時手前。お勤めご苦労様ってな訳で、ここから更なる〝お勤め〟に励むことになったカナタと『城』の訓練室にて合流。
疲れの色など一切浮かべず元気よく最敬礼を決めた姿には、素直に感心すべきか重たいリスペクトを読み取って苦笑いを浮かべるべきか。
「さてそれじゃ……えーと、時間はどれくらい?」
「朝まででも大丈夫です!」
「全く大丈夫じゃないね。現実的には?」
「日付を跨いでも一時間くらいなら大丈夫です!」
「オーケー。仮想世界じゃ五、六時間ってとこか」
一日の特訓時間としては十二分。似た者同士――――超高速戦士としてのアレコレをガチで特訓するとなれば、そんなに集中力が保たないだろうしな。
そしたらば、とりあえず……。
「よしカナタ、着席」
「? はいっ」
手本を見せるという訳ではないが、先んじてドサリと座り込むと共に床をペシペシ叩いて示す。首を傾げつつもカナタが従えば、第一段階は終了だ。
「特訓を始めるにあたって、まずはミーティングってか会議だ」
「会議」
「そ。なにをどう鍛えて『ゴール』をどこにするのか」
俺は当然アルカディアで本格的に教える側に回るなんて慣れていないし、話を聞くにカナタも誰かから教わることに慣れていない。
ならば、行き当たりばったりで適当やっても成果など見込めるはずがない。
「『ランナー』オーケー。『高速戦士』オーケー。そしたら、どうやって敵も柱も薙ぎ倒す〝走者〟になるのか、理想を決めとこうぜ」
「な、薙ぎ倒す……」
大きなことを言っている自覚はあるが、わざとだ。
任されるのは紛れもない大役であるランナー、今からプレッシャーを意識することで自覚と覚悟を養っておかなければ本番で苦労するだろう。
これ、経験則。四ヶ月前は俺も苦労したからな。
「なにも完璧を目指す必要はないだろ。カナタは一般枠で復帰権も持ってる訳だからな、割り切って事故を恐れないスタイルだって選べる」
「それは……見る側からすると、みっともなくないでしょうか?」
「んなわけないだろ。端っからそういうもんとして臨めば、意図やら強みやらは『相手』にも『観客』にも認めてもらえるさ」
そもそもの話、四柱出場の権利を手にした時点で参戦者には〝羨望〟というフィルターが入る。余程の無様を晒さない限り世間の目は優しいと思っていい――
「というか、思え。そうでなければ全世界オンエアなどやってられん」
「あ、はは……了解です。曲――……先輩でも、やっぱり緊張はするんですね」
「そりゃするってか俺は根本的に小心者――――待った、なに、先輩?」
緊張ほぐしを兼ねたミーティングの最中に謎ワードを検出。What?と首を傾げれば、カナタは不思議でもなんでもないとばかり首を傾げ返し、
「教わる立場なのに『師匠』も『先生』もダメとなると、他に敬う呼び方が思い付かなくて……お名前呼びは畏れ多いですし」
「別にそんな敬わなくてもいいというか、なんだ畏れ多いって普通にハルで」
「お名前呼びは畏れ多いですし」
「えぇ……」
おい勘弁してくれよ、どうなってんだ仮想世界。自称年下の後輩(先輩)に飽き足らず、推定年上社会人の後輩(先輩)まで増えたんだが???
なに、流行ってんの? それとも俺を弄ってんの?
増える後輩(後輩じゃない)




