約束の証を
――――昼食時、違和感と呼ぶには大き過ぎる異常にはすぐに気付いた。
想い人の青年と恋敵の少女。同じ場所で暮らすようになってから幾ばくか時が経ち、それぞれ一層に打ち解けてきたように思える大切な人。
四柱を始めとした多くの仕事にひと段落が付き、ここ暫くは擦れ違い続きであったゆえ久々の相席が叶った三人揃っての時間……楽しみにプライベートリストランテへ赴いたアイリスは、一目見て二人のコンディションを察していた。
「「………………」」
「……大丈夫?」
「あぁ……『ちょっと、寝不足で』……」
声と文字、意図したものではないのだろうが二人揃って異口同音の返答。そして、二人揃って欠伸を噛み殺している上に二人揃って寝惚け眼。
同時期、寝不足、息ピッタリ。
嫌な予感……は、特にしない。しないが……――最近忙しくしていた自分が悪いのはわかり切っているものの、面白くないのは仕方ない。
そもそも、自分だって別に悪くないではないか。
忙しかったのは陣営トップの務めを頑張って果たしていたからであって、好き好んで仲間外れになった訳ではないのだから。
そう、僅か一秒弱で結論付けて。
「ハル、ニア、起きて。ちゃんと私の相手して」
「『ごめんなさい……』」
「あと、二人で夜明かしの詳細を話しなさい。包み隠さず、正直に、全部」
「『はい……』」
この二人に加えて、もう一人。このところは、もうすっかり家族にするのと同じように素で接してしまっている相手に、隠さず飾らず。
お姫様は不満を訴え、拗ねて見せることにした。
◇◆◇◆◇
昨夜の冒険を終えてから半日強、やきもち焼きに叱られてから数時間。つい『作業』に熱が入り過ぎて徹夜してしまったニア共々仮眠を取り、目覚めた夕刻。
俺は一人、我らが【蒼天】のクランホームにて相棒を待っていた。
準備は万端文句無しだが、肝心の覚悟についてはそこそこ止まり。ニア、ついでに昼食時アーシェからも「キミらは本当にそれでいいのか」と思えるほど発破を掛けられてしまったが、自分でそうすると思い立った以上は端から退く気もなく。
ちょっと用事があるからと昨日の今日で喚び出したソラさんは、果たしてどんな反応をすることやら……正しくは、どこまでの反応をするやらといったところ。
正直いろんな意味で恐ろしくもあるが、しかし。
楽しみと言うには少々違和感があるものの。逸る心のまま即日で決行しようとしている俺は、やはり心からそうしたがっているということなのだろう。
お馴染み共有スペースのお高いソファ。ドカリと深く座るまま両足をぷらぷら揺らし、天井の照明に両手を翳す――黒地に銀の模様が入る、新装備二対四点。
先日新調したばかりであるカグラさん渾身の傑作にして、俺自身も甚く気に入っている人造ユニークギア……そして、俺が更なる装備更新を逸った理由だ。
と、いったところで。
「ハル?」
「はい、ハルです」
転移の音に続いて、耳に馴染んだ相棒の声。ソファの背凭れ越しに覗き込んだ少女の顔が視界に入り、流れた金色の糸が僅かに頬へ掛かった。
柔らかくて、とてもくすぐったい。
しばし言葉もなく、特に思考もなく、俺たちはジッと上下逆さまで見合い、
「ふふ……こんばんは」
「はい、こんばんは。悪いな、急に呼び出して」
どちらからともなく笑い合い、いつものように一言遅れの挨拶を交わした。
「いえ、全然。昨日はお疲れだったようなので、今日はお休みかなって思ってたんですけど……会えて、嬉しいです」
「あんまりナチュラルに可愛いこと言うの禁止」
「自然じゃないですよ。しっかり、狙ってます」
「ほんと最近、皆して俺を全力で殺しに来すぎなんだよ」
「む……会ってすぐ、他の女性の話をするんですね」
「アーシェがようやく時間に余裕できそうだから、久々ソラに会いたいって言ってたよ。ニアも便乗して、近い内また女子会でもどうかってさ」
「わ、本当ですか? それはとっても楽しみです」
「ほんと仲良くなったねキミタチ」
「それはもう、自称難儀な誰かさんを追いかける戦友ですから」
「いろんな意味でなんも言えねぇっす……」
頭の上から降ってきていた声は、いつしか隣に。
少女のささやかな体重分だけ片側に揺れた身体が、近い体温の方へ倒れ込まないように気を付けながら姿勢を正した。
じゃれ合いのような言葉の戯れを交わしつつ、二人きりだというのにソラは甘えてこない。隣を見れば、琥珀色の瞳はジッと俺の言葉を待っていた。
少々真面目というか、なんというかな雰囲気は、バッチリ読まれているようである――――誠に結構、そのままどうか逃げ道を塞いでおいてくれたまえ。
「昨日のアレさ、結局ルクスに譲ってもらったんだ。流石に予想外の大物だったから、どうしたもんかと思ったんだけど……元々、俺の素材探しを手伝うために参上したんだから気にしなくてヨシって言われちゃってな」
「あはは……らしいですよ、それ。ルクスさん冒険は大好きなんですけど、宝物に関しては『見つける』のが重要らしくて物自体には全然執着しないんです」
「わかる気がする。拾った物の管理がアレだしな」
「ふふ、ですね」
思い浮かべるのは、いつだかルクスがインベントリから引っ張り出した大きな革袋。ガッチャンゴッチャンと振り鳴らしていたアレの中には、彼女にとって『見つける』ことこそ重要だった宝物が収められているということだろう。
「良かったですね。とっても良いもの……なんて次元の素材ですらなさそうでしたから、序列持ち様の装備として全く不足ナシじゃないですか」
「だな。さる高名な宝石細工師様にも、特級ユニーク品の太鼓判を貰ったよ」
と、口を滑らせ……た訳でもないのだが、俺の言葉にソラはピクリと反応して、
「…………もしかして、昨日、あの後、二人で、ですか」
ハイ解散お疲れ様という別れの挨拶が偽りだった可能性に気付いたのだろう、嘘を付かれた形になるパートナー様がジトッと半眼を寄越してくるが……。
「そ。んでそのまま、あーだこーだ無限に喧嘩しながら二人で装備を作った」
敢えてスルーして、明後日の方を向きながら悪びれず言う。
当然、隣からは不満げな声が届き、しかし一瞬後。
「…………二人で、作った。あの、ニアさんに依頼したのではなく?」
聡明かつ俺読み一級を誇る少女は、俺が言葉に含ませた微妙なニュアンスを見落とすことなく拾い上げる。
流石だぜ。けれども、そんな流石のソラさんでも――――
「まあ、なんだ、あれです。俺も今や、ひよっこ魔工師の端くれなんでね」
流石にこれは、読めなかったんじゃないかなと。
「自分で出来なくもないってなれば、こういうのは自分で作りたくなるというか」
そっぽを向きながら、握り締めていた片手。
きょとんとする相棒の目前へ差し出したそれを、開いて見せれば。
「――――――ぇ……」
輝きを湛える、宝飾が二つ。
「ほら、俺、手足の防具、新しくしただろ――――ソラとお揃いだったやつ」
「…………」
「それで、だから、ソラは何も言わなかったし、もしかしたら気にしてないのかもとか考えたりもしなくはなかったんだけども」
「…………」
「俺はちょっと気になっちゃったというか、装備の新調自体は必要なことだったけど、ちょっと引っ掛かったというか」
「…………」
「これ言うの恥ずかしいんだけど、俺もパートナーでお揃いってのは特別感あって気に入ってたというか……まだ会ったばかりだった頃、ソラが俺に対して初めて言葉にしてくれた記念すべき我儘一発目だった訳で」
見開かれた瞳と、ポカンと開いた口。そして沈黙が彼女のリアクションの深度を物語っているようで……しかし、走り出したからには止まる訳にも行かず。
「関係性が変わったとしても、パートナーとして変わらず傍にいると誓った身としては……な。俺から擦るのはちょっとアレかもしれんけど、貫きたいと思い……」
「……………………ハルが」
「あ、うん」
「ハルが、作ってくれたんですか……?」
揺れる琥珀色が見つめるのは、一対の宝飾――――綺麗なスクウェアに整えられた小さな結晶石が外周を廻る、細身の指輪。
二つで一組の、パートナーリング。
「…………正直、指輪はどうなんだと、いろんな意味でどうなんだと、最後まで悩んだ、んだけど……まさかのニアに激押しされてな」
「ニア、さんが」
「あぁ、えっと……――――ソラのことは大切なパートナーとして、いくらでも贔屓しろって。アーシェも絶対、同じこと言うからってさ」
「…………」
彼女の言う通り。今日の昼食の席で答え合わせは丸を貰ったのだが、
それがなくとも、本心では。
「俺も、二人が許してくれるならそうしたかったから、指輪にした――――あぁ、いやっ、そもそも作ったとは言ってもだな? 流石に魔工ルーキーがユニーク素材を弄り回すなんて馬鹿な真似はできないから、俺がやったのはデザインのアイデアとか性能に関わらない細かい部分とか最後の組み上げくらいで、根本的な部分は本職に任せた訳だから実際のところは『合作』と言うのも烏滸がましいレベルの」
「でも」
羞恥に任せて聞かれてもいないことを捲し立てるが、ぽつりと小さな呟きにいとも容易く黙らされた俺は――背けていた顔を、覚悟を決めて隣へ戻し、
「ハルが、私のために、自分でそうしたいと思って、用意してくれたんですよね」
「…………………………そう、です」
もしかしたら、と思ったが、少女の瞳に涙はなく。
パートナーは、ただただ柔らかな微笑みを俺に向けていて。
「……せっかくですから、ハルが嵌めてくれますか」
「……マジですか」
「マジ、です。せっかくですから」
差し出された左手を、俺が受け取らないという選択肢はなく。
二つの内一つ。個から分かたれた片割れを摘まみ上げて、ソラの手を取った。
贈るのが指輪である以上、この展開も当然ながら想定している。ゆえに、求められた時に選ぶ指をどれにするかは決めていた。
「――――……っふふ」
「はは……」
左手の中指。右手中指の【剣製の円環】と対になる、収まりの良い位置。
ぶっちゃけ、事前に調べた『指輪を嵌める位置』なんてものは結局ガン無視して決めた。つまり左手中指は――――俺から見て、彼女の半身が収まっている逆側。
彼女が魂を分けた器に並んで、彼女の半身で在り続けると誓う位置。
そんな、それこそどうかと思う理由付けは、絶対に教えたりしないけれど。
「……サイズ、ピッタリです」
「魔法の指輪だからね」
「薬指だったら、どうしようかと思いました」
「それは、本当にどうしようだな……」
ただ素直に、綻ぶような笑顔を見せてくれたソラは――――
おそらく、そこで限界を迎えて、気付いた時。
俺は勢いよく飛びついて来た彼女に、ソファの上で押し倒されていた。
その造りが持つ意味は、きっと二人とも知らない。




