地竜の寝床
埒外の威容。尋常ならざる存在の圧。世界が寄越した『名』という情報以外には一切を知り得ぬ未知に対し、俺とルクスはおそらく直感を同じくしたのだろう。
「っ……ハー君!」
「わかってる!」
即ち、近付き過ぎるとマズい。
仮想世界における〝勘〟や〝直感〟は、得てして『気のせい』で片付けるべきものではない場合が多い。まことしやかに語られているオカルトめいた通説だが、俺自身それ系の実体験は数え切れないため肯定派。
更にキャラはどうあれ危機感知に関して他人を遥かに凌ぐであろう【旅人】と意見が一致したとあれば、それはもはや確信に変わる。
ゆえに、
「サファイアッ!」
『竜』を前に、竜を喚ぶ。影より出でるは星空の翼。
顕現した調伏獣の巨体が落下する俺たちを受け止めて……とりあえず成すべきことは一つ。適当に引っ付けているだけの影糸を増量し、ルクスを拘束。
何故って、そりゃもう――――
「っふぁああああぁあぁああっぁあああああっ!!!?」
「リアクションが二ヶ月おせぇんだわ世捨て人め……‼」
本人には俺自身が会う機会もなく語らずにいたとはいえ、サファイアの調伏に成功している件に関しては『闘技場』踏破から暫く後に公開している。
つまり知ろうと思えばいくらでも知れた世情を、彼女は高校時代の俺も斯くやといったレベルで認知していないという訳だ。この分だと、ソラさんも俺の「秘密にしとこう」発言を真に受けて内緒にしてくれていたらしい。
つまり、まさしくこれが初お披露目。
で、第一回目の【星空の棲まう楽園】以降『でっかいドラゴンを調伏してやる』と息巻いている彼女とサファイアが対面すれば……。
「なーっにそれズルいズルいッ!!! ハー君こんにゃろ隠してたなぁっ!!?」
「やかましい暴れんな状況考えろこのッ……!」
まあ、こうして暴れ出すのも予想できたということで。
「後でふれあいコーナー設けるから! 情報もなんもかんも教えてや」
「うわっはぁああぁあこっち見てるぅ! 羽ばたいてるぅっ! かっけぇええええぇええデッケぇえぇぇぇええ超かわいいぃぃいいっっっ!!!!!」
「聞いてんのかテメェッ‼」
しかして親愛なる僕ことサファイアさん、突如とんでもない環境に喚ばれたかと思えば背中で限界化する初対面の女を抱える主人に迫真の困惑顔。
いや容貌は無いんだけども、遠慮がちに長い首をたわめて振り向いた動作から内心が察せられるというか――――ともかく。
全くもって、安心できるという状況ではないはずなのだが……。
「一応、危機は脱した……のか?」
落下を経て遠ざかった天井、自身で開けた〝穴〟を仰ぎ見る。
追走していた土巨竜どもが入口を拡張して盛大に雪崩れ込んで来るものと思っていたのだが、どうにもその気配がない。
見失った? 諦めた? 或いは、
「…………」
状況も忘れてサファイアにペチャクチャ話しかけまくっているアホは置いといて、視線を〝下〟へ戻す。見ずとも圧倒的な存在感を伝えてくる、大地そのものに見紛う超巨大な『蛹』……しかしソレは、何故だか、不思議と、
畏ろしくも、怖ろしいとは思えなくて。
【地司之竜 ノウェム】――――情報ゼロ、心当たりもゼロ、真になんなのか全くわからない不明存在。けれども今、確かに拍動を刻むソレを前にして感じるのは、
「敵対存在じゃない、か……」
少なくとも、今この時はまだ。
近付かない限りはコイツが俺たちを消し飛ばしたりすることはないという、出所不明の確信が一つ……――というのは、やはり俺だけではなく。
「ルクス――――おいコラいつまで人の調伏獣を口説いてんだ戻って来いアホ!」
「あいたぁっ!? なんだよもー叩くことないじゃんアホってなにさ失礼な!」
重ねて、危機感知に関して他人を遥かに凌ぐであろう【旅人】様が、ガチで一切の警戒を解いてアホを晒している時点で察せられるところではあるが。
「どうなった?」
「無視……!!! ――――んまあ、もう大丈夫。〝道〟は確定したよ」
重ねて、俺たちは直感を同じくしていたということで。
「おつかれハー君。ボクが助っ人に来て良かったでしょ?」
「グルグル巻きのまま放り出すぞ貴様」
「それは殺人予告だよ!?」
俺もまた漸く緊張を解き、ドサリとサファイアの背中に腰を落とす。
マジで久々、純粋な冒険にて疲労困憊。しかしまあ……心底アホなことを宣っているようで、実のところルクスの言は根拠に満ちたモノ。
根拠とは何か。それは即ち――――
「アレ、持って帰っても怒られないってことだよな」
「へーきへーき。ボクの〝宝物〟がそう言ってる」
ただ生還するよりも、更に上を行く『最上のエンディング』の輝きによるもの。
『竜』の上にて竜の上。互いに一時の休憩とばかり力を抜いた俺たちが見据える先は、超広大な空間の天蓋――――その中央。
『蛹』こと【地司之竜 ノウェム】から揺らぐ可視化された〝なにか〟……竜気が細く細く立ち昇る先、鍾乳石や氷柱の如く形成された巨大な結晶柱。
下る雫ではなく、昇る気によって生じたのであろうオブジェクト。
先端に在るのは、遠目からでも否応なく魅入られる輝きが一つ。
「よっしゃ、それじゃハー君」
未だ簀巻きにされながら、立ち上がり振り返りドヤ顔で【旅人】が笑む。
「お宝を頂戴して、帰ろっか!」
「…………帰り道は、安らかなルートを期待しとくよ」
紛れもない『竜の宝物』に、黄金の瞳を輝かせながら。
◇◆◇◆◇
行きはよいよい帰りは怖いと言ったものだが、今回の冒険に関してはハプニングに見舞われた『間』はともかく行きも帰りもよいよいだった。
帰り道は《宝物へ至る者》の権能がデレたのか、土巨竜にも出くわすことなく地上へは恙無く帰還。やらかしただのなんだのと謎にしょぼくれているニアを三人がかりでフォローしたりなど一幕、二幕の追加はありつつ……。
「――――なんか、いよいよ笑えてきたな」
「ふぐぅ……っ」
ちょっとした冒険のつもりが思わぬ大冒険と相成り、俺を筆頭に皆が大なり小なりお疲れということでパーティは一時終了。戦果共有と反省会はまた後日――……ということにして、それっぽく解散という体で別れた後しばらく。
帰り道で釘を刺したルクス、そして事前に話を通しておいたニアを除く一人。即ち可愛い相棒に嘘を付く形で一人足を運んだアトリエにて。
無限にしょぼしょぼしながら〝物〟を鑑定している宝石細工師殿の様子に「いつもの切り替えの早さはどうした」と笑えば、返ってくるのは文句ではなく断末魔。
「気にするなってか、そもそも誰が悪いとかじゃないって言ってるだろ? 気遣いとかじゃなくて単なる事実だぞ事実。むしろ怖い目に遭わせて悪かったよ」
「わ、わかってる、けどさぁ……」
「わかってんなら不必要に落ち込まんでよろしい」
カグラさんもそうだが、高位の職人殿ってのは一度「自分が悪い」と決めつけると極限まで自罰的になる人種なのだろうか。
気持ちはわからないでもないが、珍しく落ち込んだ顔を見せられ続けて庇護欲をそそ……もとい、心配になるこちらの身にもなってほしい。
「むしろ今、いろんな意味で無限に頭を下げるべきなのは間違いなく俺だろ――――いっそふんぞり返ってご教示を頼むよ、先生」
「それは別に、あたしだって納得してるし……――っはぁ、もう、わかったよ」
視線から逃げるように一心不乱に鑑定へ励んでいた目を閉じて、ペチペチと両頬を叩いて深呼吸。そうした後に再び目を開けたニアは、
「――――ん……!」
俺に向かって、なにかを催促するように両腕を広げた。
なにを求められているのかは流石に察せられるが、パートナーとしての建前で自分に言い訳ができない彼女相手にそれは理性的な意味でキツいので――
「その、これで勘弁」
「…………まあ、よしとします」
「急に偉そうだなコイツ……」
背後に回り、ぺふぺふと頭を叩いた後に勇気を振り絞って髪を梳く。
我ながら可笑しいと思うが、たったこれだけのことが巨竜に身一つで挑み掛かることより遥かに困難かつ心臓に悪い。
とかく俺は、ニアの女子らしい弱い部分に心乱される傾向があるゆえ。
「そ、んじゃまあ、面倒な気遣いはこれにて仕舞いってことで――――本格的に『依頼』の話をしようぜ。〝物〟はどんな感じだ?」
パッと手を離すと同時、パッと話題を切り替える。
別に逃げた訳ではない。背中越しでも耳を赤くしているニアも含めて、互いの心を守るための戦略的な相互配慮だ。
「ん゛んっ……そ、そだね。まあ、端的に言って――――」
頻りに髪を整える仕草をしつつ、赤い頬で澄まし顔に努めるニアが机の上に在る〝物〟――無色透明に輝く拳大の原石を、指先でつつく。
「これ以上の宝石ちゃんは、自然産ではちょっとお目に掛かったことない、かな……? 誰かさんの髪飾りみたいな、ダンジョン産の特級ユニークは除いて」
「………………ってことは、つまり」
ヘコんでいる最中も「おぉ……」とか「えぇ……」とか「うそぉ……」とか「マジ……?」とか散々に呟きを漏らしていたから疑ってはいなかったが、俺とルクスが持ち帰った例の〝宝物〟――――【地竜心魂ノ結晶石】は、紛れもなく。
「あは、は……手を加えるのが怖いタイプの、怪物だね。おめでと」
俺が求めていた、この世に二つとない、正真正銘の唯一品ということだ。
【地竜心魂ノ結晶石】――――地底に眠る地竜が発する竜気を受けて成長する大結晶柱の核にして命にして〝梢〟である竜晶石。結晶柱は下へ下へ重なり伸びているのではなく竜の気を喰らって成長している一種の生命体であるため、先端であり始まりの種であるコレこそが最も長く〝力〟を浴び続けた最上の部位。
ぶっちゃけ隠し隠し隠しエリアの第一発見者報酬みたいな代物。次に実るのはアルカディア時間で数年後か数十年後か数百年後か……。
欲しくば探せ、他の『竜』を。




