向かう先は
ルクスが開けた巨大な風穴から、悪夢を体現するが如く広間へ流れ込んだ巨竜は三体。甲殻の形状や体躯のサイズなど微妙な差異はあれど、それらは紛れもなく俺を現在進行形で追い込んでいる【大財を隠せし土巨竜】に他ならない。
どうなってんだよこの魔境。
一地域に化物密集しすぎだろ、まさかコイツら実は群れを築くタイプの雑魚って訳じゃないだろうな……などなど言いたいことは山程あるが、
「んのッ……!」
雪崩が近付く。死が近付く。なれば痺れた頭も疲れた身体も無理矢理に動かなければ――――と、十割反射で戦意を単体から複数へ向け直そうとした瞬間。
「あっダメダメダメだめですハー君ストぁーッッッッップ!!!!!」
「なに――――ッほヴぉア!!?」
地響きを上げてうねる竜を、まさしく風のような快足で振り切ったルクスが声を張り上げて突っ込んで来ると同時に腹部への衝撃。
まさかのラリアットで浚われたアバターは混乱と併せて抵抗も出来ず運ばれていき、悲鳴を上げた三秒後には終点へ辿り着いた。
即ち、壁と背中の熱く激しい抱擁である。
「ごばっは……ッ!? おま、ふざっ、死ぬっつの……‼」
ただでさえ一割まで減っていたHPが更にジワリと削れ、受け身も取れずに突き抜けた衝撃が再びの強制硬直を齎す。ゆえに当然の権利とばかり文句を漏らすも、
「ハー君、盾! 早くッ!」
ルクスもルクスで、別におふざけや戯れで無茶苦茶をやらかしている訳ではないらしい。快活で賑やかな声音はそのまま、しかしほんのり真剣味を帯びたそれを聞いて目を瞠れば、視界に映るのは黄金に輝く彼女の瞳。
《宝物へと至る者》――――その権能の確度は、相棒からよく聞かされている。
「……ッ――〝想起〟!」
一瞬のデバフが搔き消えた瞬間、左腕に喚び出した双盾を二枚組み合った大盾形態のまま岩床に突き立てる。壁と盾の間はピッタリ二人分のスペース、やたら距離が近いがそんなこと言ってる場合か緊急避難だ。
更には俺を攫った勢いそのまま引っ付いているルクスの魔法だろう、轟と吹き荒ぶ風が身を固める俺たちを取り巻いて……――――
守りの向こう側で、地獄のような喧騒が響き始めた。
「は、ちょ、なになになになにッ!? なにが起こってんの怖い怖い怖いッ‼」
「あは、えーと……怪獣大戦争?」
「お前は本当になにしてんの!?」
無差別に撒き散らされて盾の上を舐める熱線、怒鳴り合うような咆哮の連鎖、そして俺との一対一などとは比べ物にならないほど巨大な地震の連打。
盾の向こうで起きている光景は想像が付くものの、暴れ散らしている怪獣どもの統一されたビジュアル的な問題も相まってあまり想像したくない類の地獄。
敵の敵は味方パターン、或いは単純に縄張り争いの誘発、ルクスのやりたいことってかコレを目論んでたんだろうなってのを察するのは簡単だが――
「おいコラ【旅人】様……! コレが〝どこ〟に行き着くんだよ……!?」
「んえー……わっかんない」
「わかんない!?」
「だってほら、ボクにわかるのは〝道〟が向かってる先と望んだ〝宝物〟だけだからさー? 道中でなにが起こるのかなんて、起こってからのお楽しみだもん」
だもんじゃねえよ余裕か貴様……‼
「まあまあハー君、ボクが来たからには心配いらないってば。ちゃんと〝道〟も続いてるし、最高のエンディングは約束されてるって訳だよふっふふふ」
盾一枚を挟んでビシバシ背中に伝わっているであろう死の気配をものともせず、ぐでっと俺に身体を預けて図太くひとごこち付き始めたルクスを見て確信する。
あぁ、うん。
こいつ、やっぱ根本的には常識はずれなんだ。
「………………俺、ソラから聞いてるぞ」
「うん?」
「お前の権能、確かに『絶対にゴールへ辿り着ける』って点は百パーセント信用していいレベルのぶっ壊れ能力には違いないが……」
「んえっへへ、そうだよー? あんまり頼り過ぎるのは旅人としてアレだけど、ここぞという時には抜群の緊急手段として――――」
「その道中で、軽率に地獄みたいな苦労を強いてくることも珍しくないって」
「頼りに、なる………………」
「………………」
双方、見合って、
「てへっ☆」
「きっつ」
「それは酷くないっ!? ボクだって歴としたレディなんですけど!!!」
「おごふっ!? テメッ、やめっ、だから死ぬっつの!!!」
冗談めいたやり取りが展開されるも、状況は全くもって冗談ではない。
盾と風、二重の守りで熱線乱射はカットできているものの。なにかの拍子に巨体の一つでも飛んでくれば即死待ったナシだ、一寸先は闇である。
ゆえに、誠に癪ではあるが……――――
「…………で。お前の言う〝道〟は、どこに向かって伸びてんだよ」
これを打開できる〝道〟であると言うのなら、地獄の苦労とて大歓迎。
むしろ、俺だって別にそういうのは嫌いじゃない――とまで言うと調子に乗るのは目に見えていたので、わざと半眼と低い声のセットを向ければ、
「んっふふふふふ」
「レディというより、歯に衣着せず言えばクソガキの振る舞い……」
「だから酷いよっ!?」
返ってきたのは、素直じゃないなぁ的なニマ顔。
アホはアホでも鋭いタイプのアホは手に負えない。親愛の暴言でわかったような顔を粉砕しつつ、更なる茶番を一つ挟んで……旅人が、指をさす。
その方向は、
「……………………マジで?」
「マジで」
そして、次の瞬間。音だけでも終わりなき激化を察せられる竜の争いが、臨界点にまで達した時――――異音が走り、亀裂が生じる。
それは、他でもない。
「あは、下へ参りまーす」
壁際にいる俺たちの元まで伸びた、床面の罅割れ。
しかして、数秒後。
「いや帰り路から逆走じゃねえかよぁあぁあああッッッ!!!!!」
崩れる足元、瓦解する広間。
遠ざかる天井を仰ぎ見ながら叫んだ俺の声は、
『『『『――――――――――――――――ッッッ!!!!!』』』』
同じく雄叫びを上げた怪獣の輪唱によって掻き消されるまま、
更なる地の底へと、落ちていった。
Q. 床薄くない?
A. そういう建築様式。




