逆鱗
移動不能。自らの意思で脚を動かせなくなるが上半分は動かせるしスキルやらなんやらも使用可能という、実にゲームらしい限定的な金縛りの状態異常。
たった五分ちょいの間にも幾度となく連打されたことで、能力発動の大まかな感覚は読み取れている。自由行動が許されるのは効果が途切れた後の約八秒だ。
んで、奴はその間を丁寧にほぼほぼ動きようがない拡散レーザーぶっぱで埋めてくる訳だが――何度も見てりゃ、流石に安置くらいは割り出せる。
「《天歩》」
喚び出すは盾ではなく紅の長槍。飛び退るのではなく踏み込むは、わかりやすくレーザーの遮蔽となる巨体の陰……ではなく。
熱線を吐き散らす口の上、触手に埋もれるように存在する目玉。
数十と並ぶ内の一つへ着弾すると同時に《水属性付与》起動。ルクス曰くの「ほっとんど効かない」は全体の耐性ではなく有効部位がほっとんどねえって話。
つまり魔法を打ち消す甲殻に守られた部位以外ならば通る、それは道中の雑魚相手で検証済み。更に、ありがちな『特定の攻撃に対する守りを固めている相手の内側はむしろソレが絶大な弱点』の法則に則り――――
「どんだけ暴れようが、自分の頭の上に唾は吐けねえだろう、よッ‼」
反射めいて迎撃に寄越された触手の対処を『赤』の右腕に任せながら、魔を籠めた長槍の石突を勢いそのまま目玉に叩き込んだ瞬間。
響き渡るのは怒り交じりの明確な悲鳴、予測通りのクリティカル判定だ。
のたうち回り熱線を吐き散らす怪物の上、ようやく反撃の一手を返せたと……しかし、一息つく暇なんざある訳がなく。触手に埋もれる眼球に殴り込んだ、即ち俺もまた熱線放射に際して赤熱している触手の海に埋もれている。
星剣が『赤』を鎌と成して刈り取ってくれているも只中では流石に追い付かず、痺れのような仮想の熱感がアバターの耐久を貫いてHPを焼く前に一手。
オラ、頭冷やせよボケモグラ。
「《フラッド》」
盛大なダメージエフェクトを吹き出しながらバチンと閉じた目玉一つ。目蓋にホールドされた槍を支えに、マウントを維持しながら〝水〟を呼ぶ。
――――さて。物理法則やら諸々が現実に比してややオーバーに表される仮想世界にて、赤熱する大量の金属触手に冷水の瀑布を叩き付けたらどうなるか?
はい、水蒸気爆発。
『――――――――ッッッ』
これに関してはダメージなど期待しちゃいないが、突如として起きた爆発に頭を丸ごと揺らされたとあっては流石の竜も驚いたのだろう。
戸惑いを感じさせる声鳴りを響かせ、蒸気に呑まれた巨体の影を……――見下ろす俺は、爆風に乗り遥か頭上の洞窟天井に着地すると同時。
衝撃を受け止めた双盾を送還。
一当てのサポートを無事に果たしてくれた星剣の『赤』を解く。
《天歩》及び《天閃》及びに『纏移』の並列起こし。
【仮説:王道を謡う楔鎧】起動。
《フリズン・レボルヴァー》六重装填。
外転出力『廻』――――上限点火。
見晒せバケモノ、やりたい放題の全部乗せだ。
「ぶ――――――――ッッッッッとべオラァッ!!!!!」
踏み切り、着弾、破壊と轟響。
無条件で乗せられる〝威力〟を全て叩き込んだ左拳が届いた瞬間。着弾地点の周囲十数の瞳が弾け飛び、土竜の巨体が崩れ広間全体が激震に揺れた。
この上ないほどのクリーンヒット。そこらのちょっとしたハーフレイドボス相手ならば、情け容赦なしにゴッソリHPを持っていける自信がある渾身の一打。
しかして、その戦果はと言えば……。
「ッハ、知ってた」
二十五段重ねで表示されている命の内、一本分にも満たず。
ま、仕方ないな。あの『白座』然り、超越存在ってのはこんなもん――――
「ッ゛――――ご、っば」
予想通りの馬鹿タフネスに苦笑いを漏らした瞬間、全身全霊の反動にて宙で硬直していた身体を土竜の〝腕〟が捉える。
大木のようなそれが唸りを上げて矮小な身を攫うと同時、激甚な接触の衝撃が突き抜け【藍心秘める紅玉の兎簪】の『致死無効』が容易く弾け飛ぶ。
そして、行く先は地。
痛打を与え逆鱗に触れたか、先程までと比べても一層に激しいアクションを以って――――竜の大腕が、一切の忖度ナシに俺のアバターを地面と挟み込んだ。
再び、そして一つ前と比べても上回るような轟響。空洞全体が崩れるのではと思えるほどの地揺れを感じ取り、もはや流石は『竜』と畏怖しか湧いてこない。
端から一人で相手になるなどと自惚れて挑んだ訳ではなかったが、ここまで圧倒的だと改めて素直に負けを認める他ないだろう。
だからまあ、今回は仕方なし――――
まあ、それはそれとして。
有言実行。最低でも十矢は報いさせてもらうけどな?
『――――――――』
アバターを散らさず、圧倒的な質量と大地にサンドイッチされたまま。
その身もHPも毛ほどすら損なわないまま足元にある虫が如き生き物を、不思議そうにしながらも丹念に磨り潰すべく竜が前脚を動かす。
極大の閉塞感と圧迫感、そして冗談のような衝撃の渦。控え目に言ってトラウマ案件だが、仮想世界に限っては悲惨な死亡体験など慣れっこである。
なので、奴の戯れは下敷きになっている俺にとって単なる有利行動……さて、時間だ。覚悟はいいかモグラ野郎、はいさーん、にーい、いーちッ‼
「――――――螺旋…………輝槍……ッ!」
押し潰されたまま、ミリも開かない口の中で無理矢理に紡いだ鍵言。
槍は手の中に在らず、在るのは置き去りにされた竜の瞳。
さあ、グリグリ返しを喰らいやがれ。
『――――――――ッッ!!?』
【魔煌角槍・紅蓮奮】の遠隔起動。喰らった命を糧に魔力を吹き散らして旋転する槍が、目蓋の内側を豪快に抉ると共に眼窩から勢いよく飛翔する。
ダメージの多寡はともかく、どんなバケモノも大概は急所を突かれりゃしっかり反応するのがアルカディアのいいところだ。純粋な悲鳴の咆哮を上げた土竜が堪らず身体を逸らし――――腕は持ち上がり、枷は解かれ、
ダメージ発生から十二秒ジャスト、凍結されていた〝時〟が動く。
衝撃から脱しきれぬ身体を無理矢理に蹴飛ばし、伸ばした指先が【大財を隠せし土巨竜】に触れた瞬間。
真っ赤に染まった〝兎の眼〟が炸裂するかの如く光り瞬き、
「やるよ、痛み分けだ……‼」
三度目にして、前二つを遥かに上回る大轟響。
音を逸した衝撃が迸り――――竜の巨体が、宙を舞った。
兎の逆鱗。
なお素材的な意味で服に兎は一切関わっていない模様。




