竜と兎
どこ見てんだテメェとばかり飛び出して、盛大に横っ面を引っ叩く――――誠に遺憾ながら、埒外の怪物に対する俺の優位はそこまでだった。
視界端に表示されているステータスバーを見る限り、今のところ無事に離脱を進めてくれているであろうソラたちが離脱してから暫く。
囮役に関しては既に十二分。本当ならすぐにでも逃げ出したいところだが、とある事情からそれが叶わなくなってしまった哀れ極まるプレイヤーは……――
「――――ノォオオォおぉおオぁあアァアアアアアアッッッ!!!」
地下の空洞にて一対一。不本意ながら向き合わざるを得ない巨体と対峙するまま、竜頭から降り注ぐ終わりなき槍撃を左右の紅刃で斬り払い続けていた。
槍の正体は、金属質に輝く黄金色の触手。自在に伸縮する癖に並みの鉄よりも硬いそれらはギリギリ目で見て反応できる速度であったが、その些細な有情分を打ち消すほどの馬鹿物量がメンタル及び集中力諸々を削り取っていく。
なお、いくら断ち切っても即座に再生する模様。ハハハそうだよな『竜』とか『ドラゴン』って大体こう再生能力が高いイメージあるし――――触手百裂拳してくるファンタジーの王はちょっとこう解釈違いかなぁッ!!!
ジリ貧もジリ貧、攻めに転じる僅かな隙すら見当たらない。滅多打ちの最中は他の動きを止めてくれるのが極めて有情っちゃ有情だが、実際のところジワ削り確定ターンであるため俺にとっては損しかないので百割クソ行動だ。
そもそも、存分に脚を動かせりゃこんなのに定点で付き合う必要も
「ッ……‼」
不意に〝槍〟と〝視線〟が途切れたその瞬間、ターンの切り替わりに即応して《天歩》起動。大股一歩で壁際まで跳ね飛ぶと同時、召喚した【双護の鎖繋鏡】の陰に縮こめた身体を押し込み防御姿勢を取った――――次の瞬間。
『――――――――――――――ッッッ!!!』
金属の擦過音が如き歪な咆哮と共に、広間を熱線の暴威が埋め尽くした。
如何なる原理でそうなっているのやら、口元から四方八方へ放たれる拡散レーザーは触手の手数をも超える正しく無数。回避がどうとかいう次元のソレではないので、取り得る択は防御と祈りの併せ技のみ。
幸い別たれている分だけ一本一本の圧は許容範囲であり、元より高い自前のMIDによる魔法耐性、そして相棒の置き土産であるVIT:300の常ならざる耐久のおかげで盾の上からならば耐えられる――が、これに関しても見極めが必要で、
途切れた熱線を確認するや否や、盾を送還しながらの再び《天歩》点火。
「ッッッずぁ……っぶぇあ! 生きた心地がしねぇっつの……!」
命からがら壁際から脱した俺のアバターを轟音と衝撃で煽ったのは……他でもない、宙を舞ってカッ飛んできた土巨竜の馬鹿巨体。
いつかの【砂塵を纏う大蛇】ほど俊敏ではないものの、動けるタイプの大怪獣ってなやつで真実まともに手が付けられない。
いや、これに関しても気兼ねなく走れりゃどうとでも対応は出来るのだが……――――ハイ来ました最クソ行動クールタイムとか無いんですかねぇッ!!!
ステータスバー下部に点灯する『凝視する大眼』のデバフアイコン。
鎌首をもたげて俺を見た無数の瞳が禍々しい光を放つと共に、アバターの足が縫い留められガクンと強制的に歩みを奪われる。
推定コイツ以外の謎存在から飛んできた先の『恐慌』ほどではないが、十二分に脅威かつ理不尽な強制行動不能状態異常……つまるところ、これが走れぬ原因。
いつも通りの速度で気ままに走ってみろ。不意に両足をロックされた瞬間、自らの速度で大地に被おろし金されて試合終了待ったなしだ。
こちらを見る以外の予備動作がほぼ存在しないってのも極悪非道だが、なにより軽率に連発してくるのが本当に酷過ぎるってか純粋に俺もうコイツ嫌い。
無法な行動阻害連打は低評価ボスの最たるものだぞクソボケモグラッ‼
んで、正しくはこっちが奴の動きが止まる理由なのだろう。相手の足を止める代わり、自分も足を止めなければならない……とまあ、そのフェア精神は誠に結構なのだが――それはつまり、こうなった次の行動パターンはただ一つという訳で。
「ずおぉおオぁぬぁあアァアアアアアアッッッ!!!」
賑やかな触手千本ノックの開幕である。ハハハ、埒が明かねえわド畜生。
ええいこうなりゃ仕方なしッ……! どうせもう撤退は望み薄なんだ、徹底的に無謀な抗戦を決め込んでやろうじゃねえか‼
チラと視線を送った元出口。先のような巨体ダイブにより開戦一分で見事崩落しやがった唯一の逃げ道は相も変わらず隙間なし。確かに『不思議な力』で塞がれはしなかったが、物理的かつ力ずくで塞いでくるとか聞いてない。
……もう本当、流石は常識が通用しない怪物ってか?
よろしい、ならばこちらの択は全力戦争だ。
「真白ノ追憶――――『赤円』」
星剣召喚、鍵言宣告。瞬時の切り替えで右手に納まった『白』から『赤』が溢れ出し、主の腕を呑み込んで輝く結晶の武装を成す。
自動制御の死神の鎌。槍の迎撃を魂依器へ一手に任せ……更に、
空いた片手で、帽子を下ろす。
もうウンザリするほど奴の攻撃は見ている、ゆえに蓄積はフルカウント。一応は録画をしているこの戦い、世に公開するか否かは未定だが……。
身内で鑑賞した場合の、アイツのニマ顔が目に浮かぶというものだ。そしてコレを使うとあらば、最低限の格好付けは果たさなければならないので――
「行くぞこらボケモグラ……一矢と言わず、十矢くらいは報いてやんよッ‼」
しかして、足を縫い留めるデバフアイコンが消えた瞬間。
「《時を威殺す白兎》」
耳を生やした帽子の〝頭〟――――白蒼に輝く瞳が二つ、冷たく静かに瞬いた。
初出から能力起動まで250話弱ってマジ???




