地の底から
十秒、二十秒、三十秒――――両眼を揃えて開放された本人談「大したことのない」権能により、対の藍玉が殻を見通し宝石を探して直走る。
「ニャーちゃん、どんな感じー……?」
探査開始五秒でウズウズし始めていたルクスが待ちきれなくなったのだろう。彼女にしては控え目に問うと、ニアは静かに「ちょっと待ってね」と答えた。
「………………見透かせるは見透かせるんだけど、抜け殻にも少し魔力が残ってて……曇ってるから、深くまで見るのちょっと時間掛かる」
「焦んなくていいぞ。ボスは反応ナシ、安眠中だ」
【藍玉の妖精】の瞳が見通せる物質は、魔力を全く或いは僅かしか帯びていないものに限られる。仮想世界に存在するヒトやモンスターは皆が大なり小なり魔力を帯びているとのことで、元は身体の一部だった殻にもその残滓が在るのだろう。
ゆえに、視界が曇っているとニアは称した。けれども、決してダメとも無理とも不可能とも言わなかった通り――――
「…………ぃヤッバいの、あったよ。飛び抜けてキラッキラしてるのが、三つ」
能力行使に際して輝く瞳を……それこそキラッキラさせて彼女が齎した報。極めてポジティブに期待を煽る言葉に、三人揃って「おー」という声がシンクロした。
しかしてニアちゃん、渾身のドヤ顔。
いやまあ、よかろう。今は堂々と胸を張りたまえ。こればっかりは職人がどうとか関係なく、真実ニアにしか出来ない特別な芸当な訳だからな。
「よし来た。大体でいいから、場所を教えてくれ」
「りょうかーい。ん、こっち来る」
手招きに従い近寄れば……なにやらガッと両肩を掴まれたかと思えば、同じ方を向く形で正面に背中を抱え込まれてしまう。いや近い
が、やりたいことは察せられるし、必要なのも頷けるので小言はナシだ。
「ひとつめ、あの辺り。下の方に少し大きめの罅割れがあるの見える? あれの近く……んーと、ちょい右くらい、表面に見えてる青い宝石の奥」
「……多分、大丈夫。青いやつの隣、それよりちょい大き目の黄色があるよな?」
「あ、オッケー完璧。んじゃ次、ふたつめは……――――」
斯くして、肩越しにニアが指差す〝宝の在処〟を教わっていく。
こういう時にも輝くのが『記憶』のギフト。言葉による注釈も含めて、必要な情報の一切合切を覚えておくなんてのは朝飯前である。
「――――以上、三つ。大丈夫?」
「あぁ、問題ない。一応その場まで行ったら答え合わせ頼む」
「ん、わかった。……あ、ちなみにだけど、ひとつめが一番ヤバいってか大物だよ。一応、先に確保しちゃったほうがいいかも?」
「オーケー、了解した。……っし、それじゃ――――こら、放したまえ」
背中に引っ付いていたニアを剥がしつつ、顔を向けるのは残る二人。
微笑ましげにニコニコしている【旅人】殿の視線も居心地が悪いが、その隣で優しげな笑みを浮かべていらっしゃるソラさんも恐ろしい。
が、後のことからは目を逸らすとして。
「逃げ道が塞がれるとかはないと思うけど、万一やらかしてアレに気付かれた場合は……一応、しばらくは俺が引き付ける。その間にニアを連れて撤退してくれ」
「ん゛ん……お世話かけます」
「こっちが世話になったばっかだぞ。お互い様だ」
念には念を。生物らしからぬ熱線を撃ち放つ【財殻の大土竜】の親玉なのだから、それ以上の無法をぶっ放してくる可能性は高いだろう。
考え無しに俺が通路へ逃げ戻り、そこへノータイムで極太ビームでも投げ込まれた日には流石にどうしようもない。離脱のタイミングや手段は考える必要がある。
んで、
「了解ですっ」
「はいはーい。ニャーちゃんの護衛はお任せあれ―」
異議がないのは、信頼の顕れと自惚れても差し支えないだろう。素直に頷いてくれた二人に頷き返しつつ、気配を抑える【隠鼠の外套】を羽織り帽子を被る。
「はい、忘れ物」
「おっと」
スイっと差し出されたのは預けておいた簪。ニアに力を返納した分『藍玉の御守』の能力は使えなくなっているが、他二つは健在。
お世辞抜きで俺のビルドの要となっている正真正銘ぶっ壊れアクセ様だ、着け忘れたとあれば冗談ではないレベルの戦力ダウンである。あぶねえ。
「つけてあげよっか?」
「怒涛の攻め勘弁して?」
ニマーっと笑う製作者様の手から【藍心秘める紅玉の兎簪】を掻っ攫いサクッと側頭部へセットすれば、設定された形へ自動的に髪が整えられていく。
超くすぐったい……が、これも流石にもう慣れた。
「ではでは、作戦開始ってなことで」
立て続けに俺を揶揄えたからか、ご機嫌なニア。
おそらくは後の埋め合わせ要求を考えて、穏やかな笑みを湛えているソラ。
そして、早くお宝を取って来て見せろという好奇心百割の視線で急かすルクス。
三者三様な女性陣からの戦略的退避とも言うべき一歩を踏み出し、通路の陰から広大な広間へ身を晒した――――その瞬間、空気が切り替わるのを感じる。
未だ眠り続ける【大財を隠せし土巨竜】に気付かれた……という訳ではない。尋常ならざるアレが放つ異様な気配に満たされたこの場が、尋常の世界から隔絶された異様の領域と化しているだけの話だ。
「…………」
息を殺して、気配を消して、壁伝いに一歩ずつ。思えばエネミー相手にガチのステルス行など、アルカディアを始めてからは初のことだろうか。
アーシェの言うアナログゲーで触れた作品を思い出すな――あれは怪物ではなく人間相手だったが、性に合わないと思い長続きしなかったことを覚えている。
なんか上手いこと緊張感を楽しめなかったというか、入り込めなかったというか。緊張よりも先に煩わしさを感じてしまって……それと比しての、今。
ねえ、なにこれ。
緊張感やら臨場感やら威圧感やらが過多過多も過多で、普通に怖いんだが?
◇◆◇◆◇
「…………み、見守ってるこっちまで、緊張しますね」
「あっはは。似たようなことボクも一人でよくやるけど、結構楽しいよ?」
「そんなアトラクション感覚で言われましてもぉ……」
囁き声を交わしつつ見守る先。音もなく一歩一歩確実に、けれども流石の身のこなしでスルスル道程を進んでいく背中から緊張は読み取れず。
実際に本人が今なにを思っているのかなど想像は付かないが……思い切りの良さというか、勇気というか、男の子だなというか。
二度に亘るイベントの時もそうだったように、やはり自分は単純らしい。
こういう風に率先して先を突き進む姿を見せられる度に、胸の奥がギューっとなって視線を逸らせなくなってしまう――――と、
「ぁ、と…………っ……っ」
ぽけーっと眺めていた彼が早速ひとつめのポイントに辿り着き、遠目から『答え合わせ』を求めてニアの方を見た。透視眼を起動したまま慌ててそれにブンブンと頷いて見せれば……なにを思われたか、返ってきたのは可笑しそうな笑み。
おかしな反応を見られた恥ずかしさが一つ、笑いかけられた嬉しさが一つ。そして、役に立てているという自負から生じる喜びが一つ。
ソレもその一因と言える、ニアが授けた《魔工》に連なるスキルを宿した手。青い光で殻壁を切り開いていく慣れた様子を見るのも、また少し嬉しい。
本人は度々「才能なさそう」なんてぼやいてはいるが、二ヶ月そこらで簡単なアクセサリーを作れるようになっているだけ十分な進歩と言えるだろう。
流石に戦闘と同レベルの天才などとは煽てられないが……教える側としては、少しくらい要領が悪いくらいの方が可愛げを感じられてヨシ。
これからの成長が――なにより、これからも二人きりで重ねる機会があるだろう『授業』の時間が、無限に楽しみで仕方ない。
背を見てぽやついたり未来を見てニヤついたり振り返られて慌てて首を振ったりと忙しいニアを他所に……二つ目、三つ目と彼は順調に歩を進めていった。
切り開いた殻の奥から無事に宝石を掘り出しては、すかさずインベントリに確保を都度三回――――ミッションコンプリート、これにて戦果確定である。
「っ…………ふぅ……」
彼の相棒が、無事の遂行を目前とした作戦に一足早めの安堵を零し、
「こういうこと出来ちゃうのが、やっぱ反則だよねぇニャーちゃんの魂依器。身体一体型じゃなければ、ボクも存分に活用させてもらいたかったんだけどなぁ……」
お得意様にして友人が、過去にも何度か聞いたことを残念そうに言って、
「んへへ、それほどでも……」
前者の様子にほっこりしつつ、後者の持ち上げに頬を緩めつつ、
行きと同じく静かに迅速に帰り道を辿る彼から、ふと目を外して――――エリア中央にとぐろを巻いて眠っている、怪物へ視線を移した。
それは、ほんの気まぐれ。
身体に繋がっている以上は碌に視えないと確信しながらも、アレの背に載っている巨大な『財殻』には、どんな宝物が隠されているのだろうという興味。
そうした好奇心を抑え切れず、それまで意図して目を逸らしていた奇怪で恐ろしげな巨体へと藍玉の双星を向けたニアは……――――――――――――
「――――――――――……ぇ?」
不意に意識へ触れた視線を、不思議に思い。
未だ眠り続ける土竜の、下。
なにかを感じ取り向けてしまった視線が、岩肌の地面を貫き、行き着いた先。
深い深い、地の底にて。
「――――――――ひっ……!?」
目が合い、悲鳴を抑えられなかった彼女の膝が崩れた瞬間。
大空洞に、比喩ではなく――――激震が走った。
その事故、予測も回避も不能につき。




