土竜の寝床
「――――うわっはぁあぁああぁあああああっ……!!!」
「「「………………」」」
ゲームプレイヤーとして当然の予測が現実となって目の前に現れたのは、更に深く深く歩みを進めてから暫くのこと。そして洞穴の終端に待ち受けていたその光景を見た四人の俺たちの反応は、これまた当然の如く三対一に分かたれた。
片や一名。ここへ至るまで友人から散々「マジ勘弁して」と怒られたからだろう、お利口に声量は絞りつつもテンションは隠さず小さく跳ねながら歓声を一つ。
片や他三名。願い空しく……それどころか、いろいろな意味で想像を超えてきた暴力的な視覚情報の洪水により言葉を失い無事フリーズ。
この後に待つ展開を認め、早くも顔色を青くし始めているソラさん。そして職人魂と一般人メンタルに板挟みになっているのだろう、溢れんばかりの喜色と底なしの恐怖心により差し引きゼロの無表情で固まっているニアちゃん。
斯くいう俺も、そうしていなければ瞬で突撃していきそうだったルクスの首根っこを掴みつつ…………地底とは思えない、目も眩むような輝きに満たされた〝玉座〟を前にして。ただただ口を開けっ放しに呆然としていた。
歩みの果てにあったものは、辿った洞穴が細道にも思えてしまう巨大空間。直径百メートルを優に超えるであろう円形の広間を形作っているのは黄金色――つまり、数えるのも馬鹿馬鹿しいほど無数に寄り集まった【財殻の大土竜】の殻。
そして、その一面の黄金に埋もれた色とりどりの煌めきたち。
此処に至るまで相当数の土竜は狩ったはずだが、結局は『見落とし品』か『忘れ物』くらいの頻度でしか目に掛かれなかった宝の山。
非戦闘員にして割かしビビりな細工師殿が、バケモノを前にしてなお誘惑に足を縫い留められたのも頷けるというものだが……――――いや、デケぇよ。
「【大財を隠せし土巨竜】…………これ、まず間違いなく――」
「レイド級のボスエネミーだねぇ……!」
「…………な、何メートルくらい、あるんでしょうか」
遠距離からの目測ではあるが、アレで『幼生』らしき【財殻の大土竜】と比較しても巨大な体躯はザックリ推定三十メートルオーバー。
懐かしき砂漠に棲まう【砂塵を纏う大蛇】と同等か、それ以上。
蛇の名を体で表すように比較的シュッとしていた大蛇と比べ、土竜は微妙に太めな分だけ余計にデカく見える。加えて、向こうは『龍』めいたデザインで普通に格好よかったのに対して……コレは、ちょっ……と…………。
「でっっっかいねぇ……!」
「……俺、モンパニ系の映画でアレ系のラスボス見たことあるわ」
「…………それ、ハッピーエンドですか?」
「あたし、知ってるかも……無残に全滅して砂漠の藻屑になる奴でしょ」
ご機嫌な一人と、慄く三人。四っつの視線を一身に受けながら、エリア中央で眠っている異様の姿は端的に言って奇怪な怪物というかパニックホラーの化身。
基本造形は『幼生』と変わらないが、三点ほど進化している部位がある。
まず一つ。鼻先もとい口先どころではなく、首……なのかどうかは不明だが、首元らしき位置までを覆う長大な触手の海。
幼生のソレとは違い金属質な質感であるため生々しさが薄いのが救いだが、それでも超絶気持ち悪いことに変わりはない。バトル的な観点から見ても、超絶面倒臭い動きをするであろうことは容易く察せられるというものだ。しんどい。
次に二つ、異様に発達した長大な前脚。
手首、肘、肩と明確な関節を備えたそれは、もう完全に『土竜』のソレではない。無いに等しい後ろ足と併せて、殊更に意味不明な存在という感が増している。
バトル的な観点から見ても絶対に面倒臭い以下略。
ラスト、目玉。なんか、もう、いっぱい増えてる。以上、異常。
「………………よし、提案があるんだが」
「うん?」
「「どうぞ」」
「こっからニアの『眼』で目ぼしい宝石にアタリを付ける。んで、こそっと戦利品だけ頂いて退散するってなプランは如何だろうか」
「んえー!?」
「「異議なしです」」
約一名から不満げな声が上がったものの、申し訳ないがアレに喜び勇んで挑み掛かる気は……少なくとも、現在のシチュエーションでは起きない。
まず前提として、俺はニアに『絶対ゲームオーバーにはさせない』と約束した上で【アウトサイド】に連れて来ているという問題がある。
もはや慣れ切ってしまった俺が少々おかしいだけで、一般的な観点から言えば現実と遜色ないリアリティの仮想世界における『死』は恐ろしいものだ。
華々しい戦闘に憧れて意気揚々とプレイヤーと成り、数日足らずで『造りモノにして本物の戦い』に恐れ怯え挫折する者は……実のところ、少なくないらしい。
ニアは本人談そういった挫折組ではないものの、アルカディアにおける戦士メンタルを培っていない彼女にとって戦場はシンプルに怖い場所に他ならないのだ。
だというのに、こうして同行してくれているのは――加えて言えば、緊張しすぎることもなく時に楽しげな笑みさえ見せてくれているのは、
ひとえに、俺の言葉と実力を深く信頼してくれているからな訳で。
「悪いけど、大事な職人様を怖い目には遭わせられん。挑んでみたい気持ちは正直わかるが……ま、今回は呑み込んでくれ」
「んっんー…………――や、うん、そうだよね。流石に……うん、オッケー了解」
思いの外……などと失礼なことは思わない。
テンションもノリも勢いも基本的にぶっ壊れてはいるが、ルクスは別に空気が読めない真に残念かつ不道徳な人間ではないと察しているから。
「悪いな、また近い内に来ようぜ」
「おっと、早くも次のデートのお誘いかな?」
「デートじゃねえ。もっと人数を引き連れて来ようって話だっつの」
蟻の巣と同じく何を持ち帰るべきかの目利きが必要となる以上、実際のとこ職人の同行はあった方がいいのだろうが……だとしても、それ前提の準備がいる。
最低限、非戦闘員の護衛役を分けられるだけの頭数が必要だ。
俺、ソラ、ルクスと純粋に戦力で数えれば相当なものだろうが、少数精鋭の弱みというか一人でも欠けた時のダウン幅も相当なものであるゆえに。
流石に初見の大ボス相手に不慮の事故がないなどと、無謀な考え無しの自信過剰を唱えるべきではないだろう――――と、いうことで。
意思は統一され、方針は決まった。
そもそも宝石だけを失敬して撤退など出来るのかという話ではあるが、おそらくというかほぼ確実に可能だろう。
此処、ダンジョンじゃなくて通常フィールドだからな。
インスタンスエリアへ踏み込む際に必ず発生する空間転移が起こらなかったので間違いない。つまるところ土巨竜はフィールドボスであり、この大広間もボス部屋ではなく環境の延長線にあるものと考えていいはずだ。
このゲームを心底信頼するプレイヤーとして断言させてもらう。足を踏み入れた瞬間に謎の力で出入り口が塞がれるとかいう『お約束』は、絶対に起こらない。
別に俺の思い込みというだけではなく、通例として『フィールドに存在するボスは好きに挑めて好きに離脱できる』という仕様は一部例外を除いての共通認識。
細かな雑学に浅く広く詳しい相棒、
同じく俺より遥かに仮想世界の常識を備えている専属細工師殿、
そして世界の誰よりも冒険に励む【旅人】の三人から、プラン遂行の現実性にツッコミがなかったのがその証拠だ。となれば、決行を躊躇う理由はない。
採取に向かうこの身が例外的な不運に見舞われたとしても、俺一人かつ出口が塞がれない前提を信じれば脚で強引に離脱することは容易い。
最悪いくつものイレギュラーが多発して離脱不能になったとて、三人にはこの場で待機してもらいソラとルクスに後を託せば大丈夫だろう。
ニアが俺を信頼してくれているように、俺も相棒を信頼してるからな。
――――――……ルクスは、まあ、うん。アレでも北の序列一位だし、うん。
「……っし、んじゃニアちゃんや。サクッと目利きのほう頼めるか?」
頭の横で長髪を纏めている簪を抜き取り、先に相棒と並んで同意を示した職人殿へ〝藍〟の加護を一時返納――……するべく、差し出したのだが。
おい、なんだね君。その極大のニマつき顔は。
「………………一応、言っとくが。『大事な職人様』は本当に言葉通りというか、ゲスト的な意味で大事だなんだと口にしたのであってだな」
「へぇ~? ふぅ~ん? そうなんだ~っへへへ……!」
「ソラさん、抓ってヨシ」
「ハルをですか?」
「俺じゃない。この怖がってんだかニヘラってんだかわっかんねぇ大事なゲスト様をい゛っっっっっっ今ちょっと減った……! ミリでHP減ったって……‼」
「ふふ、おかしいですね。傷害行為の警告アナウンスは届きませんでしたよ」
抓るどころかガッと脇腹を鷲掴みにされ、錯覚か否かほんの僅かに削れた気がしないでもないHPバーに仰天する俺へ綺麗な笑顔を向けるソラさん。
そうこうして、じゃれつく俺たちパートナーペアを他所に、
「あっはは。楽しいねぇ、このメンバー……ニャーちゃん、良ければ次回もおいでよ。人を増やすって言っても、どうせハー君のお友達ばっかだろうしさ」
「なーにその確定怪物面子。もう過剰戦力どころじゃない気がするんですケド」
相変わらず親し気に話しかけるルクス。そして俺の手から『簪』を攫いながら、上機嫌のニマニマを継続しつつ冗談めかして茶化すニア。
後者の手中で宝飾が輝くと同時、その右眼が本来の鮮やかさを取り戻して……。
「んじゃ、ひと働きしましょうか――――《月をも見通す夜の女王》」
モノを見透かす双星が、密やかな輝きを灯した。
眠る竜と財宝の山。そりゃもう静かに失敬が御伽噺でしょ。
竜…………???