宝物への道筋
「んー……オバケモグラの殻だね、さっきのと同じ」
「まあ、だよな。ってことは?」
「うん、品質は微妙。武器防具にするには心許ないかな?」
殻の山を検分すること早数秒。パパッと結論を出したニアだが、勿論それで「ハイ解散」とはならない。それはそれとして見上げるような大塊が一体なんなのか、興味と疑問から他三人で首を傾げていれば魔工師殿が答えてくれる。
「多分だけど、これ〝失敗作〟なんだと思う。だから捨ててあるんじゃないかな」
「失敗作……? え、つまりこれゴミ山ってこと?」
「多分、ね。んで全体的に微妙なのはそうなんだけど、一つ一つ細かな品質はバラバラなのさ。なんかこう……職人が試作品の山を築くのに近いアレを感じますね」
「なるほどー?」
合いの手で詳細を問うた俺、絶対にわかっていないのに成程なるほどと適当に頷いているルクス、そして異様な謎物体を前に俺の背中へ隠れているソラさん。
いざ戦闘や緊急時となれば培ってきた度胸も遺憾なく発揮されるのだが、平常時は今でも大体こんな感じだ。根本的な素は十五歳のお嬢様である、かわいい。
「でまあ、これ自体の質が低い……低いというか、荒くていまいち使い物にならなさそうなのは変わんないんだけども――えいやっ!」
言いつつ、殻山へ向けて目を光らせていたニアが不意に片手を振るう。すると揃えられた人差し指と中指、ライトエフェクトを纏った二本から一条の閃が迸った。
そうして丸ごと両断……とまでいかないが、戦闘時に中々の硬度を確認済みである【財殻の大土竜】の殻を、まるでバターのように容易く切り開いていく青い光。
ヤベー切れ味の攻撃スキルという訳ではなく、オブジェクト化した『素材』にしか効力を発揮しない魔工ツリー専用スキルこと《裁断者の御手》というやつだ。
イベントの開拓作業時にも何度となく目にした光を操りながら、ニアはサクサクサクサクと山を切っては掘り進んでいき……。
「――――はい見っけ。小さいけど……これは、低品質とは言えないかな?」
その手に摘まみ上げたのは、財殻の黄金色とは異なる薄紅の煌めき。
一目で〝宝〟と理解できる、貴石の光。それも原石ではなく、まるで磨き抜かれたかのような……凝縮されたかのような濃い輝きを放つ一品。
「ただ溜め込むだけの『蟻』とは違って…………あの子たち、多分だけど食べた宝石を殻の中で精製してるんじゃないかな。そういう意味でも、職人っぽい」
「……綺麗、ですね」
ニアが思いのほかアクティブにゴリサク掘り始めたのを驚いた様子で見守っていたソラさんが、ほんのりキラキラした目で宝石を見つめていらっしゃる。
仮想世界の物とはいえ、実物を見れば男だってそれなりにテンション上がるしワクワクするんだ。女の子ならば当然のリアクションと言えよう。
女性陣の中でただ一人。簡単な「へぇー」くらいのリアクションで済ませ殻をつっつきだしたルクスの方が例外というか、少数派と見ていいはずだ。
「ちなみにコレは【プートン・ルベライト】だよ。稀少度的に大したものじゃないはずなんだけど……この子、本来の品質を飛び越えてるね。一級品までは行かないけど、二級かその手前くらいには〝良いモノ〟になっちゃってる」
思った通りだね――なんて締め括ったところから察するに、最初に土竜の殻を鑑定した時からおおよその予想を付けていたのだろう。
つまりは、こういうことだ。
「期待大……というか、ほぼ確定ってことで宜しいか?」
「宜しいです――――やっぱりここ、数より質タイプだよ。もし元から位の高い宝石ちゃんが、ルベライトみたく精製されてるのを見つけられたら……」
発見者の物とでも言うように、摘まんだ宝石をルクスへ渡しながら、
「それはちょっと、ドキドキするかも」
宝石細工師として名高い【藍玉の妖精】は、楽しげにお墨付きを言い渡した。
◇◆◇◆◇
「――――ソラ!」
「はいっ!」
振るわれた尾……というか、末端には短い脚が付いている下半身を【仮説:王道を謡う楔鎧】を起動した左腕で打ち払うと同時にコール。
瞬間、誘導により位置を調整した二体の【財殻の大土竜】を、飛来した砂の巨剣が纏めて壁際まで押し込む。中々に派手な激音と震動が洞窟内を撃ち揺るがすも、その程度では通路構造がビクともしないのは既に確認済みだ。
吹き飛んだ二体は、本日も絶好調な相棒がどうとでも料理するだろう。そう判断して踵を返し、向かう先にはもう二体の大土竜と対峙しているルクスの姿。
……こっちも助けなんか要らないことは、わかっちゃいるんだけども。
「片方やるぞ」
「あっりがとー!」
基本ソロとのことだがパーティプレイが嫌いという訳ではないらしい。
端的にフォローを申し入れれば素直かつ賑やかな笑みを向けられ……そういうのはこちらとしても満更ではないので、気分良く宣言通り片方へ挑み掛かる。
早一時間に亘る探索行で、いい加減にコイツらの攻略もこなれてきた。
魔法を無効化……ではなく、強度の低いものであれば消してしまう程に威力を減衰させる甲殻。それを抜きにしても、全体的に硬く並みの刃を通さない身体。
そういう手合いは、打撃に限る――――《フリズン・レボルヴァー》起動。
手甲を纏った左拳へ、いざ籠めるは最大弾数。フェイントもなにも要さず、ただ真っ直ぐに突っ込んで腕を振り被った俺に対して大土竜が咄嗟の防御姿勢を取り、
「〝六重〟」
拳と甲殻が接触した瞬間、後者が主を諸共に轟音を上げて爆砕。土竜は青い燐光となって弾け飛び、砕けた殻の破片がゴトゴト音を立てて散らばった。
流石の威力だぜマイフェイバリット。リボルバーパンチの名は伊達じゃない。
前身の《エルファスト・ルガー》は持ち弾が一発だけで使い勝手が微妙だったが、進化してからは六発へ弾数上昇に加えて威力大幅向上の神スキルへ早変わり。
今のように拳へ籠めて拳打の威力を上げるも良し、名を表すが如く飛ばして遠距離手段とするも良し、更に一発ごと独立したクールタイムは各二十秒弱と極短。
下手すると雑魚戦はこればかりになってしまいそうなほど、シンプルに扱いやすく強力な『拳撃強化&射程延長スキル』である――と、それはさておき。
すぐ隣で似たようなことをしていたルクスの方も、こちらと同じく秒で戦闘を終えたようだ。〝風〟を散らしながら振り返り、二ッと大きく笑みを浮かべ……。
「いぇい!」
「はいはい、いえーい」
懐っこく掲げ示された両手へハイタッチを返してやれば、バッシィと快音を残してルクスは機嫌よく後方へすっ飛んで行った。
おっかなびっくり物陰に隠れている、ニアをターゲティングしたのだろう。
「――――円の外でも、流石に戦力過剰でしょうか……」
「三人とも、お前が言うな案件だけどな」
と、入れ替わりに隣へ来たのは、こちらも秒で二体を片付けた相棒殿。
魔法に対する特効防御を備えているとはいえ、ソラの【剣製の円環】が生み出す砂剣は物理&魔法のハーフ&ハーフ仕様だ。たとえ半分でも通りさえすれば、敵視点ほぼ無尽蔵に襲い来る魔剣から逃れる術などありはしないだろう。
相も変わらず、苦手意識のないPvEでは頼りになり過ぎるぶっ壊れ具合。
「あはは…………これ、どこまで続いてるんでしょうね?」
「さてなぁ。大分潜ってきた気はするが……」
半屋内の様相を呈していた先刻までとは異なり、現在パーティが歩を進めているのは完全なる閉鎖空間――薄暗く息が詰まるような、一本道の洞窟。
これを掘ったのであろう土竜のサイズを考えれば頷けるというか、ソラが〝塔〟を悠々と振るえる広々スケールではあるものの……空が見えなくなると途端に圧迫感を感じるのは、生物というか人間の心理的に避けられないアレなのだろうか。
そんな大洞穴へ、例によってルクスが見つけた〝亀裂〟から侵入して以降。
遭遇率が爆上がりした土竜どもを片付けつつ下へ下へ突き進んでいるのだが、未だ終端は訪れず――けれども、流石に行く先の想像くらいは浮かぶというものだ。
「…………いそう、だよな」
「……いそう、ですね」
雰囲気的に考えてもゲーム的に考えても存在しないとは思えない、領域の主が棲まう最奥地点。つまりは、あの土竜どもの親玉が御座す場所。
しかして、その瞬間に考えていたのは二人とも同じことだったと思われる。
「「………………」」
それ即ち……「どうか下っ端以上のトンデモないビジュアルではありませんように」という、おそらくは叶わないであろう望みに他ならなかった。
祈れ。