狂った物差し平常運転
オーケー、まずは小手調べだ。
「『穿つ水釘、威止める鉤翅』」
魔法は「ほっとんど効かない」とのことだが、ゆうて多少の耐性程度であれば転身体の馬鹿魔力によって編まれた魔法は十二分に貫通を見込めるはず。
目前へ姿を現した俺へ挨拶代わりの咆哮を一発、ちっぽけな闖入者の反応を見るが如く待ちを選んだ土竜(?)を前に二節からなる短文詠唱を紡ぎ、
「《カレントハーケン》」
アバターの周囲に現出するは、小さな〝針〟が計六本。
躊躇いも容赦も必要ナシ、一息に撃ち放った水針が飛翔して……熟練プレイヤーであれば、見てから回避がギリ間に合う程度の速度。
自らが撒き散らした敵意に対する返答を、ギョロつく単眼でしかと見た土竜が動く。長大で奇怪な体躯、記念すべきファーストアクションは――――
とぐろを巻く。そうして迎え受けられた水針は奴の輝く甲殻へ触れた瞬間、サウンドもエフェクトもなく霧散して消えてしまった。
はいはい、なるほどね。
「そういう感じ……か!」
牽制にもならなかったが問題ない。元より初見存在に対する情報収集が主題、本来の効果を一ミリも発揮できなかった有能魔法は残念の一言で切り捨てて――
まず、一歩。
――――――――――――――――――
◇Status / Trance◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:110
STR(筋力):0(+100)
AGI(敏捷):0(+250)
DEX(器用):0
VIT(頑強):0(+100)
MID(精神):1250(+230)
LUC(幸運):0
――――――――――――――――――
転身体のステータスは相変わらずではあるものの。
優秀が過ぎる装備の補正値、及び頭の悪いステータスに引っ張られて壊れ効果を発揮している称号のおかげで、素でも一端の軽戦士めいた挙動は朝飯前。
前身である《兎乱闊躯》から一層に強化された《煌兎ノ王》のパッシブ効果『踏み込み動作削減』と『初速高速化』も併せれば、結式由来の歩法を使わずともそこらの速度特化プレイヤーは上回れる。
長躯を波打たせ防御姿勢を取った行動速度は、巨体のスケールや重さを考えれば目を瞠るものがあったが……――まあ、流石にね。
それで追い付かれる程度では、敏捷特化序列持ちの名が廃るってもんだ。
駆けた一歩。記した戦果は、金属が擦り合うが如き歪な悲鳴。そして同じく、その歪な頭部に奔った一閃のダメージエフェクト。
勢いそのまま走り抜け、斬撃の余韻で宙に浮き、軽率に上下逆さまになりながらチラと戦いの指標に目をやれば……手応えからして予想通り。
「硬ってぇ」
着地と同時にぼやきつつ、ほんのり削れた程度のHPバーを見て感想を一つ。
大きいだけあって、目が良いのだろう。わかりやすいクリティカルポイントである単眼には咄嗟に躱されてしまったが、それでも頭部を叩いて一割未満。
決して【真白の星剣】の武器的な攻撃力が低い訳ではない。第三階梯魂依器の刃がモロに頭へ入れば、大して耐久のないエネミーなら致命傷にもなり得る。
つまり土竜は巨体に見合った耐久寄りのステータス……とは、さっきの素早い挙動を見る限り言い切れないんだよなぁ?
瞬発力ヨシ、動体視力ヨシ、素耐久ヨシに加えて魔法無効、防御面に関しては見事の一言。となれば次、気になるのは攻撃面だ。
「……!」
ざわりと空気が動き、頬を撫でた風から伝わったのは熱。
更に蛇が鎌首をもたげるようにして持ち上げられた頭部の先で、『鼻』改め『口』を飾る触手が赤熱したかのように……否、かのようにではなく。
真実、周囲の空気が揺らぐほどの熱を放った〝髭〟の奥から、吐き出されたのは深紅の熱線。防御の択など思い浮かびもせず、ほぼ反射で横へ跳べば――迸った焼け付くような熱気が半身を撫で煽り、その冗談キツい威力を伝えてきた。
なぞられた床なり壁なりの岩肌が当然の如く溶断されている様を見る限り、直撃すれば大抵のプレイヤーが消し飛ぶことだろう。
「…………なるほどね。雛さんには及ばんけども……」
そもそも比較対象が間違っていると言えばそれはそう。見方を変えれば、そのもの奇跡の力である『魂依器』に生物の身で近付いている真正の化物ってな訳だ。
これ、下手すりゃ一匹でパーティ壊滅する類のアレだろう。普通に低級ダンジョンのボス並みか、それ以上のスペックと言っていいのではなかろうか。
――――しかし、それはそれとして。
「っし……んじゃ本気で行くぞモグラもどき、覚悟しろ」
本物のボスらしく、形態変化なり行動変化なり狂化なりといった〝先〟が存在しないのであれば……唯一、その気味が悪い外見を除いて。
残念ながら、そこまでの怖さは感じないかな、と。
◇◆◇◆◇
「――――なんかもう、なんか……アレだね。いよいよ貫禄出てきたよね、キミ」
「どうした急に。褒められてんのか揶揄われてんのか判らん」
わかりきったことを惚けて見せれば、ニアチャンは「褒めてますぅ」と即時ジト目の膨れっ面。知ってるよ、そういうの真正面から言われると恥ずかしいんだよ。
「なんというか……戦ってる間は、いろいろと動じなくなりましたよね。ハル」
「武闘派イスティアの序列四位! うーちゃんの弟子! アーちゃんのライバル! 背負った物々しい肩書きは伊達じゃないねぇっ!」
「物々しいとか言うな」
一人が褒め出せば羞恥の素は無事連鎖。
ほんのり呆れ交じりとはいえ、ほぼほぼ感心の目を向けるソラさん。そして快活に笑い背中をバシバシ……は先に止められたからか自重して、両手を俺の頭に乗せグワングワン揺さぶりながらテンション高いルクス。
うん。それもやめていただける?
ともあれ――――結局は土竜を三十秒クッキングした功績を、女性陣に寄って集って褒め称えられるというシチュエーションは……普通に、恥ずかしいので。
「ニア、ほら、頼む。鑑定、はよ」
「へへ、照れてる」
「照れてますね」
「そういうとこだよハー君」
「ええい喧しい……! 俺じゃなくてこっちを見ろ! せっかく面白そうなモノが目の前に転がってるんだから興味を持て女子‼」
一様に向けられたニマニマに耐え切れず、バッシバシと目前に転がっている物体を叩いて見せれば……まあ当然の如く、生暖かい視線は止まなかったが――
「さてさて、それじゃあっとー?」
人の気を正確に知った上で楽しげな笑みを浮かべたままではあるものの、仕事人こと【藍玉の妖精】は成すべきことに関しちゃ平常運転。
横から手を伸ばしたニアが、細っこい指の先で〝それ〟を叩いて、
十秒と、少し後。
「ふーむ…………【土竜幼生の財殻】」
硬い岩肌の地面に転がった、黄金に輝く【財殻の大土竜】の甲殻。
過去に【岩食みの大巣窟】で相手にした『蟻』の亡骸のように、インベントリに納まることなく遺された特殊素材を検めた結果。
このためとばかり連れて来られた魔工師殿は……。
「ほんと、流石だねルーちゃん――――『蟻の巣』以上の宝物庫かもよ、ここ」
十数秒前とは異なる理由でニマつきながら、大いに期待させる判定を口にした。
怖いの基準が『影』とか『お姫様』とか『無敵侍』なら、そりゃちょっと巨大で奇怪でレーザーを吐き散らす土竜ごときに大して動じたりしないでしょう(???)