円の外側
アルカディアの主舞台こと【隔世の神創庭園】のフィールド難易度は、ワールドの中心地点と言われている大鐘楼からの距離によって変化する。
近いほど優しく、遠いほど厳しく。環境なり生息エネミーなり、一部例外はあれども概ねその法則から逸脱することはない。あくまで『フィールドの難易度』であり各地に点在する〝ダンジョン〟に関してはその限りではないが――ともあれ。
そんなわかりやすい法則がある以上、明確に線を引くのが人というものだ。
まずは、大鐘楼から円形範囲五百キロ地点。ちょうど東西南北の〝国〟跡地こと巨大窪地が存在する範囲内が、危険度1こと『ビギナーサークル』。
この範囲内であれば『ワンパーティでも基本的には安定して行動可能』とされており、そこそこ精彩な探索成果や情報が共有されている領域だ。
なお、別に安全という訳でも温いという訳でもない。秘境やら隠しエリアやら不穏な地点も数多く点在しており、例外地域へうっかり足を踏み入れてしまいバケモノに蹂躙された……なんて話も日常茶飯事らしいので。
次にビギナーの向こう側、五百キロ外周から千キロ地点までの範囲を指す危険度2こと『アドバンスドサークル』。
ここは『小規模から中規模の連結パーティによる連携行動』が推奨されている高難度領域であり、無数に存在している攻略スポットは基本どれもレイドに片足突っ込んでいるかの如くご機嫌なアミューズメントの様相を呈している。
世に言う〝一般人〟のメイン活動範囲だが、この時点で他ゲーに照らし合わせればエンドコンテンツ並みの難易度には達しているように思う。
ぶっちゃけ、ソロに特化しているタイプでもなければ『序列持ち』でも単独行動はダルいレベル。長々とした孤独がしんどいとかいうアレではなく、単純にエネミーの格がアドバンスドからはガツンと上がる感じなのだ。
更に次、千キロ外周から三千キロ地点までの危険度3こと『エンドサークル』。
基本的に初心者も熟練者もお断りな難易度を誇る魔境オブ魔境であり、推奨されるのはフルレイド或いはオーバーレイドのガチ攻略部隊による決死行。
世間で『代表的な遠征隊』として知られる南北連合のトップチームが活動の場としている領域であり、点在する大規模攻略スポットは一から十までレイド規模。
例えばギリギリ範囲内に含まれる【極白の万年氷峰】が下から数えた方が速いレベルと言われたら……まあ、そのヤバさは理解できるというものだろう。
で、そっから先。大鐘楼を基点とした三千キロ外周から向こう側へ広がっている世界の呼称は――――ずばり、難易度∞こと『アウトサイド』。
現在の基準ではプレイヤーの進出が難しいとされている、魔境を超えた神域ってか死ン域。此処から先へ足を踏み入れるのはアホか馬鹿か逸般人の三択と言われ、推奨戦力は『オーバーレイド或いは序列上位者複数を擁したパーティ』だ。
特筆すべき点は、歩を進める毎に乱高下する秩序皆無な環境差。
ビギナーサークル並みの低難度エリアが続いたかと思えば、突如としてエンドサークル内の最高難度を遥かに超える死地が目の前に現れる……なんてこともざら。
出現するエネミーも大概が未知で「なんだアレ」的な感じになるため、目に映る全てを警戒しなくてはならない正真正銘の未開領域ってな具合だ。
――――さて、といったところで現在地は当然とばかり『アウトサイド』。しかも入口となる三千キロ地点から見て、遥か奥地となる一万キロ地点。
難易度グッチャグチャの混沌が支配するこの領域では『大鐘楼から離れるほど難易度が上がる』という法則も信用ならないが……まあ、ニュアンスでも大層やべぇパねぇってのは理解できるし、どこか異質な雰囲気を肌でも感じ取れる。
正直なところ、ソロは当然として相棒と一緒でもアウトサイドのペア探索は御免被りたいというのが本心だ。出会う環境、出会うモンスター、悉くが予想不能かつ奇想天外でメンタルヘルスがいくらあっても足りない。
『無制限距離転移門』が開通してから一度だけ二人で散歩に出向いてみたが、そりゃ酷い目に遭った。もし本格的に攻略へ乗り出すとなれば、増員は必須だろう。
そう、例えば……――――常日頃からこの混沌領域内をソロでエンジョイしている、どこぞの常識はずれな序列一位様なんか頼もしい限りである。
「――――っとに、よくもまあこんなとこ見つけたな……」
「へっへーん! 秘境探知はボクの得意技だからねぇ!」
「ばッ……おま……!?」
「っあの、あの……! ボリュームを、声のボリュームを……!」
「ほんとお願いルーちゃん非戦闘員もいることを忘れないでお願いだからアレがこっちにガバッて飛んで来たらニアちゃん死んじゃうからほんとお願い……!」
……頼もしい限り、であるはずの序列一位様の賑やかな口をソラと一緒に慌てて塞ぎ止めつつ、身を潜めている巨岩の陰からニアの言う『アレ』へ視線を戻す。
――――洞窟というよりは、懐かしき【岩壁の荒地】を思い起こさせるような空の見える谷間構造。しかし迷路と言うには広々した空間は、洞窟と谷が入り混じった閉塞感と開放感が代わる代わる訪れる不可思議な造りだ。
ルクスの案内に従い【フロンティア】を発つことしばし、足を踏み入れたのは毒々しい斑模様の岩山地帯。
そしてその一角で「こんなの誰が気付くんだよ」とツッコまざるを得ない極々小さな亀裂に身体を滑り込ませれば、岩山の中に広がっていたのは大空間。
エリアの第一発見者は、当然ルクス。
そして、ルクスが暫定的に名付けたエリア名は【土竜の寝床】。
つまり、アレ…………三人が自主的に、約一名が強制的に息を潜めて観察の視線を向けている巨体は、あの土竜――――……
「もぐ、ら……???」
「えと、私の知ってるモグラと違うんですけど……」
「全然かわいくない……こわ……きも…………」
俺、ソラ、そしてニア。順繰りに首を傾げながら、口から零れるのは一様に困惑の声。唯一ルクスは「えー可愛いと思うけどなー」などと沸いたことを宣っているが、その感想が少数派であることは現時点で疑いようもない。三対一である。
エネミー名【財殻の大土竜】――――遠目からざっくり観察した巨体は、少なく見積もっても十メートルは下らないだろう。
デカい、というよりも、長い。現実にいる『モグラ』と聞いて想像するようなモチモチ丸っこいフォルムは面影すらなく。蛇のように長大な胴の両端に申し訳程度の小さな手足がくっ付いている、極めてバランスの悪い姿形は奇怪の一言。
更には、断じてモグラならざる背部の甲殻。まるで亀の甲羅のようにキラキラと光り輝く殻を背負った姿は……こう、伸びきったカタツムリのようにも見える。
んで、極めつけは唯一「それっぽい」と思える〝鼻〟の真上でギョロつく大きな単眼――――いや、あのね。大変言い難いんだが……。
「きもいな……」
「あの、ちょ……っと、気持ち悪い、ですね…………」
「夢に見そう……最悪なんですけど…………」
唯一ルクス以下略は放っておくとして、他三名の感想は一致したようだ。
奇怪な身体+単眼がどうにも視覚的な忌避感を訴えてくるのもそうだし、なにより鼻が……いや、ああいう鼻のモグラがいるのは知ってるんだよ。
こう、ね。イソギンチャクみたいな――――
「………………よし、ソラさん」
「は、はい」
「あんまりじっくり観察してると正気度が減りそうだ。やっておしまい」
「なんで私なんですかっ……!? まずはハルが偵察してくださいよ……!」
「いやだってアレじゃん魔法が効きそうな見た目じゃん殻付きだし……!」
「意味が分かりませんし、今のハルだって魔法型じゃないですかっ……!」
「半洞窟の中で炸裂弾を撃てと仰るッ……!?」
「あ、ハー君。あの子あれだよ、魔法攻撃ほっとんど効かないよ」
「なんでだよッ! 殻もあるわ鱗もあるわで硬そうな奴はゲームじゃ大体魔法弱点だろうがうわこっち見た気持ち悪ッッッ!」
「ちょ、ちょちょちょどっちでもいいから早く行ってよ!? こっち来させないでよねアレに襲われたらニアちゃん泣くからね!?」
とまあ、ワイワイやってる絵面は傍から見れば女子四人であるものの、実際のところは男が一匹混じっている訳で。
流れとノリでソラさんが快諾してくれていたなら良かったのだが、ガン拒否された以上は誰が気張るべきかなど決まっているだろう。
恐ろしいのはまだしも、気色悪いのは俺も出来れば御免被りたいのだが……。
「ええい上等だ殺ったろうじゃねえかッ! いくぞこらモグラもどきィッ‼」
喧騒に気付き既にこちらを向いていた単眼が、喚び出した【真白の星剣】を手に岩陰から躍り出た俺を明確にターゲティング。
短い前脚を地に突き立て、僅かに頭部を持ち上げて……おそらくの威嚇姿勢を取った【財殻の大土竜】は、その触手のような鼻を一杯に広げ――――叫ぶ。
『――――――――――――――ッッッ!!!』
………………あぁ、そう。
そこ、鼻じゃなくて〝口〟なんだ。
普通のモグラおはぎみたいで可愛くて好き。
コレは嫌い。
結局なんのために遠出したのって部分はすぐに分かります。
「なんてとこに第二拠点築こうとしてんだよ」ってツッコミも暫し待たれよ。