足跡の先へ
『他の女子の匂いがする』
「おう、愉快なオタクメンバーが三人だ。紹介してやろうか?」
『遠慮しときますぅ……』
果たしてソレは冗談なのか否か、出会い頭に恐ろしい言葉を投げ付けてきたニアへ真顔の即時反撃を遂行しつつ。
結局は日が落ち始める手前まで騒いだ末の帰宅と相成った午後六時。
お疲れ会によって更なる疲労を背負い込んだ俺は、部屋へ至る数十歩の労力を惜しんで宿舎エントランスの大きな待合ソファに倒れ込んだ。
『「多分だけど慰労的なアレ」とか言ってなかった? なんでより疲れてるの?』
「まあ、なんか、いろいろとな…………青春ってのは疲れるのがデフォらしい」
いや、楽しかったけどね。ただまあ何にでも言えることだが、全力で楽しもうとすれば心身ともに疲労は避けられないということだ。仕方なし。
首だけ回して『言葉』を拾いつつ適当を宣えば……当然のように玄関口でバッタリしたことから察せられる通り。
今日も今日とて誰かさんの出迎えに励んでいたらしいリリアニア・ヴルーベリ嬢は、わざとらしく不満気に頬を膨らませてみせた。
『ズルい。あたしとも青春しなさい』
「今まさにメチャクチャしてると思うんですけども……」
自分で言うのも憚られるが、現在のシチュエーションが正しく究極的に青春だろと。いろんな意味でお手本みたいなアオハル案件だろ、と。
『あ、姫から伝言。今日もアレコレ忙しいから、待たなくていいってさ』
無断で人様の頬を突き回しながら、ニアが相変わらずの超速フリックで言葉をしたためた画面を揺らす。直球の愛称は誰を示したものかなど言うに及ばず、用件の主題は今夜の夕飯についてのことだろう。
つまり、今日の食卓も二人きりということ――――ただし、最近のニアは……。
『むーん』
「うお、ちょっ……――っとに、末っ子気質だな。なにが〝お姉さん〟だよ」
一対一という好機を喜ぶよりも、アーシェの不在を寂しがる傾向にある。
人様の頬から人様の腹へとターゲットを変え、ぼすっと頭突きめいて乗せられた頭。意識しすぎないよう適当に小突くも、やや元気のないニアは無反応。
いや本当に……いろんな意味で先行きが案じられるレベルの仲良しになってるんだよなぁ、左右のお隣さん。初めはアーシェからの矢印が大きかったようだが、素直かつ好意を隠さない〝姫〟に爆速でニアが攻略された形で。
なんとなくわかっちゃいたが、こやつチョロい。
そして情が移ればズブズブいくのが彼女の性質であり、ほぼ身内枠と認識するに至ったアーシェに対しても寂しがり屋な性分を発動するようになった訳だ。
で、あれで面倒見のいいアーシェもニアを可愛がり無事に両想いが完成。
あまりにも恋敵という雰囲気が薄れているというか、最近は三人一緒でも俺が一人放置されて二人が仲良くやっている……なんて絵面もざらだったり。
俺が言えた義理ではないが、それでいいのかキミタチってな具合である。
「アーシェが相手じゃ、わからなくもないが……こないだ三枝さんが『最近あの子、私に泣きついて来なくなったんですけど』って拗ねてたぞ」
『なにヒトの親友と密談してんの。絶許』
「密談というか、保護者の会というか――っヴぉ゛……お、がっ……!? やめ、このっ……! ほんとにどこがお姉さんだ貴様……!」
ボッスンボッスンと暴れはじめたキャラメルブロンドのフワフワ毛玉をガッと容赦なく掴み止めつつ、ソファから身を起こす。
まあいい。寂しいから構えと言うなら……。
「ニア、このあと暇か?」
『? 特に用事はありませんケド』
「オーケー。それなら――」
渡りに船。ニアの予定を確認してから改めて申し入れるつもりだったが、
「早めに夕飯済ませて、出掛けようぜ。……あ、仮想世界でな?」
『へ?』
勢いのまま、連れ出してしまうのも悪くはないだろう。
◇◆◇◆◇
「ニアさん、こんば――――」
「ハイこんばんはー!」
所変わって、仮想世界。ほぼ無人、賑いのない〝街〟の一角にて。
昨日一昨日は用事があったものの。俺と同じく夏季休暇中の相棒へのコールはすんなりと通り、突発的に集まったのは三人組プラスアルファ。
挨拶もそこそこ、テンプレの如くニアに捕獲されたソラが頬を擦りつけられてモチモチしている様を他所に……
「――――ほぁあああああ! すっごいね綺麗だねトレジャーだね! いっやぁーやっぱりボクの目に狂いはなかったってやつだよね流石ボク!!!!!」
「もうちょっと声のボリューム絞れます?」
親睦を深めているソラニアから少し離れた位置。
展開した決闘フィールドの中で転身体にて〝桜〟のお披露目をしている俺は、相も変わらずの激高テンションに晒されて苦笑いを募らせていた。
「なっるほどねぇ……! カグラちゃんとエンラ君がねぇ……! えーすっごいなボクもなにか面白いモノ作ってもらおっかなぁ!」
「いやまあ、ご自由に……そろそろいいか?」
「おっけおっけ! ありがとハー君!」
こちらこそ――――そう言いつつ、起動していた【αtiomart -Sakura=Memento-】を散らすと同時に決闘システムを終了させた。戯れによる結果を巻き戻す女神の力が働くため、実に恐ろしき魔力喚起武装の代償は心配いらない。
「とまあ、そんな感じ。ガチャの結果とはいえ、いいもんくれてありがとう」
「なんのなんの! 似たようなのなら沢山あるからね!」
「…………はは、そうか。聞かなかったことにする」
ある意味サクラメントの代償よりも恐ろしいことを宣ったのは、かの武装の素材となった【聖桜の琥珀石】の元持ち主こと北の一位様である。
やはりというか、どこぞの【銀幕】殿と同じく世情に興味ナシで二ヶ月前のアレコレを全く知らなかった彼女に説明すること暫く。
盛り上がりの要、その一端を飾った桜剣について礼を言いたかった。そう伝えれば、久々に顔を見たルクスは屈託なく笑いバシバシと背中を叩いてくる。
大してSTRに振られていない彼女の腕では甚大な衝撃こそ発生しないものの、対する者のVITが死滅していれば超人比『凡』の衝撃は常人比『極』に変わり得る。
ガックンガックン揺さぶられる視界が止まる気配はなく、俺はまた苦笑いを深め――――唐突にグイと身体を引かれ、助け船に掬い上げられた。
「ダメですよルクスさん。こう見えて、この場の誰よりハルは虚弱なんですから」
「紛れもない事実が胸に刺さる……」
ニアから逃れた……訳ではないらしく、藍色娘を引き摺ったまま俺の救助に乗り出したらしきソラさんがルクスへ半眼を向けている。
パートナーこと俺へ向けるものと比べても、わりと遜色ナシ容赦ナシの視線。
結局は前回イベントも前々回に引き続きペアを組んだことから、より一層に仲を深められたのだろう。当時は「今度は一緒が良かった」だの「またニアさんとイチャイチャするんでしょう」だのとワーワー言っていたが……。
個人的に、ソラの交友関係が広がるのは歓迎だ。それはなにも保護者を気取っている訳ではなく――――なんて、今はそんなことどうでもいいか。
今この瞬間、俺が注力すべきは、
「ソラさん、がっつり人前」
至近にギャラリー二人を抱えた状態で、当たり前のように抱き着いてきた相棒の暴走を嗜めることである。
次いで、対抗するようにソラから俺へ引っ付き先をチェンジしたニアも引っぺがさねばならない。羞恥よりも先に、想定していた以上の混沌に溜息が漏れ出した。
でもって、おそらく――
「…………別に、いいじゃないですか。この場に知らない人なんていませんし。大人しくしていても、どうせルクスさんが揶揄ってくるのは決まり切っていますし」
「そーだそーだ観念しなさーい」
「あっはは、モテモテだねハー君。アーちゃんも呼べばよかったのに」
とまあ、このように。
甘えっ子にジョブチェンジしたソラさんが自重しない場合、このパーティには真実ストッパーが存在しない訳で……――想定していなかったというか、ニアとルクスが割と遠慮なしの親しい仲だったというのが運の尽きだ。
「あ、ニャーちゃん。また綺麗な石いっぱい拾ってきたから、好きなのあげるね」
「ほんと助かるけど、タダじゃ貰わないってば。ちゃんと鑑定した上で買い取るから、あとで見せて。見終わるまでどっか行かないでよ?」
「ほっほーい!」
――――と、そんな感じで。
勢いのまま人を集めるにしても、もうちょい後先考えた方が良かったかもしれない……なんて、後悔するのは今更か。
【隔世の神創庭園】にヒトが築いた主街区こと【セーフエリア】――――ではなく。先日ようやく基礎工事が済み、順次拡張中である第二の〝街〟予定地。
始まりの大鐘楼から距離おおよそ一万キロ地点。設置された『無制限距離転移門』を近日一般開放予定の新規拠点……仮称【フロンティア】の一角にて。
「んじゃ、そろそろ出発するか。案内頼むぞ【旅人】殿」
「オッケーオッケーお任せあれぇ! 覚 え て る 限 り は ね ! ! ! 」
「任せろって言うなら頼むからそこは確約してくれ」
「あ、はは……よろしくお願いしま――――なんでくっ付くんですか! そういうのはダメですよルクスさん、揶揄うにしても怒りますからね!?」
「その子なにも考えてないと思うよソラちゃん。あ、お荷物になりまーす」
賑やか極まる、変則パーティの一幕が始まった。
ほぼ無人。つまりは工事をしている高位の建築系職人プレイヤーがチラホラいる。
つまり見られているけども健全な美少女四人パーティだから何も問題はないな。