灰色に在った海色
なんやかんや山場を乗り越えつつ、お勤めこと土日の選抜戦を無事終えた翌日。
あの後またチラッと相棒とデート、もとい近場のダンジョンへ遊びに行ったり。夜は再び四谷邸へ足を運び、夕飯後ソラさんに弄ばれたり。帰宅後に顔を合わせたニアから、昼間のこともあり生暖かい揶揄いを受けたり……と。
いくらかの追加イベントを更に積み重ねて辿り着いた月曜日。
本来ならば仮想世界の序列持ちから現実世界の学生へと転じ学業に励むところだが、八月半ばの今は大学が二ヶ月に及ぶ長期夏季休暇中。
つまり現在は、平日でも合法的に身が空いているということで――――
「えーと、だな…………お疲れ会ってのは、まあわかるんだけど」
でもって、選抜戦の疲れを労おうという気遣いも嬉しくはあるんだけども。
「いきなり初見のフィールドに勢いのまま拉致されるのは普通にビビるから、せめて予告なり何なりしてくれと訴えさせてもらう」
「いや初見て。お前カラオケにも来たことなかったのか」
「なに、ノゾミンって実は箱入りだったりすんの?」
「一般家庭と聞いていたけど」
「そのノリにも流石に慣れたけど本当に悪びれないな諸君は。一応は申し訳なさそうにしている楓君を見習ったらどうなのかね、おん?」
「あ、はは……えと、ごめんね?」
予定も告げられぬまま四條宅前へ呼び出され、いつかのように激流よろしく美稀の運転する車へ押し込まれたかと思えば辿り着いたのはカラオケボックス。
完璧とは言い難い防音設備を貫いて四方八方から伝わってくる喧騒の只中で、例によって幼馴染ペアにサンドイッチされながら馴染みのない環境に緊張しつつ文句を言うも……あぁハイ知ってた知ってた、どこ吹く風。
俺の小言を当然の如くスルーしつつ颯爽とインターフォンを手に取り軽食の注文を始める俊樹、俺の小言を当然の如くスルーしつつ何食わぬ顔でカラオケ端末を操作し始める美稀、そして俺の小言を当然の如くスルーしつつ「ねえねえ」と自分の興味を満たすためニコニコしながら質問を捲し立ててくる翔子さん。
やはりというか、このメンバー内における癒しは四條のご令嬢だけである。
先に「おいなんだ急に一体どこへ連れて行こうというのかね」と僅かながら抵抗の構えを見せた俺の背中を淑やかにチョイと押し、車内へ連れ込まれる際に的確なラストアタックを決めた件は水に流してやるとしよう。
「聞いてはいたけど、希お前マジで中高どんだけ灰色の青春を送ってたんだよ。逆にどういう遊びならしたことあんだ?」
「えぇ……遊び………………卓……球?」
「え? なに、公民館にでも通ってたの?」
「いや、中学の時に、体育祭に向けてガチ勢に習ったというか」
「学校行事の一環じゃねえか」
「俊樹君が聞いてる『遊び』って、そういうことじゃないと思う。本当に灰色?」
「こ、こら、美稀ちゃん……!」
「楓は曲、どうする? いつものアニメソン――」
「美稀ちゃんッ……‼」
そんなこんなしつつ、大学生の胃袋事情に則った山程の軽食が届いた後。
事前にドリンクバーから掻っ攫ってきたグラスを各自掲げて――――ねえ、なんで皆して俺を見るの? 俺単体を労うお疲れ会なのに俺自身が音頭取るの???
「……えー、あー、ではでは。俺、お勤めご苦労様ってことで」
もうなんでもいいかぁと諦観百割で適当に「乾杯」とリーズナブルな杯を持ち上げれば、極めて緩い雰囲気でレクリエーションが始まった。
望むところだ、かかって来いよ青春。
◇◆◇◆◇
「――――何度でも言うけど、これ、俺のお疲れ会なんだよな……?」
「ご、ごめんね? ほんとに、皆も悪気はないと思うんだけど……」
斯くして、三時間後。唯一の〝癒し枠〟を除き「まだまだ行くぜ」とばかり元気一杯な翔子以下三名を残し、外の空気を吸いに建物を出て一言。
別に俺とて悪感情がある訳もなく、いつも通り賑やかで気安い友人たちに親睦から来る呆れを向けての呟き。後をついて来た癒し枠こと楓も俺の内心は理解してるのだろうが、それでも申し訳なさそうに頭を下げてしまうのが彼女のキャラだ。
アルカディアオタクとしての側面さえ滲まなければ、ぶっちぎりの常識人なんだよなと……まあ、その辺のギャップも魅力と言えば魅力なのだろうが。
「その……私も一緒になって煽っちゃって、ごめんなさい。希君『ほんとに初めて?』ってビックリするくらい上手だったから、つい盛り上がっちゃって……」
と、称賛と謝罪を絡めて許さざるを得ない状況を作り出す頭脳プレー……なんて意図は勿論ないだろうが、いいだろう。
乏しい持ち歌を周回する勢いで歌わせ続けた罪のリストから、四條楓の名前は除外するものとする。翔子を筆頭に残る三人は覚えとけよ。
戻り次第、順次ランダム選曲を気合で最後まで歌い切る刑に処してやる。
「……ちょっと歌い慣れてる感あったけど、歌うの好きなの?」
「いやぁ、好きってほどでは。人前で歌う程度の度胸はいろいろあって身に付いたってのと、持ち歌は高校時代に死ぬほど聞き倒したから……」
慣れているというより、隅々まで覚えているがゆえ歌い方がわかるというだけのことだ。本当に思い返せば諸々極限状態だった三年間、バイトに勉学にと身を粉にする俺を励ましてくれた唯一の娯楽だったからな……。
「じゃあ、歌が好きというよりも……うなぎちゃんが好き、って感じなのかな?」
「うなぎちゃん言うな――――まあ、そんな感じ。バイトバイト勉強バイト勉強勉強バイトバイト勉強で、流石に何度か気が狂いそうになってさ。ゆうて両方とも投げ出せないから、休憩やら移動時間に娯楽代わりの癒しを実装するかってな」
わかりやすく頭に浮かんだのが『音楽』だったので、近所のショップに適当な盤を求めて足を運び……そこで、店頭で流れていた曲に一目惚れならぬ一耳惚れ。
海境凪沙――――ネット断ちをしていた当時は知る由もなかったが、歌の実力一本でメジャーデビューを果たした元個人バーチャルシンガーだそうだ。
元というのは、今現在は残念ながら活動を終えてしまっているから。
五年程前に彗星の如く現れて瞬く間に覇権を取った伝説的な御仁らしいが、たったの二年弱で多くのファンに惜しまれながらも引退してしまった模様。
今になってそれを知った時は、そりゃあ少なからずショックだったとも。所詮CDを一枚だけ買った程度の、にわかファンかもしれんけどさ。
「なんかなぁ……曲も歌詞も声も歌い方も、当時の俺にガン刺さりしたというか……無限にリピートして無限に元気を貰ったというか」
わりと冗談抜きに、俺が今ここにいるのは海境凪沙のおかげとも言えるかもしれない……とまあ、一方的な恩義を感じていたりいなかったりもするくらい。
「あー……なるほど――――私にとっての剣聖様や曲芸師様だ」
「それほんとやめて禁止」
ぞわりと羞恥から来る鳥肌を擦りつつ半眼を向ければ、返されるのはクスリと悪戯っぽい笑み。親戚だからとかは関係ないのだろうが、ほんとこういう部分が似てるというか……四のご令嬢は、どっちもどっちだ。
「えへへ……なーんか、そういうエピソード聞いちゃうとなぁ。改めて聴きたくなっちゃうよね、もっかいリクエストしてもいい?」
「えぇ……数曲しかない持ちネタを何回擦らせんのよ」
「最後に一回だけ。希君お気に入りの『perfect blue star』でいいから、ね?」
「なんで当たり前のように最推し曲を読み取ってんの」
「えー? なんとなくわかるよ、歌唱の熱量が違ったもん」
「なにそれ恥ずかしい」
やいのやいの言い合っていると、ポケットの中でスマホが震動。取り出して着信したメッセージを開いてみれば……あぁ、はいはい戻りますよ。
翔子さんからの『お二人さん、いつまでイチャついてるのかしら』という、いろんな意味で冗談キツい弄りに苦笑いを一つ。
「んじゃ、楓が『いつもの』とやらを全力で披露してくれたら考えようかな」
「へ……? へっ、な、にゃっ、ちがっ……! あれは美稀ちゃんの冗談でっ」
反撃をお見舞いしつつ踵を返せば、やはり相棒と似通った反応を見せる友人が可笑しくて気の抜けた笑みにシフトしながら――――部屋へ戻り、その後。
自ら執行した刑に何故か巻き込まれた俺が、某ちみっこ二人組のアイドルメドレーをうろ覚えで熱唱させられたのは……また、別の話。
遂に出てしまいましたね、ニアちゃんに並ぶ作者最推しヒロインの名前が……
なお極めて高確率で本編には直接登場しない模様。
謎に作詞作曲が済んでいる『perfect blue star』も世に出ることはない。