三択
――――で、また暫く後。
「よお、よく来たなぁ」
「最後の最後だけになっちゃいましたけど……はい、こんにちは」
孫に会うお爺ちゃんめいて顔を綻ばせるゴッサンに歓迎されつつ、恙無く用事を済ませたとのことでログインしたソラさんを連れ特別席へ入場。
流石に数ヶ月単位で付き合いがあり、かつ例の旅行で交流を深めたとあれば互いの慣れ具合も相当……と言うより、筋肉の化身に物怖じしなくなった相棒はともかく、我らが総大将の方が日に日に骨抜きにされている感がある。
順調に各方面で愛され度合いを拡大していらっしゃるようで、大変結構。
なお、完全にテンプレと化した赤色の初手飛び掛かりを全く動じずに受け止めた上でのお澄まし挨拶である。こっちもこっちで強かに成長中だ。
「決勝戦……雛世さんとゲンコツさん、ですよね。珍しい組み合わせと言いますか…………映像が一般に公開されていなかっただけ、でしょうか?」
「いや、んなこたねえ。お前さんの言う通り、ここは地味に初マッチだな」
「ゲンちゃん、あの貫録でイロリンより後輩さんだからねぇ」
「選抜戦参加も、まだ四回目」
ソラとゴッサン、そしてソラ在るところ無条件で懐き虫と化すミナリナが引っ付き混じり、和やかにワイワイやり出す四人の傍ら。先程とは別の空間、しかし文字通り微粒子レベルの差異すらない特別席を見回すも他の姿は目に留まらず。
先に「疲れた、寝る」と言い残してさっさとログアウトした夜型少年はさておき、ゆらゆら氏……あとは囲炉裏も、現れる気配はなさそうだ。
前者はともかく、囲炉裏の方は先刻までの俺と同じく死んでいるのだろう。流石の無敵侍も、同格の序列持ちとガチ連戦を経れば人間らしく疲労するらしい。
「こういう舞台じゃなくても、雛ちゃんとゲンちゃんがマジバトルしてるとこ見たことなくない? 普通に楽しみなんだけど」
「だな。相性的には……ゲンコツに分があるか、流石に」
「アレねぇ、ずっこいよねぇ――――コラお兄さん。なにをボーッと突っ立ってるか座んなさい早く席にソラちゃんの隣に!」
と、未だ疲労が後を引く身でボケッと四人を眺めていれば、来襲した赤色娘にガッと手を引かれゴッと指定席へ叩き込まれる。
現実の肉体ならば、間違いなく尾骶骨が悲鳴を上げていただろう。
「なにしやがる……お前らが両脇に座りたがるもんと思って遠慮したんだぞ」
「ふふん、しなくていいんだよ遠慮なんて。あたしは膝をいただくのでッ‼」
「ソラ、遠慮なく投棄していいからな」
「あ、はは……」
「ズルい。私も膝がいい」
「早い者勝ちだもーん!」
本当に初顔合わせからどういうアレコレでここまで爆懐きしたのか未だに不明だが、ソラとちみっこ二人を引き合わせるとこうなるのはいつものこと。
んでもって、その場にゴッサンがいた場合。
「おう、総大将」
「あん?」
「顔が溶けてんぞ。お爺ちゃんか」
下の者には見せられない様相と化すのも、いつものことである。
◇◆◇◆◇
然して、時間は流れ夕方手前。第十一回の四柱選抜戦は恙無く全行程を終えた。
トーナメントの優勝者は、現序列九位こと【双拳】殿。選抜戦は参加者の力や四柱出場に足る適性を見るためのものであり、特に『優勝者』という肩書きに付随する何かがある訳ではないが……一応は、誉れに違いない。
まあ実際、ゲンさんメチャクチャ強いしチャンプの肩書きに違和感はゼロ。
本人の性格やファイトスタイルの関係上やや目立ちにくいってだけで、ポテンシャル的には『まさしく序列持ち』って感じの無敵感爆盛プレイヤーである。彼が優勝したという事実に首を傾げるイスティアンは存在しないだろう。
――――で、祭りが終われば例によってド級ホワイトな東陣営。とりあえず全員休めとばかり関係者は一人残らず暇を義務付けられ、丸っとオフになる午後半分。
さらっと交わしたフレンド登録を辿りメッセージで待ち合わせ場所を問い、足を運んだのは半ば以上予想していた城内の訓練室だ。
「よう、来たな」
「おう、来ましたとも」
一言二言を投げ合った程度の身で「意外」と思うのは失礼か。先に着いて待っていた銀色の麗人へ手を挙げ軽く笑みを向けるも……言葉以外は迫真のスルー。
なんというか、こう、アレだ――――わかりやすくて大変やりやすいな。
一言二言を投げ合った程度でも、その至極単純な在り方はバッチリ把握できた。然らば、俺の方も気分良く適当にいかせてもらうとしよう。
「さて、ご用件は? 親睦を深めようってんじゃないんでしょうて」
「こういう奴なんでな。悪いとは思うが」
悪いとは思うんだ、なんて戯れを好く御仁でもあるまい。反応を返さず先を待てば……彼、或いは彼女は「それで正解」とばかり言葉を連ねた。
「九月のアレ、知ってるか?」
「あぁ、知ってる――――『トライアングル・デュオ』だろ」
即答で先々月から知らされていた『とある催し』の名を答えれば、返って来たのは「話が早い」といった首肯が一つ。
「四柱はパスだが、そっちには私も……不本意だが、出戻った以上は顔を出すことになる。で、そうなると〝新顔〟には先に見せとかなきゃなんねえって訳だ」
なんのこっちゃわからない――――ことも、ない。
薄っすら学んでいた【銀幕】の情報と併せて、会話の流れから用件の内容が見えてくる。同時に、俺は脳内でひっそりと目前の先輩に対する評価を改めていた。
大体わかった。この人アレだ、律儀な不良だわ。
件の『トライアングル・デュオ』とは、四柱戦争と異なる趣で対人戦を行うことになる半公式特大リアルイベントの名称である。
その主な内容は、南北東の戦闘系三陣営に在籍する序列持ちが入り乱れてのタッグトーナメント……――まあ、現時点でイベントの詳細はどうでもいいとして。
重要なのは、来たる日に俺とゆらゆら氏が戦り合う可能性があるということ。
そして『四柱戦争』と比べても娯楽に一極した、観客を楽しませるためだけに存在する場で、この【銀幕】に初見で挑むというのが大問題であるということだ。
何故か――――このプレイヤーに初めて相対して勝負を成立させられる者など、過去にも未来にも存在し得ないからである。
つまり、ゆらゆら氏が俺を呼び出した理由はただ一つ。
「三十分くれてやる。覚えて帰って対策しとけよ」
未来で万が一『試合』をすることになった場合。俺こと【曲芸師】が成す術なくズタボロにされて無様を晒さないよう、手の内を学ばせてくれるという訳だ。
……これ、言ったらどういう反応するかね?
まあいいや、一回とりあえず言ってみよう。
「口は悪いけど優しいっすね先輩」
「やっぱ三分にしとくか」
「すいません、もう生言わねえっす。ガン飛ばさないでください顔も怖いっす」
なるほど、グッドコミュニケーションってなところか。
悪くない。
「ったく……なに考えてんのか、よくわかんねえ奴だな」
「お、それ久しぶりに言われたな……」
「あ?」
いやなんでもないっす黙るっす――――あぁ、なんか力抜けるわぁ。
嫌いじゃないんだよなぁ、こういうタイプ。
トラ吉なんかとは違った意味で気兼ねしないというか……気遣わないけど気遣わなくていいって、堂々と態度で宣言してる感じというか。
ロールプレイなのか素なのかは定かではないが、仮想世界のゆらゆら氏とは仲良くやれそう……――――少なくとも、あっちは望んでなさそうだけどもさ。
ま、こっから先の交友ルートは流れに任せるってなことで。
「もういい、ゴチャゴチャ言ってねえで始めっぞ――――『ステータス』『スキル』『魔法』の中で、お前が一番得意だと思うのはどれだ?」
時間を割いてくれている、というのは理解している。
ゆえに、痺れを切らしたとばかり会話をぶっちぎって本題に乗り出した彼、或いは彼女に文句はない。そして、概要だけでも【銀幕】の保有する特異な能力を知っている以上は質問に対する疑問もない。
ステータス、スキル、魔法。『世界からプレイヤーに与られた三つの奇跡』に大別されるそれらの中で、自分が最も扱い慣れていると思えるのは――
「まあ……『ステータス』かな」
大概の者はそう答えるだろうが、師に教わり『内』だの『外』だのを嗜んでいる俺は他者より余程である。通常のプレイヤーがスキルを用いて実現するようなことを、超人的なアバタースペック一本で成すのだから……まあ、そこはね。
その根幹となる『ステータス』こそ、一番得意と言うのが正しいだろう。次手で『スキル』かな、まだ『魔法』は得意ってほど使ってないし。
と、いうことで。
「んじゃ、それからやるぞ。振れ幅でぶっ飛ぶなよ」
「あぁ、いつでもどうぞ」
答えを受け取った銀幕が、口を開く。
「――――【熾揮者の舌鋒】」
そして、その中。銀髪、白い肌に比して真っ赤な〝舌〟に刻まれた、複雑怪奇な文様が薄っすらと妖しい光を放って……――――
「《無垢なる愚者の行進曲》」
仮想世界に於いて『最も奇怪』と称される魂依器が、宣告に従い起動した。
お待たせ。
最近またゴタついているので頻繁に時間ズレますが、ご了承くださいまし。
んでもってなんかアレコレいろいろゴチャゴチャ言ってますけど、これまでと同じく然るべき時に後から全部説明入るので気にしない程度に気にしといてね。