ゆらりゆらり浮上して
「――――――……悪い、大丈夫だ。ちょっと思いの外ぐらっとキテたっぽいけど、シンプルに悔しいってだけでアレコレ思いつめるような案件でもなし大袈裟に気遣ってもらうようなことじゃないからそろそろ放……っ、放せ、このッ……‼」
「んえー? 最近キミの年下モード貴重だからなぁ、もうちょい……あーハイハイわかりましたよー本気で睨まないでってば」
時間にすれば、数分足らずのこと。しかし確かに甘えてしまった事実から、止めどなく溢れる羞恥を糧に軟弱な己を蹴っ飛ばす。
僅かずつ戻り始めている身体の出力を振り絞って暴れて見せれば、ニアは渋りつつ揶揄いつつ俺の頭を開放してヒョイっと肘掛けから降りた。
「もう、照れ屋さんなんだから」
「調子乗んな」
「ふふん。かーわいい」
「っ……、…………」
直前の状況が状況だけに、なにを言っても負け犬の遠吠えというか年下の強がりである。消化しようのない恥で体温が上がる感覚を努めてスルーしながら――
「え、何故そこで更に可愛くなるのかな」
「身体が小さくなると、主観的にソファが巨大化して埋もれる感を強化できる」
前触れなく《転身》を起動した俺に疑問を投げるニアへ、この上なく適当な文言を投げ返してながら深く深くクッションへ沈む。
別に、断じて、顔だけではなく全身をソファへ埋めて恥から逃れようと小賢しい悪足掻きを試みたという訳ではない。疲れた身体を集中的に休めようと思い立ち、賢く休養回復効率を引き上げに掛かっただけである。
「ねぇ」
「はい」
「照れてれ不貞寝クッション埋まり美少女かわいすぎるんだけど撮っていい?」
「ダメです」
と、残念ながらニア視点で一層どうしようもねえ絵面になったらしい事実は誠に遺憾――いや別にそういうアレじゃないからいいんですけどね別に断じて。
「ちぇー…………そしたら、えと……んー……」
「言ってるだろ。あんま気遣うなって」
一応は流れに決着が付いたということで、話を戻すべきか否か迷ったのだろう。言い淀んだニアへクッションの海から手を突き出してヒラヒラ振る。
そうすれば、
「ん、ではでは――――選抜戦のお仕事は終わりってことは、この後はもう予定ナシなの? あたし、四柱の運営云々とか全然知らないんだよね」
それだけで、このように。
一言二言でサッパリ切り替えてくれるだろうと信頼できるところが、単純かつ強烈に『いいな』と思える彼女の性質だ。
……と、順調に沼へ落とされつつある男の戯言はどうでもいいとして。
「まあ、ほぼナシってとこだな。なんかしら必要があれば呼ばれるけど、基本ゴッサンとミナリナ以外の序列持ちは自由に過ごす感じだ」
とはいえ、個々に課せられたノルマ……陣営の運営諸々に要する資金稼ぎに関しては、いつも通り『出来る限りでお願い』されている訳だが。
大した負担どころか小さな負担にも成り得ない程度のアレなので、これに関してはまあ〝ナシ〟扱いしても差し支えないだろう。トップランカーとしてわかりやすく「陣営に寄与してますよー」というポーズの側面が強いらしいし。
「あ、そういう感じなんだ。イスティアっぽ……いえいえ」
「ゆうて雛さんは頻繁にゴッサンの補佐してるし、テトラはあれでミナリナのサポートすること多いっぽいし、ガチで気ままに過ごしてるのは俺と囲炉裏とゲンさんのバトル馬鹿三人衆くらいなもんだが」
「おやおやー? ついに戦闘狂って認めた?」
「狂ではない。特別に比重が寄ってるのは、流石に認めるけども」
そんでもって、それも別にサボっているという訳ではない。
特別に戦闘方面へ在り方が寄っている俺たちは、多方面から『在るべくして在れ』と望まれるからこそ研鑽ライフを貫いているだけ。
序列持ち以外にも、頼りになる陣営の仲間は沢山いるしな。
――――少々、旅に出ます。
なんて言って、先月から『序列一位に相応しい自分』を探しに行ってしまった俺の師も斯く在りて。東陣営は、東陣営らしく支え合い纏まっているのだ。
……二ヶ月前。再指名された十位に関しては、未だに顔を合わせる機会が訪れていないため何とも言い難い。こちらは邂逅の時を待つものとする――――
「そしたらそしたらもしかして、今日の午後からもう普通に暇ってこと? それなら奇遇というか誰かさんにほったらかしにされてたニアちゃんも暇なん――」
「あ……悪い、選抜戦の続き観戦しに行くから今日は無理」
「ちぇー! 知ってましたよーだ!! あわよくばですよーだ!!!」
拗ねるニアを適当にあやしつつ……「適当にあやすな」と怒られつつ。いざ比較すれば笑ってしまうほど、此処へ来る前より随分と軽くなった心で息をつく。
誰かさんのおかげで余裕のできた思考が矢印を向けたのは、十中八九……というか、ほぼ確実に俺が関与する形で返り咲かせてしまった、まだ見ぬ先達のこと。
ゴッサンが「どうせそのうちフラっと顔見せるだろ」なんて言っていたが……はてさて、そのうちが訪れるのはいつになることやら。
個人的に、早く会ってみたいんだけどな。
一対一で【剣聖】に黒星を付けたという、初代トリックスターこと【銀幕】殿。
オッケー任せろ。