曲芸師解説中:Part.2
《夢幻ノ天権》――――『東の双翼』の片割れこと【右翼】が抱く唯一の星にして、一切の物質的干渉能力を持たない無力の魔法。
無に等しい、超低燃費の持続コスト型。
発現する能力は、イメージによる〝幻影〟の描画だ。
それこそがリィナというプレイヤーの持つただ一つの〝力〟であり、戦闘系三陣営で唯一『単体では一切の攻撃力を持たない序列持ち』と呼ばれる所以。
思考制御一極型のスキル等にありがちな高等で複雑な技術的難易度を要求せず、極めて直感的かつレスポンス良好な操作性……と、その辺は本人の言によるものなので詳細や真偽は不明だが、この《夢幻ノ天権》の優れた性質は他にもある。
例えば、幻影は〝物質〟には干渉しないが〝認識〟には干渉するという点。
つまり彼女が生み出す幻は観測する者や観測するモノを騙し、当然のように音や気配を伝え物質ならずして仮想現実に〝存在〟を顕現させる――簡単な話、パッと見で幻か実体か見破るのが超困難ってかまず不可能ということだ。
目視どころか、プレイヤーの探知系スキルさえ欺く幻惑の術。
たとえ本人に攻撃力がなくとも、広い意味での〝攻撃能力〟を問えば……戦いにおいてソレがどれだけえげつない力であるか、言うまでもないことだろう。
そんでもって、リィナの〝幻〟は戦い以外でも非常に優れた利便性を発揮する。それはまさしく、今のように――――
「はい、それでは右手にご注目ー」
言葉では伝えづらいことを、映像によって説明したい時などに。
俺の頭に手を置いた少女……ではなく、俺のイメージに則って。ノロノロと持ち上げた右手にゆらりと半透明なエフェクトが発生。
《夢幻ノ天権》の優れた点、その二つ目。任意の対象に接触状態を保ち権能を貸与することで、他者のイメージをも映し出すことが出来るというやつだ。
「なにそれ。湯気?」
「違う、これが『外』」
誰かさんの間抜けな発言へマジレスを返しつつ。聞いてはいたものの自分で体験するのは初のこと、貸し与えられた幻発生能力を思うままに操ってみる。
湯気と称されたオーラを右へ左へ揺らしてみたり。赤、青、黄色と色を付けてみたり……あぁ、はいはい成程。これは確かに――――
「想像の遥か上を行く抜群の操作性だな…………ってかこれ、読み取り感度が高過ぎて逆に難しいまでないか……?」
「うん。あまり凝らないのがコツ。『操作』しようと意識したら出力が過剰になっちゃうから、出来て当たり前の『呼吸』みたいに考えればいいよ」
「なる、ほど……?」
などと、持ち主のレクチャーを受けつつ練習することしばらく。
冗談抜きで思いのまま動く幻影操作に慣れてきた頃合いで、中断していた説明を再開することに。もちろん、周りをチョロチョロしながら「はやくーはやくー」と急かしてくる赤色の鬱陶しさも理由の一助である。
ほんとコイツ、なんでこんなテンション高いんだよ。いいことでもあった?
「んじゃ、折角だから『外』の根底からサクッと話してくぞ」
言いつつ、可視化させた『外』の幻影を纏わせた右手を適当に動かしていく。
右へ、左へ、上へ、下へ……――移動する手に従い、ゆらゆらと揺れる〝力〟は尾を引きながらついていった。まず第一、在るがままの姿。
「これが、全てのプレイヤーに共通する『外』……ってか、敏捷ステータスって概念の作用する形だ。……あ、いや、あくまで結式の理論の上では、だけどな」
「ふむふーむ?」
「根本的にアバターを動かす筋力は肉体にある。ならAGIはどこにあるのか、どうやってアバターに作用してるのかって考えだよね」
首を傾げるミィナと、意外と真面目に説明を聞く態勢のテトラ。後者の言葉に「その通り」と花丸を言い渡しつつ、再び右手を右往左往。
纏った〝力〟は、今度は一切のブレなく手に収束して追従した。
「で、これが結式の縮地術だ。普通は勝手に作用してる『外』の出力を意図的に操作して、完璧に『内』と融合させることで爆発的な相乗効果を生み出す」
言葉にすれば簡単だが、そもそも『外』の出力を知覚認識するのが不可能レベルで困難ってのが【結式一刀流】を継げる者が長らく現れなかった理由。
更にその操作までも至難を極めるとなれば、ういさんが一時でも諦めてしまっていたのは無理もないことであると言えるだろう――さておき、
「つまり『外』ってのは、本人の意思で操ることが出来るし動かせるって訳だ」
「本来なら、机上の空論みたいな話」
ぶっちゃけリィナの言う通りってか、そのものだと思うよ。自分もあれよあれよと身に付けといてなんだが、未だに「意味わかんねえなコレ」と思ってるからな。
「難易度どうこうは置いといて……本人の意思で動かせるんだから、やろうと思えば『外』だけを動かすことも可能ってことだ。そりゃ根本的にアバターへ追従してる力だから、完全に切り離すってのは難しいんだが――――」
認識に関しても個人の差があるため、実際のところはもうちょい複雑なのは別の話。ともあれ次、手に纏わせていた〝力〟を球体にして隣へ浮かべてみせた。
「まあ、出来るな」
「そっかー……出来るのかー…………」
「あぁ、うん。そう、出来るんだ……」
「凄いね」
溜息が二つ、称賛が一つ。前の二つをスルーしつつ、今度は切り離した球に手の周りをクルクルと回らせていく。
「で、運動エネルギーって速度や激しさを増す限り積み重なってくだろ? その理屈が、この『外』にも適用される訳だ。つまり、貯蓄ができるってこと」
「「「………………」」」
「…………えーと、まあ、わからないなりに頑張ってくれ」
三者三様に首を傾げる小っこい先輩方へ苦笑いを零しながら……手の周りを旋回させている球は、どんどん速度を上げていき次第に視認も難しくなっていく。
――――と、いったところで。
「さて、コレを一気に解放したらどうなると思う?」
「えぇ……そりゃもう、ズパーンでしょ」
「ハイ正解。つまりそれが、ういさんの編み出した《唯風》の原理」
先んじた技で発生した莫大な運動エネルギー。
それを余すことなく、切り離した『外』へ叩き込んで〝回転〟という形で保存する……これも言うだけなら簡単だが、技術としては至難を極めるモノに違いない。
あの【剣聖】様でさえ、自身と得物をグリングリン回してイメージの補強をしなければ実現できなかった技だ。奥伝と称すに相応しい絶技と言えよう。
そして、
「そんでもってソレが、俺の編み出したアーツの基礎。つまり……」
『内』と『外』を合一させる縮地術には向いていなくとも――――俺は片側において、畏れ多くも【剣聖】に勝るとも劣らない才能があったようで。
「【四凮一刀流】は、突き詰めて『外』に特化した技ってことだ」
お師匠様お墨付きの〝才〟を伸ばした結果。
それこそが、まだまだ発展途上にして未完も甚だしい俺の剣という訳である。
安心してください、終始「なに言ってんだコイツ」と思いながら描いてます。