舞台後
――――9:1ってなところだろうか。
前者が驚嘆、後者が納得といった具合。既に数え切れないほど刃は交えたとて、本当の本気でぶつかり合ったのは今回が初めてのことだった……それゆえに。
予想を大きく飛び越えてマジもんの化物だった囲炉裏の〝全力〟の重みに終始、驚かされっぱなし焦りっぱなしの一戦だった。
なお、それら一部を10として心境全体の内訳は90:10。
前者は勿論、心の底からの『超悔しい』であることは言うまでもない。
なので――――
「五秒以内に手を引っ込めないと投げる」
「声ひっく。こっわ――――……ちなみに、投げるとは?」
「空に」
「〝あたしに〟じゃなくて〝あたしを〟投げる!?」
慰めなんだか揶揄いなんだか不明な弄りに対して、聖人ムーブをするほどの余裕が今の俺にはあんまりない。そのためドスを効かした脅し文句を吐き出すと、円卓に突っ伏して死んでいた敗者の後頭部をつつく小さな手がパッと離れた。
「なぁんだよもー。可愛くて優しくて可愛い先輩が慰めてあげてんじゃーん」
「っは、元気担当がなんか言ってら」
「おいコラお兄さん。最近あたしに遠慮なさすぎると思わないかね」
が、本当にその程度で懲りるのであれば俺は赤色の顔面を週二ペースで握り締めてはいない。つんつんどころかシュタタタタタと指先で側頭部を連打され、本気三割で歯を剥いて威嚇するとミィナはわざとらしい悲鳴を上げて逃げていった。
で、
「……リィナさん、くすぐったいっす」
逆サイドを無限にさわさわさわさわしている可愛い担当(他称)の方も、そろそろお止めいただきたい。こっちはシンプル素直に労いの思惑が伝わってくるものの、毎度のことながら謎のソフトタッチが過ぎてくすぐったくて堪らん。
「二人とも、格好よかった」
「あぁ、うん。ありがとよ」
どこぞの赤とは違い悪戯の意図が無いのはわかっているため、それがむしろ反応やら扱いやらに困るというかなんというか。
いつも通りの無気力な瞳にジッと見つめられ、飾らない称賛と相まって普通に恥ずかしくなってしまい再び机に突っ伏した。戦略的撤退である。
「……あれだ、気遣いも心配も要らんぞ。悔しいは悔しいけども次は俺が勝つし、ヘコんでるってか単純に身体が死んでて動けねえだから」
「次は勝つ?」
「うん? そりゃ勝つだろ。あぁ、絶対に俺が勝つねアイツの実力も手札も大体わかったし次はメタ張ってボッコボコよ間違いない」
「負けず嫌い星人めー。このこのー」
「投げる」
「きゃー襲われるー!」
性懲りもなく戻ってきたミィナに手を伸ばすも、魔法特化のちびっこにさえ容易く躱されてしまう激重動作――……ほとんど意地で披露しちまったのは仕方ないとして、やはりまだまだ実戦で使えるレベルじゃないなと。
どちらかと言えば、ヘコむのはそっちの方だ。
技術習熟的な問題ですぐにでも解決可能な案件ではないといえども、名前がついてしまった以上は早急に格好が付くよう詰めていかねば――――と、その時。
「ん」
「あ」
「おん?」
聞き慣れた転移のサウンドエフェクト。重たい身体を放置して首だけ音の出所へ向ければ……現れたのは、こちらも見慣れた黒尽くめ。
「あれ、そっちも終わってたんだ。お疲れ先輩」
「おー、テトラもお疲れ。どうだった?」
「燃やされた」
「っはは、流石に相性が悪かったか」
俺と囲炉裏の試合と同じ後半第六回戦。『【熱視線】vs【不死】』の序列持ち対決は、大方の予想通り雛世さん――もとい、雛さんの勝利に終わったらしい。
まあ、流石にな。如何にテトラの隠密術が優れていようとも、軽率に舞台一面を焼き払える彼女が相手では絶対的な相性が悪すぎる。
語手武装こと【真説:黒翼を仰ぐ影布】までも十全に刺さらないとくれば、なにをどうしても引っくり返しようがないだろう。仕方なしだ。
「一応、足掻きはしたよ。そういう先輩は? リベンジマッチ――――」
「 負 け た ッ ! ! ! ! ! 」
「いやうるさ、ヤケクソじゃん…………ま、残念だったね。次は勝ちなよ」
軽い反応に、軽い言葉。気まぐれめいて軽く俺の肩を叩き、いつの間にか随分と席が離れてしまった後輩がストンと八席の椅子に納まった。
テトラも全体的にちっこいサイドなので、先客のちみっこ共々に円卓の豪奢な椅子が殊更にデカく見える。視覚的な和み効果が地味に高い。
「ってことは、午後からの準決勝一発目は雛ちゃんとイロリンかー」
「また『炎と氷と水蒸気で舞台が見えない』って苦情が来る」
「なにそれ面白そう。観戦行こ」
「…………」
ちょっかいを払い除けるのを諦め、卓に突っ伏したまましれっとミナリナの会話へ混ざった俺に目を向けている気配が一つ。
おそらく「思ったよりもヘコんでないんだな」的なことでも考えていたのだろう、気遣い屋なツンデレ少年の視線には気付かないフリをしておいた。
「お、いいね。そんじゃそっちは一緒に観戦するとしてぇ……――」
「……正直、二人の試合は『なにをやってるのか』あまり理解できなかったから」
「それまでの時間、ちょーっと暇潰し程度に」
「出来れば本人の解説がほしい」
と、暢気を気取っているところへ思わぬ依頼が飛んでくる。
ふむ、解説。それ自体は別に構わないのだが……。
「………………選抜戦不参加組って、確か委員会の事務仕事サポート業務が」
「私の分はもう終わってる」
「よっしゃ行こうぜー!!! テト君もおいで!!!!!」
「おいコラ元気担当サボり魔」
「えぇ……僕は別に――あぁ、はいはいわかったから引っ張らないで」
良い子と悪い子に、それぞれ椅子から引っ張り起こされながら。
自然と目を見合わせた男子二名はおそらく、揃って似たような顔をしていたことだろう。即ち……『ツッコミを入れる体力が勿体ない』から従っとこう、と。
前衛の選抜戦に中・遠距離火力役の雛世さんが参加しているのは、対人不得手な本人が経験を積むために自ら志願したのと『華』を求める一般プレイヤーから参加を熱望されたという理由が半々。
テトラ君が参加させられているのは、戦闘意欲が薄い少年が四柱不参加を貫く『ゆらゆら二号』と化すのを避けたかったゴッサンが放り込んだから。一応それなりに責任感があるツンデレなので心の底から嫌々やっていたりはしない。