無双の氷刃、無窮の天鶯 其ノ肆
刀を喚ぶ手は躊躇なく、赦された名乗りは迷いなく。
応え来た【早緑月】を左で抜き放つと同時、王の名を冠したスキルが秘める力の一端に手を伸ばす――――紡いだその名は、
「《天閃》――ッ‼」
代償を介さぬ、瞬間転速。
零から百へ、加速の過程を排したトップスピード。迫るは好敵手、当然のように反応し迎え撃つは左の氷刀――――俺が振るうは、右の鞘。
【九重ノ影纏手】。
「〝斬纏〟」
右の腕輪より再び溢れ出した〝影〟が黒塗りの鞘を更なる黒に塗り潰し、漆黒の刃へと上書きされた『鞘』が【無双】の象徴こと零度の白刀へ――接触する寸前。
「「――――――――」」
交錯した視線から迸った『意』を読み取り合い、互いの〝刃〟が軌道を変えた。
《氷華》――――囲炉裏が持つ『白刀』の権能は、前回の四柱時点で既に割れている。その正体は得物越しにでも触れたら最後、一瞬の内に対象を凍てつかせる絶対零度一撃必殺の『刀の形に凝縮された氷属性大魔法』が如き一振り。
即ち、俺の〝影〟と相対して触れられない同士が一つずつ。幕を開けるのは、当然のこと……――時に守りの択さえ致死となる、地獄のゼロ距離デスマッチだ。
白が黒を避け、空いた隙間に蒼の突き。翠が弾き、弾いた翠に白が迫る。《天歩》及び《天閃》及びに『纏移』を並列起動――疑似『縮地』の成立。二度の切り返しで背後に回り、必殺の威を置いて三度目の踏み切り。白の豪速一閃と共に振り向いた侍の、頭の上で《技》を詠む。
「四の太刀――――」
「ッ……――」
「《天雪》ッ‼」
足場を要さない宙での『縮地』術。横倒しの体勢から更に横転を重ねた身体の遠心力全てを乗せた回転連撃を天頂から叩き落とした。
白刀による受け――――は、不可能。置き去りにした〝黒〟を叩き伏せたそれは、既に〝影〟の縛鎖が絡めとっているゆえに。
改めての必殺、決殺の場面。対する【無双】が返すのは、
「「――――ッは……‼」」
誰かさんと同じ、獰猛極まる戦意の顔。
一、二、三、四。かの【剣聖】が紡ぎし『技』を確かに、右腕一本、刀一振りで真っ向から叩き落した二刀の鬼が笑う。
黒の縛鎖から解けて逃れた白刀は、瞬きの間にその左手へ。
「迦式二刀、四の太刀――――」
〝四〟を払いて〝四〟の返し。深く交差した両腕から、まさしく鬼の角が如く真っ直ぐ天を突く二振りの刃が――――閃く。
「――――《丑光》」
「ッッ、ご、ぁ――――ッ……!?」
二振り四閃。
『縮地』もかくやの神速で切り返された刃が連撃ではなく同時の四撃を成立させ、咄嗟に引き戻した【早緑月】の上から俺の身体を紙屑のように吹き飛ばした。
ダメージは軽微、衝撃は甚大、乱回転しながら真上へ叩き返された身体を制御――――する間もなく、気配はすぐ傍に。
「六の太刀……‼」
「ッ……なろ、一の太刀――――」
「《鏡鮫》ッ‼」
「《飛水》‼」
叩き込まれた無秩序なエネルギーを強引に従え転用し、遠心力を刀へ籠めて起こりが最速の型を無理矢理に構築。放った先で見たものは、諸手の打ち下ろし――
いや、違う――――ッ‼
「ッハ、よく視た……!」
「うっせぇ無茶苦茶かテメェ……!」
二刀による諸手一刀。右手の蒼刀打ち下ろしはフェイクにして誘いの一手。
本命の一撃は上から下への振り下ろしを迎え撃った相手の〝力〟を利用することで放つ、逆手で腕に這わせるように隠した左の白刀の斬り上げだ。
変則も変則の奇異なる一刀――――しかし、籠められた威力は【剣聖】のそれに勝るとも劣らない突き詰められた剛の剣。
しかと躱したはずの一閃の圧が、触れてもいない右肩を掻っ捌いて鮮血代わりの赤光を散らす。《水属性付与》も使わず射程拡張かよ怪物め……‼
疑似『縮地』起動。
空を踏めるという一点でこちらも【剣聖】の劣化には成り得ない一手。向かうは地上、置き去りにした鞘刀を掬い上げ――――『決死紅』起動。
さぁて、こっちの番だ……‼
「七の太刀――――」
「ッ…………来い」
「《七星》」
一瞬七閃、神速の型。全方位から同時に襲い来る致死の剣閃を、
……おい、正気か。
「彼女自身を、除いて――――」
「――……っ」
「剣聖の技は、世界の誰より、俺が憧てきた」
完全に見切った剣閃を、一つ残らず叩き落として退けた【無双】が咆える。
「二の、太刀ッ……‼」
二刀を併せて右後方。
構えを取った侍の足が、技後の反動を俺が振り切るよりも先に地を捉えて、
「――――――《獅車》ッ!!!」
解き放たれ、弧を描いて迸った旋閃が俺の身体を捉える。
一振り。蒼の霜刃は、咄嗟に咬み合わせた【早緑月】の刃を滑り浅く脇腹を抜け――もう一振り。白の氷刃は、遅れた黒を擦り抜けて、
「クッソ、が……――!」
肩口から逆の脇を奔り抜け、思う存分に〝敵〟の命を喰い散らす。そして、一撃必殺の刃が役目を果たした、次の瞬間。
絶対零度の核を叩き込まれたアバターを基点に、巨大な氷獄が屹立した。