無双の氷刃、無窮の天鶯 其ノ参
かの無限道場こと【影滲の闘技場】第一踏破者報酬が片割れ。【九重ノ影纏手】の秘めた能力は揃いのもう片方に比べると、ひどくシンプルで直接的なものだ。
具現化した〝影〟の自在操作。MIDステータスの総量に応じた規模のそれを、文字通り千変万化変幻自在に操り意のままとすることが出来る。
性質としては、マルⅡこと【変幻自在】が持つ魂依器【無貌の英典】が非常に近しい。この〝影〟は人混みから要救助者を釣り上げる糸にも、撚り合わせて捕縛の波濤にもなる上、イメージ次第で断つ『剣』にも穿つ『槍』にも成るゆえに。
そのイメージ次第って部分の制御がキツいというか、独特の癖があるせいで細かな制御がメチャクチャしんどいのは玉に瑕。が、しかし扱いを極めれば万能の武装と成り得る、特級のユニーク品であることには間違いないだろう。
そんでもって【九重ノ影纏手】から滲み出す〝影〟は、そのもの影という概念の性質を模したのか否か一つエゲつない特性を秘めている。
それは、一度でも触れたが最後。
像がある以上どう足掻いても切り離すことのできない〝影〟の如く――繋がれた黒糸は、術者の意思を除いて断ち切る手段が存在しないという点だ。
――――さぁ【無双】殿、体験していただこうか。
この【曲芸師】と実体ある線で繋がれるということが、何を意味するか。
流石の対応速度、思い切りは刹那。肩口に〝矢〟を喰らう寸前には既に起こしていたのか、刀を基点として瞬時に氷結が巻き起こる――――
それよりも早く、速く。
「――――《天歩》」
「ッ……――が、ふ……‼」
全力で空へと踏み切った俺、繋がる黒糸、そして一名様ご案内だ。
一息で高さ数十メートルまで強引に引っ張り上げられる負荷は、例え超人アバターと言えども……いいや、仮想世界仕様の超人であるからこそ逃れられず拡大認識される『衝撃』が極大に作用する。
堪らず魂依器の制御を失ったのだろう、それでも決して離さなかった刀から氷の残滓を散らしながら――呼気を漏らし身を硬直させた【無双】にも、確かに。
だが、それでも、
「ッハ、気分はどうよ……!」
「……、……の、やろッ……!」
すぐさま見開かれた碧眼が、揺るぎない戦意をもって俺を見た。
囲炉裏は俺に「適応順応は得意技だろ」なんて宣ったが、俺に言わせりゃお前も大概なんだよ天才バトルジャンキーめ。
〝影繋ぎ〟からの天拉致コンボには二通りの派生がある。
ひとつは、黒糸で繋がりを保ったまま空で一方的な袋叩きを実行するパターン。囲炉裏を含め大抵の者に最初は死ぬほど有効だろうが、即座の対応力を見せる実力オバケかつ『繋がり』を逆手に取れる手段を持つ者に対しては危うい手だ。
コイツの場合、すぐにでも慣れて糸から氷結を伝わせてくるだろう――ならば派生は、もう片方一択ッ……‼
「ッ……! 《絃氷――」
「 遅 ぇ ッ ! ! ! 」
《天歩》再点火。
すぐどころか瞬時に体勢を御し、何かしらの『手』を返そうとした侍を連れて向かう先は――――当然の如く、眼下の地上へ一直線。
お前のことだ、未来は簡単に見えただろ? さぁ、どう切り抜けるか……。
「――――魅せてみろよ先輩ァッ‼」
「ッ……――――上等だ後輩がッ‼」
今日三度目となる、あの日と似たような流星直下。かつて叫び合った怒号を逆転させ、刹那の内に天から地へと奔った身体――降り落つ二つは、行先を違え。
糸を切り離された、ただ一つが地上へ叩き付けられた瞬間。
莫大な運動エネルギーを叩き込まれた超人の身体は、三度目にして最大の破壊を闘技場の舞台に巻き起こした。
◇◆◇◆◇
「――――――――……、がはっ、ッ……げほ……! っぐ、ぅ……」
正直なところ、無様な死を幻視した。
油断はなく、侮りはなく、しかしいつもの無法極まる『手』によって真実してやられ……生まれて初めて経験した下吹き飛ばしは、身体にも心にも〝衝撃的〟で。
危うく、全力を出さずして呆気ない幕切れとなるところだった――そんな情けない事実が、しかし何よりアイツとの試合らしくて。
笑みが、止まらない。
「――――…………生きてるだろうとは思ったけど、なんでアレで生きてんだよ」
「ッハ、魅せるためさ……どこまでも生意気な後輩に」
刀を突いてふらりと立ち上がれば、立ち込める粉塵の奥から届く声音。呆れたようなそれに軽口を返すも、今ので緊急用の防護スキルを粗方失った。
その上で、正真正銘の瀕死状態。体力の多寡はゲームらしく身体の運動性能に関与しないが、危険領域ともなれば心を伝って作用する。
軽率に自ら生命を捨て散らす、どこぞの馬鹿はともかくとして。『先に押し込まれた方が精神的に絶対不利』は対人戦の基本にして真理だ。
けれど、そう。
なんにでも、例外は存在する。
「……――――《無振》」
例えば、追い込まれるほどにボルテージを上げる変人であったり。
「《散華》」
例えば、なによりも待ち侘びた戦いに焦がれる者であったり。
「集い、来たれ――――」
例えば、
「――――《氷華》」
絶えぬ高揚が焦燥を容易く塗り潰してしまう、生粋の戦闘狂であったり。
だから、そう。
この身とて、どこぞの馬鹿と相対するに相応しい〝馬鹿〟であるゆえに。
「ハル、刀を抜け」
「――――……」
二刀を引っ提げ、背水の陣。なによりも高まる状況の最中に身を置いて、絶対に負けたくない相手へと〝刀〟を求めた。
「此処からだ。そうだろう」
他でもない、目の前のコイツこそが。
「……あぁ、此処からだな」
誰より眩しい、白を纏った無垢なる春告げ鳥こそが。
「松風が派流【結式一刀】……――――いざ、推して参る」
自分にとって、最高の好敵手であることを、
「――――――我流【迦式二刀】……御相手、仕る」
この刀が、理解しているから。
此処から。