無双の氷刃、無窮の天鶯 其ノ弐
兎短刀を左手に持ち替え、空いた右腕を真っ直ぐ横へ。
そこに在るのは九重の〝黒〟で形作られた腕輪。かの【影滲の闘技場】を踏破した俺とアーシェだけに、世界から贈られた揃いの片割れ。
紫紺の玉石が瞬き、その身から滲み出したのは――煙のように揺らぎ、水のように流動する、実体を持つ『影』の黒。
「…………」
視線の先、再び初見の異を察知した囲炉裏が静かに刀を構え直した。警戒の色を強めてくれたのは誠に結構……然らば、上手く躱せよ【無双】殿。
もしも、コイツの対処を誤れば――――
「――――〝繊〟」
下手すりゃ、一発でゲームオーバーだぞ。
「ッ……!」
異変は即座、規模は甚大。鍵言に則って俺が炸裂させた〝影〟が、無数の糸を寄り集めた濁流となって放射状にぶちまけられた。
向かうは正面。対応すべき【無双】が取ったアクションは――――
「奔れ、白霜ッ‼」
流石と言うべき他ない、最適解。
地を掃うように振るわれた【蒼刀・白霜】の刀身が燦然と輝くと同時、瞬時に屹立した巨大な氷柱が影の濁流に立ちはだかり――堰き止めるに留まらず、接触した〝糸〟の先から伝播した氷が出所の俺へと勢いよく迫る。
オーケー、想定通り。
「《天歩》」
プツリと腕輪から影を切り離すと同時、氷結に呑み込まれる寸前で上へ踏み切る。空へ跳んだ一歩は危機から脱するためではなく、
「〝繊纏〟――……!」
次なる攻め手へと突き進むための一歩だ。
主の命もそこそこにしか聞いてくれない暴れ馬が如き〝影〟を強引に御し、織り重ねた糸を右腕に這わせ黒一色の手甲と成す。
そして、
「【仮説:王道を謡う楔鎧】ァッ!」
左の手甲を呼び起こすと同時、こちらを仰ぎ見た碧眼と視線が交わった――――否、交えたのは視線だけではなく。
「い――――くぞ、オラァッ‼」
「かかってこい――――ッ‼」
あまり人様にお見せするべきものではない気がする、凶悪な笑みも一つずつ。
《天歩》の再点火、頭上からの一撃――――またも躱され左腕が盛大に床を砕くも、今度のそれは退避ではなく回避。
爆散した大小の破片までも躱し打ち払い凌いだ末、当たり前のように首へ飛んできた致死の一刀を振るう手元に右腕を合わせ――あぁ、本当にマジこいつ……‼
「お前のバトル勘はどうなってんだよッ‼」
「見れば理解るだろそんなものッ‼」
右のガードを見るや即座に腕の軌道を逸らし、影を纏わせた右腕との接触を回避して見せた〝天才〟と怒鳴り合いながらの超近接戦第二幕。
触れたら終わり。気付けても咄嗟に対応なんて普通出来ないだろうに……‼
左の拳打――に見せかけて、半ばまで打ち出した拳を引くと共に勢いを転用した左回し飛び蹴り――からの浮いた身体ごと倒れ込むような右拳の打ち下ろし。両手を地に突き立てカポエラもどきの旋回両脚蹴り……からの跳ね起きざま裏拳二連。
二ヶ月を経て【音鎧】ブートキャンプで身に付けたリンネ直伝の変則体術は、ただでさえ真っ当な対処が難しいはず――だと、いうのに……!
「どういう動体視力してんだテメェッ……!」
「元剣道選手を舐めるな馬鹿め………‼」
「もうソレそういう次元じゃねえだろが‼」
咄嗟のガードすらなく全て躱してみせるのは真面目に意味が分からない。
勿論、俺が意図的に速度を絞っているせいもあるだろう。ここと決めて《天歩》を撃つシーン以外では、全力どころか三割程度の速力しか開放していないゆえに。
が、その〝手加減〟こそが俺がコイツと駆け引きを成立させられている理由。
ベタ踏みなど以ての外。技の介在しない速度頼りに踏み切った瞬間、単純にならざるを得ない動きを読み切った囲炉裏にカウンターを喰らって試合終了である。
他でもない俺自身の経験則。一定以上の高速戦に対応できる序列持ちが相手の場合、安易なフルスロットルには踏み切れない――しかし、これでは埒も明かない。
の、で――ッ‼
「 顕 現 ――――」
「ッ……!」
出し惜しみはナシだ、無理矢理にでも押し込ませてもらう……‼
「―― 解 放 ッ !」
「こ、の……ッ!」
手中に喚び出した小兎刀を即座に砕き、語手武装の段階移行を起動。
Ver【刃螺紅楽群・小兎刀】の形態は――――
「《玉奪の輝剣》ァッ‼」
紅緋に輝く、巨剣の連射。
真っ直ぐ振り抜かれた左拳に従い、俺の背後に円環を描いた輝剣が《延歩》によって即座に距離を取った囲炉裏を追尾して殺到する。
高位追尾魔法のような、かつて四柱で俺が泣かされた直角に曲がるレベルのエグい追尾性能ではない。しかし、威力プレッシャー共に牽制には贅沢すぎる弾だ。
稼いだ時間に、次手を打つ。
躱し、或いは一刀に叩き落され、毎秒どころではない速度で数を減らす〝弾〟が無敵侍と鬼ごっこをしている内に――ざわりと、蠢く影に命を下す。
長く、鋭く、そして疾く。イメージするのは槍……否、弓に番えた必中の矢。
「〝穿――――」
「――――ッ、……!」
掲げた右腕。照準する先で俺の動きに気付いた囲炉裏が、最後の輝剣を斬り捨てながら微かな焦りを発露させた。
いやもうマジで、お前の『勘』はどうなってんのかと。
おそらくは、また瞬時に理解したのだろう――――俺はコレを、外さないと。
「――――蕾〟……‼」
鍵言の宣告。【九重ノ影纏手】から溢れ出した〝影〟が蕾の如く膨れ上がり、撓み――――炸裂。一直線に迸った漆黒の矢尻は、氷の壁に阻まれるよりも早く。
裃姿の左肩に、着弾した。
【剣製の円環】の制御難度を1000とした場合、
【九重ノ影纏手】は使い方にもよるけど50~100程度。
一般人が一般的に使う一般的な基準のスキルその他『思考制御』が必要になる諸々の難易度が1~5くらい。わりと適当なのでイメージの参考までに。
※其ノ参〜更新夕方以降にずれます。
今日中に走り切りはするのでご了承あれ。