無双の氷刃、無窮の天鶯 其ノ壱
参ります。
先を走った『内』に『外』を重ね、多段加速によって剣聖の『縮地』に迫る『纏移』の歩法。会得してから数限りなく踏み切ってきたそれは、もはや俺にとって特別に意識して使う技ではない。
息をするように、一歩。
軽率に音速のラインへ手を掛ける歩みでもって、戦いの火蓋を切れば――瞬きにも満たない刹那の内、しかと振るわれた一刀が俺を迎え撃った。
緋と蒼が交わり、鮮烈な響音が突き抜ける。
そして、
「「――――――……ッ‼」」
極至近、互いに当然とばかり一歩も引かず、真っ向からの殴り合いが開幕。
斬り込んだ俺に対して、迎え撃った囲炉裏。挨拶代わり好き放題に力を籠めた一合は、得物ごとそれぞれの右手を勢いよく弾き――――旋転、からの逆手突き。
その手首を軌道半ばで捕らえた侍の左手が薄青のライトエフェクトを宿すと同時、技巧によって反動をいなした刀の次撃が逆袈裟を走り始める。
「――――『穿つ水釘』」
「ッ――」
対して、俺が放つ返しの牽制は言の葉。捕まった右手に交差させ突き出した左手……甲冑籠手にも劣らない手套を纏うそれを置き、択を起こす。
押すか引くか【無双】の解答は、
「『威止め――……ッ!」
動かず、止める。
突き進めば〝檻〟の役目を遂行していただろう左手を避け、瞬時にピタリと静止した霜刃から溢れ出すは極冷気の渦。
氷属性は、水魔法の天敵だ。
不動による返しの返し。憎らしいほどの冷静さで俺の詠唱を囲炉裏が断じた結果……まぁ、開幕の様子見は素直に一本取られたということで。
俺の右手を捕らえていた奴の左手に宿るエフェクトが、一瞬の駆け引きの後に成立。起動したスキルがこちらの身体から体重その他の〝抵抗〟を奪い、
「《浮城》」
紙屑のように振り回された身体が、先の踏み込みもかくやといった勢いで投じられる。向かう先は、水平ではなく垂直。
上か下か? 勿論――――足元だ。
最短距離を奔る叩き付け。情けも容赦もなさすぎる最高効率の攻撃に対して、一瞬にも満たない猶予の内に俺が取り得る最適解は――《影葉》起動。
「――――っ……!?」
床へ叩き付けられる寸前。囲炉裏の意思に関係なく向かう方向を変えた奴の腕が俺を予定とは真逆、即ち空高くへ掬い上げるように放り投げた。
接触を条件とした他者の身体のベクトル乗っ取り。
驚くのも無理はない、見せたのはこれが初。更に――――ただ宙に放るだけじゃあ、俺が真実ノーダメなのはわかり切ったことだよなぁッ!
出力、全開。
「――――《天歩》ッ‼」
もはや代償すらも必要とせず、真に我が身の一部となった天翔ける脚を解き放つ。《煌兎ノ王》の一端となった馬鹿推進力が齎すのは、当然のこと。
降り落つ身体を隕石と成す、暴力的な超過加速。
再びの択。かつて似たようなシチュエーションを迎え撃った侍が選んだのは、果たして――どこまでも冷静かつ合理的な、回避行動の一手。
瞬間移動の如き〝一歩〟を実現する《延歩》のスキル。初見の搦め手に驚きを露呈したのは一瞬足らず、即座の退避を実行した奴が退いたその場へ……《天歩》及び『纏移』の全出力を喰らった豪速回転踵墜としが着弾する。
【神楔ノ閃脚】の踵が、闘技場の床材を柔らかい砂かなにかのように撫で散らす感覚を認識した瞬間――――轟音、そして爆砕。
先程の戯れによる『足踏み』どころの話ではなく、加減なし全力の一撃を受けた床が爆ぜ舞台の構造物が粉微塵になって弾け飛ぶ。
ハハ、我ながら完全にバケモノだ。でもって、そこをいくと……――
「…………ったく、動じなさすぎだろ。もっと驚けっつの」
「少しばかり手癖足癖が悪くなったくらいじゃな。君のやることなすことに一々リアクションを取っていたら、キリがないんだよ」
濛々と立ち込めた粉塵が晴れた先。腹立たしいほど涼しい顔で俺を眺めているアイツも、同類認定して差し支えないはずである。
「あと、しっかり驚いただろう。なんださっきの気持ち悪いのは」
おそらく《影葉》のことを言っているのだろう。囲炉裏は不快そうな表情を隠そうともせず左腕を振り――……なるほど、軽口のターンだな?
今のアレコレで、俺がもう緊張を吹っ切ったのは察しただろうに。
「っは、隠し玉その一だ。対人戦では超有能な上にクールタイムも大したことないからな、隙あらばガンガン使ってくぞ覚悟しろ」
「ふん。大方は接触……身体同士の直接的な接触辺りが条件だろう。つまり君に触れなければいいだけ、対処は簡単だな」
「初見かつ秒で看破するのやめてくれます???」
そんでもって、どうせ今のが超接近戦で警戒を強いて行動を制限させるための口撃であることも見抜いているのだろう。浮かべた笑みは余裕綽々の様相である。
ほんとマジこいつ…………と、いったところで。
「あのさ囲炉裏、コレ大丈夫か? なんかマズかったりする?」
「単なる即時生成空間の作り物だ。修理だなんだと手間はないさ」
「そいつは安心。んじゃ、もういっそのこと欠片も残さないくらいのノリで粉微塵にしても構わないってことだな」
「だからと言って、あまり大雑把に振る舞うのは感心しないな。少しは技術面の繊細さもマシになってきたが、君は根本的に戦い方が雑――――」
「あーあー公の大舞台でガチ説教はノーセンキュー。しゃあないだろ俺は大量の〝じゃじゃ馬〟を抱えてんだよ、全力で暴れたら大体こうなるんだっつの」
続けて軽口を交わしつつ、再び意識を戦いへと傾け直していく。
それというのも、一時シンと静まり返っていた観客たちが徐々に放心状態から回復して『ワーワー』騒ぎ始めているから。
ギャラリーの準備が整ったとあれば、開幕するのは当然のこと――
「さーて、んじゃギア上げてくぞ。ついて来いよ先輩」
「誰に物を言ってる。足を滑らせて、無様を晒すんじゃないぞ後輩」
様子見の先にある、第二幕。さぁ、そしたら宣言通り……。
「お披露目といこうか――――【九重ノ影纏手】」
心行くまで、上げてこうぜ。
観客はコレをちゃんと視認及び理解出来てるのかって?
彼らは雰囲気でワーワー盛り上がっている。
蛇足の設定を語ると四柱選抜の観客席には全プレイヤーに対してほんのり視力強化&思考加速の効果を掛けられる機能が備わっており、高敏捷プレイヤーや序列持ちが参加する試合では基本常時ONになっている。
ので、多分ほんのりとは見えています。