此処
第十一回『四柱戦争』選抜戦。その二日目、後半戦の後半戦。
順当に勝ち進んだ同陣営『序列持ち』同士が公にぶつかり合う本気の手合わせは、闘争の東陣営でも屈指の一大イベント。ゆえに用意される舞台は通常の選抜戦フィールドではなく、数倍以上の観戦者動員を可能とする特別仕様となる。
武道館……まではいかないかもしれないが、集約される熱気は劣るものではないだろう。それはもう、流石に『目を向けられること』にも慣れてきたとて――
「これで『緊張しない』は無理だろと……」
苦笑い色濃く、定まったファイトメンタルでなお弱音を零してしまう程度には。
おそらく、魔法なりシステムの力なりで防音処理がされているのだろう。舞台上に伝わってくる無数の声音は百分の一、あるいは千分の一かそれ以下まで絞られているはず……だというのに、この押し潰されそうな気配の圧よ。
無数の視線、無数の意識、無数の声音――――インターネット越しに向けられるものとは違う、正真正銘、生身で浴びる埒外の注目。
意思を離れて、身体が勝手に震え出しそうだ……と、素直に思うからこそ。
「お前は平然としすぎだろ、腹立ってくるんだが?」
「慣れろ後輩。適応順応は君の得意技だろ」
広々とした闘技場の向かい側。正面に立つ〝先輩〟の悠々とした立ち姿に、理不尽な文句の一つも言いたくなるというものだ。
自分で言うのもなんだが、勝ち上がりは予定通りかつ順当に。
危なげなく、挑戦者のポテンシャルを引き出すことを意識しながら、同時に向けられる視線全てを魅せられるように……。
その実、どうにかこうにかではあるが、責務を果たして此処まで来れたと思う。
二日目第六回戦、相対するは【無双】の刀。
「…………まあ、そう緊張するな」
かつて別の名を以って立ちはだかった〝壁〟が、そのかつてを再現するが如く薄く微笑んでみせた。同時に、以前は握手のために差し出した右手を持ち上げ、
「以前のように、期待はしない」
そうして、時を経て『知らぬ天上人』から友人へと名を変えたソイツは、
「――――君の強さは理解してる。魅せてくれ、ハル」
当然のモノを求めるようにして、腹立たしいほど爽やかに俺を煽った。
「………………っとに、どいつもこいつも」
と、言うよりは。もはや俺自身に呆れるべきなのか。
煽られたら煽られるだけ、簡単に際限なく盛り上がってしまう俺が『扱いやすい』だけで、別に周囲の知人友人が煽り上手という訳ではないのかもしれない。
まあ、いい。
もう、いい。
ロッタには考え無しで消化するなんて勿体無いと言われたが、やはりコイツ相手に……この舞台に限って、難しいことは考えなくていいと思うのだ。
かつて誓った本気でのやり直し。次は正真正銘の全力同士で下してやるぞと、啖呵を切った四ヶ月前。思ったよりも長く、思ったよりも短い四ヶ月を経て――
「囲炉裏」
「あぁ」
まだまだ原石に過ぎなかった、あの日から駆けて。
駆けて、翔けて――――
「此処まで、来たぞ」
踏み出すでもなく。
ただ辿り着いたことを示すが如く僅かに持ち上げ、静かに下ろした右足が――轟音と地揺れを打ち鳴らし、闘技場の舞台に些細な亀裂が奔り抜ける。
パフォーマンスのつもりはない。
ただ過剰な盛り上がりを吐き出して心を整えるための、排熱行為。それを見た囲炉裏は動じず、ただ一層に笑みを深めて――――刀を抜いた。
「待ち侘びたよ。君よりずっと、俺の方が」
ひたと正中線に構えられた【蒼刀・白霜】の蒼い刃。その鋒が……らしくもなく微かに震えているのに気付いてしまい、俺もまた笑みを漏らす。
そんなわかりやすい武者震い、リアルで初めて目撃したぞと。
「「――――――――――」」
静寂はきっと気のせいではなく。いつからか喧騒の止んだ空間に二人、見合ったままで幾ばくか。息を吸って、吐いて、大きく吸って、吐いて……――
抜き放ったのは、後ろ腰に提げた緋の短刀。
あの日の再現のつもりはない。ただ俺は、今の俺の全てを以って――――
「イスティア序列第四位【曲芸師】」
「イスティア序列第三位【無双】」
真に曲芸師が始まったこの舞台で、いざ今一度の挑戦へ踏み出す。
「「――――勝負だ」」
不倒の壁を、超えるために。
明日、走ります。