ふらりゆらり放浪者
――――歓声が響き、空気の震えが肌に伝わる。
鼓膜を伝う賑やかな声音、瞳を照らす熱狂の渦……特別席の隅で仏頂面を披露している一人は、それら数ヶ月ぶりの光景に何度目ともつかない溜息を零した。
光沢の強い銀の髪は、サッパリとしたショートヘア。かと思えば野暮ったい前髪が片目を隠しており、唯一露出している眠たそうな左目は金糸雀色。
スラリとした長身に纏うのは魔法士然とした銀糸のローブ。しかし開け放たれた前面から覗く内は、闘士然として実用一本を体現するような飾り気のない戦衣。
凛と整った顔立ちは男なのか女なのか判然とせず、身嗜みは几帳面なのか適当なのかどっちつかずで、装いすらも纏まりがない。
更に、その口から零れる声音さえも――――
「――――なんだありゃ。私の後釜えっっっっっぐ……」
少年めいた男性のそれとも、やや低めの女性のそれとも取れる中性のライン。そんな彼あるいは彼女が、長らくの仏頂面&沈黙を破り言葉を発すれば……。
「んあれー? ゆらゆらさん、お兄さんの動画とか見てないのー?」
「相変わらず、世捨て人?」
席の両側からひょっこりと顔を出した少女が二人、親しき者に対する遠慮のなさで声を掛けた。それを受けて、片方から『ゆらゆら』と呼ばれた麗人は――
「見てないよ。そうだよ、世捨て人だよ。興味ないんだよ知ってるだろが」
鬱陶しそうに〝友人〟へ追い払う仕草をかまししつつ、顔を顰めて実にわかりやすい『機嫌が悪いです』アピール。
しかしながら、当然その程度で怯む相手ではなく。
「なぁんだよー! 久々に会えたのにつれないなぁーっ!」
「おい、やめっ……ちょ、じゃれついてくんなこのチビっ子……!」
いつもながら感情に乏しい澄まし顔でサラリと受け流した青色と、むしろ構い欲を刺激されたとばかりウザ絡みを始める赤色。
前者は置いておくとして、直接的かつ対処しない訳にもいかない後者へ声を荒げるゆらゆらを見て――傍から、忍べていない笑みを漏らす友人がもう一人。
「笑ってないでコイツらなんとかしろよオッサンこら無限に絡んでくんだけど!」
「いやぁ? 嬉しそうだし、放っといていいかと思ってよ」
「あ? 私がって意味じゃないよな? これは純度百パーの迷惑顔なんだが?」
「相変わらずだなぁ、お前さん」
カッカと愉快そうに笑う【総大将】に対して、ゆらゆら――――元東陣営序列第十位にして、現東陣営序列第十位と相成った【銀幕】その人は、
「あぁ、もう、本当、性に合わねぇ……出戻りとか勘弁しろよな…………」
赤いチビっ子にガックンガックンと揺さぶられるまま、疲れ切ったように特別席の天井を仰ぎつつ独り言ちていた。
◇◆◇◆◇
「で、どうよ。お前さんから見たハルの奴は」
「当たり前のようにコミュニケーション継続しようとすんな? ひとまず義理で無理矢理に引っ張られて来てやっただけで、また大人しく序列だのなんだのと責任を背負い込んでやるなんて私は一言も言ってな――」
「はぁー……相変わらず純度の高いツンデレが染みる」
「芸風は健在。元気そうで良かった」
「おうコラ、いい加減にしろよチビ二人」
四柱選抜後半戦、とある第一試合の観戦を終えてすぐのこと。
円卓へ場所を移動……もとい、強引に己を連行した三人の既知に対してぶっきらぼうな態度を取り続けるも、彼らは「慣れ切っている」とばかりどこ吹く風。
いつもいつも、いつもコレだった。疲れる、五月蠅い、鬱陶しい――その癖して、嫌味を感じさせず気付けばノリに巻き込んでくるのが始末に負えない。
どいつもこいつも光属性。陰気な自分など、放っておいてくれたらいいのに。
しかし、真に恨むべくは自分を祭り上げた『世界』だ。同じく祭り上げられた彼らを嫌いになれないというのが……本当に、どうしようもなくて溜息が募る。
「はぁ……………………九位……今は四位だっけ? まあ凄いんじゃないの、シンプルに天才だろアレは。性格的にもアンタらとは気が合いそうだ」
「ツンが短いの助かるぅ」
「ポーズだから」
「ツンデレでもないしポーズでもないわ」
勝手なことを宣うちびっ子二人は適当にあしらい、オッサンなどとぞんざいに呼びつつも一応の敬意は払っている年上へ「答えは返したぞ」と視線を送る。
すると総大将……ゴルドウは、顎髭を擦りながら首を傾げると――――
「俺らっつぅか……誰より、お前さんと気が合うと思うんだがなぁ?」
などと、訳のわからないことを言う。ゆえに当然の如く、
「はぁ……? 冗談だろ、あんな陽の極致みたいなキャラ――」
「あーあー相変わらず人を見る目がないねぇ」
「へっぽこ」
「アイツが陽の極致……ッカカ、こいつぁ傑作だな」
なにを寝惚けたことを――と異議を申し立てようとすれば、途端に雪崩の如く巻き起こったのは否定に対する否と煽りの嵐。
意味がわからない。わからないが……とりあえず、
「おいこらリィナ、お前こそ私に対しては相変わらずだな」
言うに事欠いて「へっぽこ」とはどういう了見だと睨み付ければ、涼しい顔で聞き流しつつ総大将の背に退避する【右翼】の少女。
別に、嫌われている訳ではない。以前から変な懐かれ方をしているだけだ。
「ま、付き合って見りゃわかる。せっかく帰って来たんだ、お前さんも〝先輩〟としてアレコレ面倒見てやってくれや」
あれで、まだまだ未熟者だかんなぁ――そう知ったように語る彼に続いて。
「今日なんか、あからさまガッチガチだもんねぇ」
「緊張が滲み出てる。意識しすぎ」
「あぁ……?」
と、一人わかっていないゆらゆらを置いて所感を語る〝先輩〟三名。それを向けられているのは、誰あろう後輩にして『後釜』のはずだった【曲芸師】――――
終始チャレンジャーを爽快な笑みで迎え撃ち、鼓舞と盛り上げの煽りも巧みで、気持ちよく戦闘を締め括り、爆発的な歓声で会場を満たした青年の姿を思う。
長らくの放浪から気まぐれに帰ったばかり。ゆえに十席へ出戻ってなお、未だに直接は顔を合わせたことのない超新星の姿を思う。
一人で世界を歩きたいがため、個としての強さだけを求めて身を投じた闘争の東。ゆらゆらにとって〝戦い〟とは旅の手段であって娯楽には成り得ない。
PvEだろうがPvPだろうが、特に心が盛り上がった試しがないのだ。
どの陣営よりも『戦での華』を求められる東陣営の序列称号保持者という肩書きが「自分に相応しくない」と言うのは、そういった理由が主である。
――――けれども、
「………………なに言ってんだか、サッパリわからないが」
興味がないのは、あくまでも〝戦い〟だ。
付き合っていると無限に疲れる、五月蠅くて、鬱陶しい――――しかしながら自分に持ち得ない性質が羨ましくもあり、純粋に人として尊敬できる先輩どもが、こうもあからさまに気を掛ける相手とあらば……。
「まあ……今日の試合くらいは、見てってやるよ」
感情が死んでいる訳でもないのだから、人並みの興味くらい湧くというもの。暇つぶし程度に――というニュアンスで溜息混じりにそう呟けば、
「ほら、特に説得したって訳でもないのにコレだもん」
「芸風だから」
「相変わらずだなぁ、お前さん」
また一斉に親愛を基にした揶揄いと煽りの雪崩が起こり、弄られ役が性懲りもなく食って掛かる……果たして、どちらが疲労によって先に白旗を上げるのか。
例え彼ら彼女らを知らない者であっても、解答を出すのは容易だったであろう。
名前が出てから舞台に上がるまで470話かかった奴がいるらしい。
祝登場ゆらちょろ。