その日の朝
「――――……っし、悪くない」
翌日、四柱選抜後半戦こと二日目の早朝。
早起きからの訓練室直行という手本のような熱心ムーブから励むこと一時間弱。あれこれ身体を動かした末、自らのコンディションに『良好』の判を押す。
アジャストしてもらった手足の武装にも違和感はなく、アバターの操作感も思考の回りも好調だ。絶好調と宣っても差し支えないだろう。
唯一の気掛かりは右の腕輪――【九重ノ影纏手】の制御が入手から二ヶ月経った今も『大雑把』を脱していないことだが……まあ、もういっそのこと無理だと諦めた方がいいのかもしれない。コイツはそういうもんってことで。
名が体を表すように、微妙に色合いの異なる九つの『黒』が折り重なったようなデザインの幅広バングル。ワンポイントで紫紺の玉石があしらわれた繊細な造りなのだが、秘めた能力の方も繊細というか操作難度がエゲつない。
ついでにステータス補正の方も派手にアルカディアの常識を壊す代物となっており、プラスされるのはSTRやAGIなどの各種数値ではなくレベルそのもの。
つまり今、俺のアバターは……。
――――――――――――――――――
◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:110
STR(筋力):300
AGI(敏捷):300
DEX(器用):0
VIT(頑強):0(+200)
MID(精神):350(+330)
LUC(幸運):300
――――――――――――――――――
仮想世界でただ二人の、上限突破状態となっている訳で。
あのダンジョンが『自らの限界を超える』ことをコンセプトにしていると考えれば、その性質に見合った方向性の装備と言えるだろう。ゆえに、レベル上昇に関しては第一踏破報酬限定という訳ではない基礎性能だと思われる。
もちろんレベルアップ分のステータスポイント100は自由に振り分けが可能ということで、ステ強化の汎用性という意味でこれ以上の装備はないだろう。
なお、追加ポイント分の数値が振り分ける前の浮いた状態で存在していない場合、この装備は除装不能になる。レベル上限でポイントを振り切ってしまうとステリセを掛けるまでアクセが一枠不動になってしまうので注意が必要だ。
ともあれ、ステータスに関しては装備補正込みトータルLv.178相当と正真正銘の化物レベル。『決死紅』を切れば当たり前のように200を超える無法状態ゆえに、好調どころか反則一歩先くらいの勢いと言えるかもしれない。
んで、技術の方に関しても……《煌兎ノ王》を始めとしたスキルとの和解も含めて、これ以上なく仕上がっている。過去最高潮の更新は疑いようもないはず。
なんせこの二ヶ月、ほとんどの時間を師の道場で過ごしたゆえに。
心技体は万全。今の俺なら、かの【神楔の王剣】も『曲芸師エディション』こと小型爆速形態を三分クッキング(決死)が可能なほど――――……だというのに、
「……………………通算、一勝何敗だろうなぁ……」
順当に行けば、本日の六戦目でぶつかる相手――かつて四回戦で見えたアイツと戦り合って、明確に勝てるビジョンが見えない件について。
おそらくは、以前『白座』討滅戦に際して行った特訓でボコられたことによる苦手意識も過分にある。しかしながら、それを抜きにしても……。
「強いんだよなぁ…………」
アイツ――――囲炉裏は、強い。
脚の速さ、手数、他にも現時点で俺が勝っている点は思い付く。けれども、圧倒的なセンスと努力に裏打ちされた『実力』の差が途方もない。
お師匠様もそうだが、なぜ肉体の挙動速度も思考速度も追い付いていないはずなのに正確無比な反応を返してくるのかと。戦いにおける読みの精度が高過ぎる。
下手をすれば……なんて稀のことではなく、こちらの速度を逆手に取ったカウンターで刈り取られる事態が頻発するレベルだ。まさしく手に負えない。
そんでもって、正直なところ――――
こと〝戦い〟に限れば、アイツは【剣聖】の上を行っていると思う訳で。
純粋に剣の技術で言えば、弟子の欲目は抜きにういさんの方が上だろう。おそらくは、遥かにと言って差し支えない程度には。
しかし本人談、信じがたい話ではあるが彼女は戦いに向いていない。そして信じがたいなりに、俺も数ヶ月彼女と付き合ってソレを納得しつつある。
あの人は、本質的に争いごとや競い合いに向いていない――というよりも、そういった事柄へ根本的に興味がないのだ。彼女の熱意はただひたすら『自身が刀を振る』ということに集約されており、そこに〝相手〟を求めていない。
ういさんが求めているのは『学び』であって『勝利』ではないということだ。
ゆえに、かの【剣聖】は〝戦い〟に対する熱を欠いている。そして【無双】の刀は、その点において至高の剣を遥かに上回る。
この世界は、籠める想いが力になる夢の世界。戦いの最中、あの二人の意識の差がどれほど出力の違いを生み出すかは言うまでもない。
単純な〝強さ〟ならば、ういさんの方が上だとは思うのだ。けれども、戦う相手としての〝怖さ〟で言えば……俺は、囲炉裏の方がずっと怖い。
――――勝てないかもしれない、なんて弱音が張り付いて消えない程度には。
「………………負けたくねえなぁ」
暫く前から、見据えていた今日。
この世界を訪れてから、初めてに思える不可思議な精神状態。
アルカディアはどこまで行っても究極的には娯楽であり、アイツは今や……恥ずかしながら、親しい友人であるはずなのに。
俺は今、初めて――――
「……んんんぁああ、どうした弱気か大丈夫か俺ぇ…………」
戦場に赴くことへ、恐ろしさを抱いているようであった。
親しい友人だからこそ。
before
――――――――――――――――――
◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):100
AGI(敏捷):200
DEX(器用):0
VIT(頑強):0(+150)
MID(精神):550(+400)
LUC(幸運):300
――――――――――――――――――
after
――――――――――――――――――
◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:110
STR(筋力):300
AGI(敏捷):300
DEX(器用):0
VIT(頑強):0(+200)
MID(精神):350(+330)
LUC(幸運):300
――――――――――――――――――
以前からのステータス比較。バランス良くなったね(???)
MIDの装備補正が半端なことになっているのは【九重ノ影纏手】装備に際してエルエメセットが崩れたゆえ(左指輪+30 右腕輪+30 二セット効果+40)
指輪は目ぼしい更新先が見つかっていないので続投中。なお一部位+30でも一般目線では一級品。セット効果+40に至ってはそこらの宝石細工師が不貞寝する。