担い手と紡ぎ手、相も変わらず
「――――具合はどうだった?」
「そらもう上々よ」
四柱選抜戦、予選から本戦前半のスケジュールを終えた後。
徹底的に気疲れした身体を引き摺るように〝工房〟へ顔を出せば、挨拶も何もかも素っ飛ばして投げ掛けられた問いに苦笑を返す。
けれども、質問に対するアンサーに関しては当然のポジティブ一色だ。
朝に受け取ったばかりの新装備を着けた手をヒラヒラ振って感謝を示せば――安心したように息をついて、専属魔工師はドサリと椅子に沈み込んでしまった。
珍しい様に自然、苦笑いが純粋な笑みへと切り替わる。
「そんな気にするなら、今日までに仕上げるとか焦んなくて良かったのに」
「……馬鹿言うんじゃないっての、ある意味での晴れ舞台だろうに。前回の間に合わせのリメイク品なんて着させちゃいらんないよ」
「それでも愛着は満点だから、前のは俺の部屋に飾っときますね」
「あーあー、やめなよ恥ずかしい」
とかなんとか言いながら満更ではない表情を隠せないのが、この御仁の可愛いところである――なんて、流石に真向から揶揄う勇気はないので呑み込みつつ。
「んで、性能諸々は文句なく完璧最高だったんだけど……動いてると、ちょっとキツい感じがした。アジャストお願いしてもよろしいでしょうか」
「あぁ、やっぱ突貫作業なんてするもんじゃないね……出しな、見るよ」
と、その辺も気に掛かっていたゆえの開口一番だったのだろう。
改善要求を受けて額に手をやり天井を仰いだ彼女の言に従い、手……それから足を守っていた新装備、二対計四点を示された卓上に差し出した。
形状的にはシンプルな指貫手套と深靴。誰が見ても一つの素材から切り出されたモノと判るだろう、黒地に精緻な銀模様が走る〝金属〟で編まれた揃いの生地。
元となったのは、先日に俺が単独で挑んだ宿敵からの戦利品。二度目の正規討伐となる【神楔の王剣】より獲得した【神楔鎧の威閃鋼】という特異な素材だ。
銘はそれぞれ【神楔ノ閃手】と【神楔ノ閃脚】――――最高位の魔工師である【遊火人】が〝傑作〟の判を押した、紛うことなき最高位武装。
二部位セットボーナスを含めて、ステータス補正はVIT+100。転身体用の【氷織】シリーズに匹敵する最上級の効果値……だけではなく。
挑戦者に応じて難易度が変化する相手に好き放題やった結果、無事レイド級エネミーと化した化物。その素材が齎す特殊効果をも備えたユニーク品である。
秘めた能力の名は『閃迅の楔鎧衣』――端的に言えば、こいつらは〝攻守〟の時にのみ堅牢を発揮する重量及び着心地ゼロの軽量戦士用重鎧。
外見は重鎧どころか軽鎧ですらない薄手の革か布装備にしか見えないというのに、これで数値的な防御力で言えばそこらの重戦士が身に着けているフルプレートアーマーよりも余裕で硬いというのだから驚きだ。
カグラさんの「重量武器相手でも真向から殴り返せるだろうさ」という言を信じて、挑戦者がフルスイングした特大両手剣を裏拳で弾けてしまった時は流石にビビったぞと。緊急回避プランを用意しつつの、半信半疑だったゆえに。
加えて、こいつは『防具』ではなく〝攻守〟を兼ね備えた『武装』だ。
つまり敵の攻撃を受けた時だけではなく、こちらから殴る蹴るの暴行を加えた場合にも鎧衣は硬さと重さと威力を相手だけに伝える――つまるところ。
かの南陣営序列第二位【重戦車】ことユニが持つ魂依器、重量偽装の【星隕の双黒鋼】が如く。システムを騙す類のトンデモ装備ということだ。
「……念のため、もっかい言うけど、性能に関しては文句なしだからね?」
最近は徒手空拳も積極的にアクションへ取り入れている。ので、拳撃や蹴撃の補助どころか武器そのものとして機能してくれるなど願ったり叶ったりの代物に他ならない――と、しかめっ面でミスを修正している魔工師殿にフォローを投げる。
「慰めなんかいらない。半端なもんを渡すのは、アタシのプライドが許さない。だからアンタが許しても、アタシがアタシを許さない」
「またなんかカッコイイこと言ってるよ……」
が、俺の言葉は即座に打ち返されてしまった。
出会ってから既に五ヶ月程度の付き合いになる訳だが、変わんねえなこの人も。あれだけ散々キャラ崩壊を晒しているというのにハートがお強い――
「おかしなこと考えながら人を変な顔で眺めるんじゃない。はっ倒すよ」
「へ、変な顔……」
なお『付き合いの深さ』という意味では、当たり前のように俺読みをしてくる辺り順調に深度は変じている模様。
誠に結構、末永く仲良くしましょうぜ姐さん……っと?
あ、やべ。
「ごめ、ちょっ、時間ないんだった……! 悪いけど、明日また受け取――」
「そら、持ってきな」
視界端のシステムクロックを見て慌ただしく席を立ち、踵を返そうとした瞬間に手元へ飛んできたのは二対四点の調整済み武装。相変わらず〝手〟が早いこって。
危うく素足で駆け出しそうになった足元、及び手に各々を瞬間装備。パッとお馴染みのライトエフェクトを散らし、それぞれの部位に納まったそれらの――
「――――具合は?」
「完璧上々! ありがと、そんじゃまた!」
着心地ゼロなのに締め付けられる、という何とも言い難い違和感はサッパリ解消。そもそも今日へ間に合わせるため爆速で仕上げてくれたのだから、再調整込みで彼女の仕事ぶりに『完璧』以外の言葉を贈れるはずもない。
そして、それだけ贈れたらコミュニケーションも完璧だ。俺とカグラさんの極めてサッパリとした商売付き合いに、冗長な言葉遊びは必要ない。
そして、それゆえに。
「ハル」
「あいさ!」
「アンタの本番は明日だろう? ――――ま、頑張りなよ」
「……っは、気合入れて挑んでくるよ!」
こうして稀に激励の言葉を貰うと、思わずニヤけてしまうのが困りものである。
三度目の【神楔の王剣】戦に関しては後々触れます。