舞台裏
「――――記念すべき一発目から、とんでもねえ奴に当たったもんだな……」
結局のところ好き放題やっていただけの前回四柱や『白座』討滅戦とは毛色が違う、ある意味で真に『公に対する序列持ちとしての責務』と言える今回の任務。
斯くして、気合を入れて臨んでみれば第一回戦からアレである。もはや居慣れたホームこと円卓に戻るなり口から零れた言葉は、緊張が緩んだせいで不意に漏れ出た本心――正直に言って、試合中は余裕を取り繕っていたが戦々恐々であった。
冗談でもなんでもなく、事故の可能性が無いとは言えない相手だったゆえ……。
「それ、百万パーセント相手の台詞だと思うんですケド」
「完勝……に、見えた」
俺の独り言にツッコミと疑問をそれぞれ投げた〝観戦者〟……ひと足先に会場を後にして戻っていた先輩二人へ、懇切丁寧に解説してやらねばなるまい。
あの少年アバターを駆るカナタが、いかに『とんでもねえ奴』だったのかを。
――――こと近接戦のイロハに関しては、実のところからっきし。
序列持ち基準で言えばぶっちぎり最下位レベル。上澄み基準で言えば〝凡〟な動体視力や反応速度しか持たない一般人視点こと、小っこいの×2に。
「いやアレはやべーよ……下手したら、俺と囲炉裏の再現になってた」
序列四位の席に身を沈めつつ真顔で『事実』をぶっぱすれば、流石に冗談で言っている訳ではないと察したのだろう。
呆れと揶揄い半々だった顔を「マジなやつ?」と引き攣らせるミィナを他所に、
「……確かに動きは凄かった。けど、そこまで?」
疑問を維持するリィナが首を傾げながら問いを一つ。それに対して、俺が返すのは首肯が一つと注釈が一つの計二つだ。
「あぁ、あの、あれだ。本気で戦り合うなら百やって百、俺が勝つぞ」
幼稚なイキりでも自惚れでもなく、そこは真面目に。あまりおふざけが利かない立場を自覚する者として、彼我の戦力分析は遊びなく真剣に行っているつもりだ。
「相性的な問題ってか、似たようなスタイルの『同類』だったからな。お互い全力でやり合えば……スペック諸々が上回ってる方が、そりゃな」
「ほーん? お兄さんも言うようになったねぇ」
「成長した」
とまあ、揶揄い文句はスルーするとして。
「ただ、なぁ……見極めるために本気を出せない立場だと、俺みたいなタイプは天敵そのものだってことをこっち側に回って自覚した。怖過ぎ。相手したくない」
「お兄さんみたいなタイプとは」
それは勿論、かの【護刀】や【剣ノ女王】に土を付けた俺の根幹スタイル。
「勢い任せに初見殺しを連打するビックリ箱」
「あー……まあ、いろりん南無だったよね。勢い任せの『勢い』がイカれてるし」
「ジャイアントキリング特化」
俺も意図してそんなビルドにしたつもりはないのだが……まあ、そういうこと。
ともあれ確かに〝アレ〟は、外から見ているだけじゃヤバさが理解できない類の手品だろう――実際に相手をした、俺以外の者には。
「カナタ、目を瞑ってから俺の動きを完璧に先読みしたんだよ」
いや、先読みなんて生易しいものではなく。
「なんというか、こう……未来予知ばりの精度で」
「んー……? それ、あれ? お兄さんの〝お目々〟みたいな」
「ちらっと聞こえたスキル名は、似てたな。同系統のスキルかもしれんけど……少なくとも、一秒先が見えてる程度の対応精度じゃなかったんだよなぁ」
それこそ、無数に見える未来から最良を選び取った……くらいの完璧な〝返し〟の連続だった。『カナタに実現可能な手の内で』という前提はあるが、事実として俺は必殺モーションを差し込ませてしまう程の明確な隙を抉じ開けられたのだから。
「ほえー。なんか、あれだね。そこまで言うってことは本当に凄かったんだね」
「予選スコア一位通過は、伊達じゃなかった?」
「それな……前情報から存分に警戒しといて良かったよ、マジで」
重ねて、冗談抜きで万が一の事故が無いとは言えない相手だった。
直感だが、あのスキルはヤバい――――とりもなおさず、それは即ち『そのスキルを使いこなしたカナタこそがヤバい』という評価に繋がる。
仮想世界の『スキル』は本人だけでは成し得ない可能性を実現する奇跡の恩寵。裏を返せば、アバターに宿ったスキルはその身に眠る〝才能〟を具現したものだ。
特異なスキルを持っている者は、発現すべくして発現に至った〝道〟を歩んでいる強者が多い。それが全てとは言えないが、一つの判りやすい指標ではある。
といったところで、結論。
「これ、もう俺の『推薦枠』は埋まったようなもんだよなぁ……」
「ありゃ、一回戦目で?」
「お気に入り?」
いやぁ、だってなぁ?
ヤベー隠し玉を除いても、咄嗟の判断力を含むバトルセンスは疑いようもなく一級品。加えて、おそらく『魂依器』と思しき〝靴〟を用いた連続《トレンプル・スライド》の如き超高速かつ変則的な滑走機動戦闘も見事と言う他なかった。
あれこそは間違いなく、我らが陣営の求めている個性ある逸材。
壁となった俺が言えたことではないかもしれないが、一回戦敗退で消えていいプレイヤーではない。強みを正しく理解した者として掬い上げるのが義務だろう。
……そう、序列持ちとしての公正な判断だ。ゆえに、決して――――
「…………お気に入り?」
「……なぜ二度聞いたのかなリィナさんや」
親近感を覚えるファイトスタイルとか、勢い込んで挑み掛かってきた熱意とか、最後の最後まで一矢報いようと全力を賭してきた気合とか、どこか人懐こそうな雰囲気とか……いろいろな観点で、個人的に俺が気に入ったから、みたいな。
そんな私的感情を以って推す訳では、断じてないのである。
人懐こそうな雰囲気云々は特定の個人限定だよ多分おそらくきっと。